なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか (1)
捜査当局が大規模事件の強制捜査に着手するたびに、それに先立ち、司法記者クラブに所属するマスコミにその情報がリークされ、「○○らの立件方針を固めた」「近く本格捜査に乗り出す方針を固めた模様」といった横並びの着手予告報道がなされてきた。
もっとも、強制捜査に着手するか否か、また、いつ着手するかといった情報は、捜査当局が取り扱う様々な捜査情報の中でも特に秘密性が高いものだ。取調べを受けている事件関係者の供述のように、いまだオープンになっていない証拠の内容についても同様だ。
それこそ捜査班の中でも中核以外の大多数の捜査員には何も知らされず、彼らも報道を見て初めて着手時期や主要な被疑者の供述内容を知るといった場合も多い。こうしたリークの問題は検察に限った話ではなく、警察でも同様だ。
では、なぜ捜査当局は、捜査情報をマスコミにリークするのだろうか。「夜討ち朝駆け」などで警察や検察の幹部らからネタを引き出そうと駆けずり回ってきた記者ですらも、なぜ捜査当局は捜査にとってプラスにならないのに、マスコミに対して捜査情報をリークするのかといった疑念を常々抱いてきたという。
確かにリークにはデメリットも多々ある。しかし、それを遥かに上回るメリットがあるからこそ、捜査当局も極秘の捜査情報をマスコミにリークし、これを広く報道させるものにほかならない。
【リークのデメリット】
前提として、まずデメリットをいくつか見ておきたい。
(捜査に与える悪影響)
リーク報道により、自分(達)が捜査対象だということを相手に対して明確に認識させることで、証拠隠滅や口裏合わせ、逃亡、自殺を招く。捜査の手の内が分かれば、狡猾な被疑者らが新たな弁解を構築したり、捜査当局が把握していない未解明の事実を覆い隠すことも可能となる。
また、被疑者や参考人の取調べ室内における供述がいとも簡単にマスコミに漏れると、当然ながら漏らしたのは取調ベ担当官やその上司らではないかとの疑いを持たれ、警察や検察を信頼しなくなるし、何かを話そうという気も薄れ、取調べが進まなくなる。
例えば、ある事件で、それまで供述調書へのサインを一切拒否してきた被疑者が夜間の検察官による取調べで自白調書にサインした途端、翌日朝には「○○容疑者、認める」と大きく報道されたことがあった。
被疑者は勾留され、接見禁止中であり、弁護人以外の外部の者と意思疎通ができない状況にあった上、その報道自体、調書へのサイン後、弁護人との接見前に出たものだった。したがって、「自白調書にサインした」という重要情報は、被疑者やその弁護人からではなく、捜査当局の内部からマスコミに漏れたものにほかならなかった。
この被疑者は検察内部の事情にも詳しかったことから、取調べ担当官に対し、呆れ顔で、「最高検で一番マスコミと仲の良い××幹部がリークしたんでしょ。どうせなら正確にリークしてくださいね」などと痛烈な嫌味を言った。さすがに取調ベ担当官も、「我々も困っているんだ」と言うばかりだった。
(リーク報道の不正確さ)
取調ベ担当官の主任捜査官や幹部らに対する報告など、所詮、伝聞・再伝聞だ。被疑者や参考人から遠い人間になればなるほど、伝言ゲームのように、その耳に入るのは、実際の取調ベ状況や供述内容からかけ離れた情報となるし、そうした立場にある幹部のリークやこれに基づく記事も、不正確なものとならざるを得ない。
ある事件で、取調べ室内における被疑者の供述内容が報道され、その被疑者が取調ベ担当官に猜疑心を抱いて激昂し、強く抗議した上、そうした猜疑心が最後まで払拭されず、取調べが全く進まなくなったことがあった。
この件は、報道された供述内容が実際の取調べ室での供述と食い違っていたばかりか、一度目の虚偽報道後、他社の「追いかけ報道」で立て続けに同様の虚偽報道がなされていたものであり、被疑者の怒りも至極当然だった。
(既成事実化)
リークやそれに基づく報道の一番の問題は、報道内容が独り歩きし、それがあたかも「真実」であるかのように、捜査当局のみならず、社会一般の間でも「既成事実」となってしまうという点だ。現場に様々な重圧がかかって捜査が誤った方向に進んだり、後に引けなくなるといった危険性も出てくる。
捜査当局の幹部がマスコミにリークをして報道させた内容が実は誤りだったということになると、その幹部のみならず、マスコミの責任問題ともなるから、捜査当局もマスコミも、ともに後戻りや路線変更をすることが困難となってしまうのだ。(続)