東芝で「女性初」を作り続けてきた研究者が若手に伝えたい、3つの壁の破り方
2014年2月28日(金)に学会『インタラクション2014』の昼食休憩時間を使って、女性研究者が集まるランチ会、『Women’s Luncheon』を企画・開催しました。
インタラクション業界は女性も比較的活躍している分野なのですが、これまで女性同士の交流会というのはあまり行われていませんでした。女性のキャリアデザインや家庭と研究との両立についてなど、幅広い意見交換が行える場として企画し、今年で2回目。
今年はゲストに、土井美和子さん(東芝研究開発センター首席技監)と、荒瀬由紀さん(Microsoft Research Asia 研究員)のお2人をお呼びして、トークをしてもらいました。その模様を、2回にわけてお届けしたいと思います。
第1回目の今回は、土井さんがご自身の今までを振り返り、企業や大学で研究していくときに身に付けてきた、3つの壁の破り方についてご紹介したいと思います。
- 常に「前例を作る」という姿勢で仕事に臨む
- リスクを見込んで仕事を組み立てる
- 仕事と家庭以外の「第3の場」を作る
常に「前例を作る」という姿勢で仕事に臨む
東芝で首席技監を務める土井さんは、東大修士課程を出て東芝に入社して丸35年。日本語ワープロの小型化に始まり、『駅探.com』(現『駅探』)、CMOSイメージセンサやカメラの中のチップのようなものを作って、シリコンバレーまで売り込みに行ったり、ロボットのユーザインタフェースをやったりと、「ヒューマンインタフェース」という領域でソフトウエアからチップまで、なんでもやってきたという土井さん。
土井さんが手掛けた『駅探.com』は、実は世界で初めての道案内乗り換えサービスです。そんな土井さんの周りには「初めて」がいっぱいだったと振り返ります。
「35年前なので、男女雇用機会均等法も何もありません。東芝に入社する修士卒の女性研究者はわたしが初めてでした」
技監、首席技監(理事クラス)への昇格、そして社長表彰を受けるなど、東芝で「女性初」を総ナメしてきた土井さん。学会でも、電子情報通信学会総務理事をはじめ、情報処理学会副会長、ヒューマンインタフェース学会会長など、幅広くご活躍されています。
『駅探.com』での初めての特許申請で多忙を極めつつも、入社3年目に結婚。結婚してその時に言われたのは、「こんなに忙しい状況下で結婚した女性は前例がない」。何をしても「女性では初めてだから」と必ず言われてきたといいます。
「小さいコミュニティでは『初めて』と言われるが、もっと世の中を見てみると、活躍する女性はいくらでもいる」と例を挙げてくださったのは、いろんな国の首相、大学の学長さん、大企業の役員クラスの女性、などなど。
「どういうコミュニティの大きさで見るかによって、前例なんていくらでも書き換えられるはずなんですよ」
そして、よくよく考えてみれば、そもそも研究者や技術者は前例のないことをやるのが仕事。
「前例がない、前例がないって言われるわけですが、『前例のないことをやるっていうことが大事』だと考えて、ずっとやってきました」とおっしゃっていました。前例がなければ、自分が前例になれば良い、という姿勢。そしてその実現をしてきた結果が、今の土井さんなんです。
リスクを見込んで仕事を組み立てる
子育てしていると、とにかく余裕がない。時間がない。これは、子育て中のみなさんには、共通の悩みだと思います。お2人の子育てをされた土井さんも余裕がない状態だった昔を振り返りつつも、こんな問題を出してくださいました。
「200cc入るコップのちょうど半分の部分まで水が入っています。あなたはどう思いますか?」
- 半分しか入っていない
- 半分も残っている
- 100ccは100ccである
会場の女子学生・女性研究者はなぜか圧倒的に3番が多かったのですが、「こういう風に言うとこの3つしか選択肢がないように思いますよね。違うんです。どこかに水差しがあるんです。探してみてください」とおっしゃった土井さん。
「余裕がない。確かにそうです。でも、どっかに何かあるはずです。だって100ccは100ccですけど、飲んでしまえばなくなってしまいますよね。でも、それでは生きていけない。継続するためには、どこかから水差しとか浄水器とか持ってこないといけない」
そんな例を挙げつつ、視点を変えてみることの大切さ、を教えてくださいました。
もう一つ、土井さんが挙げてくださったのは、時間というのは作るものだということ。そしてそのためにはリスクを見込んで仕事をしなければいけないということ。
「親が忙しければ忙しいほど、子どもは病気になります。いつ休まなくてはいけなくなっても誰かに仕事を引き継げるように、学会の準備は間に合うように、リスクを見込んで常に仕事を進めるわけです。当然全部なんかきっちりできるはずもない。だから、優先順位をつけて、あきらめるものとあきらめないものを考えてこなす。この『取捨選択ができる』ということがすごく大事です」
仕事と家庭以外の「第3の場」を作る
人はキャリアが築かれていくにつれて、だんだん新しいことに挑戦するのが怖くなってしまうのが普通。土井さんはそんな自分の状況に気付き、「このまま会社の中で育児と会社の業務で終わってしまうとこれ以上私は広がれない」と思ったそう。
ここで土井さんが取った行動は、週1回の残業日を決めたこと。
義母とベビーシッターに頼んで、週1回残業をするようにして、会社と家庭だけでなく、学会の活動を開始。すると、外から会社を見ることができる。外からの視点というのは非常に重要で、「わたしはここまでしかできません!」と自分を閉じこめるのではなく、自分の活動する場を広げてみることが大事、とおっしゃっていました。
「1度目の失敗は原点に戻るだけ。次にどうやれば、同じ失敗をしないか、という経験を積むことができます。失敗を恐れずに外に出てみましょう」
そして、自分を第三者視点で見ることが出来るようになった結果、自分に来たボールは適任者に回すことを心掛けるようになったそうです。
自分の能力では得意なこともあるし、不得意なこともあるため、自分1人で片付けようとしても無理がある。得意な人にやってもらい、良い意味で「人を巻き込む」こと。そのためには、人から回ってきたボールを快く引き受ける、というのも大事だとおっしゃっていました。
同じ「やる」ならより“ハッピー”に!
常に前向きで、わたしから見るとなんでも上手にこなしているように見える土井さんですが、嫌なこと、行き詰ったことなどないのでしょうか?
そんな問いに「理不尽なことを言う人がいた時に、我慢するのが必要なこともありますが、なるべく上手に避けていくことも大事」として挙げてくださったのは、子どものかかりつけ医とウエアラブルの研究の話。
近所の病院をかかりつけにしていましたが、そこの先生がある時、「お母さんが働いているから子どもの体調管理まで目が行き届いてないのでは」と口にしたそうです。
それからはご自身が精神的なストレスを抱え込まないために、かかりつけ医を思い切って少し遠い小児科へと変えたそうです。
また、今と同様、ウエアラブルブームだった1999年。「ウエアラブルデバイスの研究をしなさい」と言われた際に、「じゃぁ、やります!」と言ってやったことが、『ダイエット』と『道案内』機能を持つウエアラブルデバイスの研究。
当時は『メールを読む』機能をウエアラブルデバイスに持たせる研究という選択肢もあったそうですが、「え~!道を歩きながらも仕事をするの!? そんな未来の実現のための研究なんていやだなぁ……」というご本人の気持ちから、これらの発想が出てきたそうです。
自分の少ないエネルギーと時間を、どのように使うのがベストかを常に考えている、という土井さん。
「なるべくハッピーに。やれと言われた仕事や嫌なことでも、どうせやる以上は、どうやって楽しくやるかを常に考え、知恵を絞っています」
みなさんも、ハッピーに仕事、していますか?
※エンジニアtype 『天才プログラマー五十嵐悠紀のほのぼの研究生活』より転載。