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追悼 偉大なる統一ミドル級チャンピオン、"マーベラス"・マービン・ハグラー

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
安らかにお眠り下さい。(写真:REX/アフロ)

 統一ミドル級チャンピオン、"マーベラス"・マービン・ハグラーの訃報を耳にしたのは、アメリカ西部時間3月13日の17時過ぎだった。その2時間ほど前に、カイ夫人がSNSで声明を出した。

 突然の死で、私を含めた多くの人が、事実を受け入れられないでいる。カイ夫人も同様であろう。死因などはまだ伝わって来ない。

写真:ロイター/アフロ

 享年66。統一ミドル級王座を12度防衛したハグラーは1987年4月6日、同世代のスターだったシュガー・レイ・レナードの挑戦を受け、1-2の判定で敗れる。本場、米国のボクシング界では今尚、ハグラー勝利を唱える声が多いが、判定を不服としたハグラーは2度とリングに戻らなかった。

 糊口を凌ぐ術としてカムバックする元王者を数え切れないほど目にしたが、その身の引き方は潔く、美しかった。

 物書きとなってから、ハグラーにインタビューすることは私にとって一つの目標だったが、渡米から7年後の2003年に国際ボクシング殿堂の場で挨拶し、1年半の交渉を経て、対面取材が実現した。

2004年12月、マサチューセッツ州ボストンのホテルでハグラーをインタビューした 撮影:著者
2004年12月、マサチューセッツ州ボストンのホテルでハグラーをインタビューした 撮影:著者

 この時、窓口となったのは、ハグラーの顧問弁護士だった。「あなたを信用しない訳ではないが、情報が洩れ、宿泊先のホテルにファンが殺到すると困る。なので〇〇エリアに泊まって下さい。開始の1時間前に、インタビュー場所をお伝えします」と告げられた。

 指定された場所に足を運ぶと、スーツに身を包んだハグラーが時間ピッタリに現れた。終始笑顔を絶やさず、言葉を選びながら、誠実に応じてくれた。途中、彼は何度か咳ばらいをしたが、その度に「Excuse me」と言った。

 名チャンピオンであっただけでなく、人間性にも強く惹かれた。

著者の思い出の一枚。
著者の思い出の一枚。

 ハグラーは実力者でありながら、なかなかチャンスに恵まれなかった。グリーンボーイ時代は、1試合50ドルのファイトマネーで勝ち星を重ねた。1973年にデビューしメインイベンターとなった後の36戦目も、モントリオール五輪の金メダリストとして颯爽とプロに転向したレナードの第3戦目の前座として出場しなければならなかった。

 初の世界タイトル挑戦では、勝っていたのに引き分けとされた。敵地、英国で組まれた10カ月後の再チャレンジで、KOを飾ってタイトルを奪取した折には、客席からビールが投げ込まれ、それを浴びながら感涙に咽んだ。

写真:REX/アフロ

 私は、こうした苦い経験やレナード戦の判定について質問したが、印象的だったのは、次の言葉である。

 「過去は振り返らない。人は、未来が輝くように自分を強く持って、日々、挑戦しなければいけない。希望に向かって努力していれば、いつか明かりが見えて来るものさ。たとえ失敗したとしても、自分が選択したなら他者を非難してはいけない。

 昔、トレーナーに言われたよ、『お前がキューキューと軋む音を立てて車を走らせていたら、誰かがオイルを入れに助けに来てくれる。人生ってそういうもんだ』って。本当にそうさ。自分が選んだ道で全力を尽くすしかないんだ」

 今でも、私の耳には彼の声が残っている(※詳しく知りたい方は、光文社電子書籍『マイノリティーの拳』をご覧ください)。

日本に行ってみたいと話していた
日本に行ってみたいと話していた写真:ロイター/アフロ

 東日本大震災が発生した数日後、カイ夫人からメールが届いた。「大丈夫? マービンもあなたを心配しているわ。被災された方々に何か出来ることがあれば、遠慮なく連絡してくれって主人が言っています」

 再会の日がやって来ると信じていたーーー。

 こうして追悼文を記しているが、体に力が入らない。哀しみが癒えたら、もう一度彼の声を録音したインタビュー時のテープを聞いてみよう。今はただ、名チャンピオンの冥福を祈りたい。

 合掌。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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