3.11 山間部の集落を襲ったもう1つの津波 #あれから私は
まさかこんな山の中で津波が起きるとは
東日本大震災、私は福島県の山の中で津波が発生したと聞いて現場にかけつけた。目にしたのは水がなくなったため池。須賀川市にあるため池「藤沼ダム」(藤沼湖とも呼ばれる)は、地震の揺れで堤体が決壊し、水が一気に山の斜面を流れ落ち、山腹にある集落を飲み込んで8人の死者・行方不明者が出た。
底が見える泥沼のようなため池を眺めながら老夫婦が「海で津波がなければ、これが間違いなく新聞の1面だっただろうな。まさか、こんな山の中で津波が起きるなんて…」と話していた。
災害が起きた後の現場に行けば、「まさかここで、こんな災害が起きるとは思わなかった」という話を必ずといっていいぐらい耳にする。しかし、須賀川で聞いた「まさか」は、それまで聞いた「まさか」とは違い、説得力を感じた。
生かされなかった教訓 地震や豪雨によるため池被害
東日本大震災では、実に全国で3700カ所のため池が被災した。しかし、東日本大震災以前にもため池ではいく度となく大きな被害が起きている。
特に老朽化したため池は、地震で堤体が崩れる、クラックが入る、変形するなどの被害が報告されている。豪雨では、堤体内の水圧上昇によって「水みち」が形成されて内部浸食が発生したり、堤体内部の水分量が増加し堤体法面部の強度が低下、あるいは水位上昇により堤体を超えて貯水が流れ出す被害が起きやすいとされる。
2007年の中越沖地震、2004年の新潟県中越地震では、それぞれ100カ所前後のため池の被災が確認されており、それ以前も台風などでも多くのため池が被災・決壊している。1995年の阪神淡路大震災では1000カ所以上のため池が被害を受けたとされる。犠牲者こそ出なかったものの、ため池の災害時の危険性はかなり以前から指摘されていた。その放置されていたリスクが最悪の形で顕在化したのが東日本大震災だった。
東日本大震災後も対策が遅れ再び犠牲者が
ところが、その後もため池の抜本的な対策は進まなかった。震災から6年後の2017年7月に発生した九州北部豪雨では、福岡県朝倉市で48カ所のため池が被災して、市内の山田地区にある「山の神ため池」が決壊し、下流で3人が死亡する痛ましい事態となった。さらに翌年2018年の西日本豪雨(平成30年7月豪雨)では、全国で32のため池が決壊。広島県福山市では、ため池の決壊による土砂災害で家が流され、3歳の女児が死亡した。この32カ所のうち、人命にかかわる危険性がある防災重点ため池に指定されていたのはわずか3カ所で、犠牲者を出した福山市のため池も防災重点ため池に選定されていなかった。
国が本格的な対策に乗り出したのが、西日本豪雨の後。決壊した場合に人的被害を与えるおそれのある「防災重点ため池」の新たな基準を示し、それに基づき都道府県が2019年5月に防災重点ため池を再選定した。その結果、防災重点ため池の数はそれまでの1万1399カ所から6万3722カ所へと大幅に増加した。
「人的被害を与えるおそれ」に関する新たな基準
1.ため池から100m未満の浸水区域内に家屋、公共施設等があるもの
2.ため池から100~500mの浸水区域内に家屋、公共施設等があり、かつ貯水量1000m3以上のもの
3.ため池から500m以上の浸水区域内に家屋、公共施設等があり、かつ貯水量5000m3以上のもの
4.地形条件、家屋等との位置関係、維持管理の状況等から都道府県及び市町村が必要と認めるもの
一方、地方公共団体からは、財政やマンパワーに限界があり、防災工事等を推進するためには財政支援や技術支援が必要との声が多く寄せられ、昨年、防災重点農業用ため池に係る防災工事等を集中的かつ計画的に推進することを目的とした「防災重点農業用ため池に係る防災工事等の推進に関する特別措置法(2020年10月1日施行)」が制定された。
この法律では、農林水産大臣が定める防災工事等基本指針に基づき、都道府県知事が防災工事等推進計画を定めることとなっており、この推進計画に位置付けられた防災重点農業用ため池について、国は必要な財政上の措置および地方債への特別な配慮をすることが規定された。東日本大震災から10年が経った今、ため池の防災は、ようやく本格的に計画が動き出した。
市民が知るべきハザードマップ
では、こうした危険性の高いため池をどう市民はどのように知ることができるのか?
■河川のハザードマップ
河川では、水防法により、市町村長が、洪水ハザードマップを作成することが義務化されている。国の作成対象となる河川が存在する市町村のうち、平成31年3月時点で約98%の市町村が洪水ハザードマップを作成済み(計画想定規模)。ただし、平成27年水防法改正に伴う「1000年に一度級」の想定最大規模降雨に対応したハザードマップを作成・公表している自治体は33%にとどまる(共同通信調べでは2020年10時点で56%)。対象河川は国管理の448河川と都道府県管理の1583河川。
また、先月2月に閣議決定された水防法の改正により、中小河川についても作成が義務付けられ、今後さらに1万5000ほどの河川についてハザードマップが整備されることになる
https://news.yahoo.co.jp/byline/nakazawakosuke/20210203-00220794/
■ため池のハザードマップ
一方、ため池のハザードマップは、平成30年3月時点で5487。防災重点ため池の6万3722カ所に対し10%にも満たない。が、「家屋が数軒しかないという地区もあり、すべてに多額の費用をかけてハザードマップを作ることが必ずしも適切とは考えていない」(農水省農村振興局防災課)という。ちなみに、市町村のホームページには、ため池の位置が示された地図が公開されているものもあるがこれはハザードマップとは言わず「ため池マップ」と呼ばれている。ため池ハザードマップは「浸水想定区域や避難所の場所まで明記されたもの」だ。最終的にどの程度のため池についてハザードマップの作成が必要になるかは、今後の調査による。
一律な義務付けは困難
実は、ため池は、洪水ハザードマップのように、法律によって、一律に市町村に作成を義務付けるわけにはいかない。農業用ため池は、歴史が古く、水田農業を主体とするわが国においては全国に約17万カ所あるといわれており、その約70%は江戸時代以前に築造されたとされる。農業用水を確保するために人工的に造られたものが多く、農家個人で所有するものや、国や自治体の土地にある池を、周辺の農家が利用している例もある。だが農家の減少や高齢化で維持管理が行き届かず、放置されている池が多いという。
鉱山や河川、貯水場のリスクも注意
ため池に似たようなリスクとして、付け加えておきたいのが鉱山だ。東日本大震災では、宮城県気仙沼市で、金鉱山の廃鉱から有害物質のヒ素を含む大量の土砂が住宅地に流れ出し、一部の住民が避難する事態となった。鉱山は閉山しても、長年にわたり流出する坑廃水に有害物質が含まれることが多く、国内の休廃止鉱山では、こうした水をそのまま河川に排出することがないよう坑廃水処理施設などで適正な処理を行っている。東日本大震災では、その水の一部が流れ出した。国内では、現在でもなお100近い休廃止鉱山で鉱害防止事業を実施、あるいはその必要があるとされている。
また、水に関連した別の施設の事例になるが、5年後の熊本地震では、熊本県南阿蘇村にある九州電力の水力発電所「黒川第一発電所」の貯水槽(タンク)が地震により決壊し、約1万立方メートルの水が流れ出て大きな被害を出した。
河川についても、東日本大震災や熊本地震では堤防などで被災した箇所が多数報告されている。もしも雨などで河川の水位が高くなっていれば、大きな被害をもたらしていた可能性もある。
歴史、地理、物理、環境、情勢で地域リスクを見る
地震が来た際、建物の倒壊や家具類の転倒防止だけに気を付ければいいわけではない。豪雨災害と同じように、河川氾濫や土砂崩れ、ため池の決壊など、想定を広げていく必要がある。
①「歴史的」に、昔はどのような場所だったのか、どのような災害が起きたのか、②「地理的」にその場所はどのような地質で近くに川や河川はないのか、③「物理的」にその構造物の安全性は確保されているのか、どの程度丈夫なのか、④「環境的」に、その場所の周辺で大きな環境の変化はなかったか、⑤「情勢的」に、近年急に雨が多くなったりしていないか、などをフィルターとして、自分の住んでいる地域のリスクを見直してみてはどうか。