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ジャパンビバレッジ「有給チャンス」事件 「告発」の背景

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 ここ数日、インターネットやテレビ番組で、「有給チャンス」なる言葉が話題となっている。

 この話題が広がったのは、サントリーグループの自動販売機オペレーション大手・ジャパンビバレッジで起きた事件を、同社と闘っている労働組合・ブラック企業ユニオンが公表したことがきっかけである。

(なお、同社では残業代未払いや休憩不取得、さらには労基署に申告した組合員に対する不当懲戒処分など、様々な違法行為が蔓延しており、筆者のヤフー記事で紹介しているので参照してほしい)。

 ブラック企業ユニオンによれば、事件が起きたのは2016年5月。ジャパンビバレッジの支店長が、支店に勤務する労働者たちに対して、「有給チャンスクイズ」と題したメールを送りつけていた。

 その文面は、クイズに正解した労働者に有給休暇を認め、「不正回答」の場合は「永久追放 まずは降格」と伝えていたというものだ。

 しかも、「出題ミス」のため正解者はおらず、結局有給を取得できた従業員は一人もいなかったというのだ。

 それにしても、ここまふざけたやり方は少ないにせよ、「有給がとれない」といったことは、珍しい問題ではない。なぜ、今回の「有給チャンス」は問題化したのだろうか。

 この事件が民放各局でセンセーショナルに報道される一方で、労働組合がこの問題を公表したという事実はあまり知られていない。

 違法行為がスルーされる職場と、問題になる職場。その違いは「労働組合」の違いにあるということが、取材から見えてきた。

「有給チャンス」だけではなかった 支店長のパワハラ・暴力の数々

 まずは、この事件の背景を確認していこう。

 実は、ブラック企業・ユニオンの組合員たちによれば、この支店長は数々の問題を起こしていた。支店長は普段から、有給休暇の申請をほとんど自身の権限で却下していたという。

 また、この支店長は、労働者が仕事でミスをすると、「公開処刑メール」と称してミスの内容や労働者の謝罪文などを支店の全労働者に転送したり、また別のミスをした労働者の臀部(でんぶ)を足の甲で頻繁に蹴り飛ばすなど、パワハラや暴力を日常的に繰り返していたとのことだ。

 このため、周りの労働者も有給休暇を申請することじたいに萎縮するようになってしまっていた。

 そんな中で送られてきたのがこのメールだったため、クイズに正解すれば有給休暇がもらえるのだと彼らは信じ、必死になって回答しようとしたという。

 このようなパワハラ支店長を、ジャパンビバレッジ側は何年も支店長の地位に居座らせ続けていた。こうした会社の対応と支店長の態度に怒りを募らせた労働者たちが、今回労働組合を通じて、事件を公表したのが経緯である。

2年前に奪われた権利を取り戻すために、声をあげた労働者たち

 支店の労働者たちが加入していたブラック企業ユニオンは、誰でも加入できる労働組合だ。労働組合には法律で強い権限が付与されており、会社側は交渉を申し込まれた場合、拒否できない。

 労働相談の現場にいると、私たちが紹介して組合に加入した労働者が、「自分一人だったら無視されていたようなことを、団体交渉では正面から会社の上部にいえた」と喜ばれるケースも多い。

 今回の「メール」は、違法行為を許さない労働組合に、支店の労働者たちが加入していたからこそ発覚した問題だと言って良いだろう。

 今回の問題については、8月17日に、ユニオンとジャパンビバレッジとの団体交渉が行われた。パワハラ支店長の下で働き、支店長から被害を受けた労働者たちが組合員として交渉に挑んだ。

 団体交渉は出だしから緊迫した。会社側が、当初この支店長の出席を予定していたのだが、都合が合わなくなってしまったとして、出席を取りやめにしてしまったからだ。

 理由を組合が問い詰めたところ、会社は「調整を頑張ったんですけど、そういう話になってしまった」などと曖昧な回答しかすることはできなかった。

 続けて、次のようなやりとりがあったという。

組合員Aさん(現役社員)「これ(有給チャンスメール)を見てどう思われますか。まともなメールだと思われますか?」

会社「……。」

組合員Aさん「自分もよく(コンプライアンス研修を)受けるんですが。(この支店長は)コンプライアンス的にどうなんですか。そういう人が上に上がるというのはまずどうなんですか。」

組合員Bさん(現役社員)「そのしわ寄せが下に来るんですけどね」

組合員Aさん「それを全く、上の、あなた方はわかっていないんじゃないですか?」

会社「……。」

組合スタッフ「会社を代表してきてるんだから、言うことがあるんじゃないですか?」

会社「これが事実であれば不適切であろうと思いますので、調査を。」

組合スタッフ「事実であればって、事実じゃない可能性があるということですか」

組合員Aさん「何をもってすれば事実なんですか?●●さん(支店長の名前)が「そうだ」と言えば事実なんですか?? 言わなければ…?」

組合スタッフ「これ(メール)で事実だと思うんですけど。」

会社「こういったことがあったとき、当時いらっしゃった皆さんて、支店長とかに物申すとかは難しかったんですか」

組合員Aさん「無理ですよ。「嫌ならやめれば」「飛ばすよ」「ほかのとこ行きゃいいじゃん」…。言われましたよね。」「恐怖政治ですよね。」

 実際に、当時、実際にしつこく支店長に有給休暇について要求し、食い下がっていたAさんは、他の労働者がそのまま残っていたのに、見せしめのように別の支店に異動させられたという。

組合スタッフ「事実として認めるか認めないかお答えください。」

会社「……。」

組合員Cさん(現役社員)「知らぬ存ぜぬか…。」

組合員Dさん(現役社員)「何の引き伸ばしですか。」

会社「会社なりに確認をしないと現時点では、(事実であるとは)認められない。」

組合スタッフ「どういう確認が必要だとお考えなんですか?」

会社「当時の関係者等に聞き取りを…。」

組合スタッフ「当時の関係者(ここに)ぞろぞろいるんですけど・・・」

 一連のやりとりの後、組合スタッフが「取れなかった分の有給休暇を取らせられないんですか?」と要求したものの、会社は「何らかの対応は検討します」と具体的なことは全く明言しなかった。

 会社は労働組合法により、労働組合から団体交渉を求められると、交渉に応じるだけではなく、「誠実」に応答しなければならない。

 会社側の代表者が「私には決定できません。わかりません」としか言えないような立場の人間のみだった場合も、「不誠実団交」に当たる。また、事実関係にしても、その場で支店長やその部下に連絡したり、組合員に詳細に聞き取るなどして確認することはできたはずだ。

 ただ、団体交渉による労働者からの事実の主張は、強いプレッシャーになったと考えられる。

 特に今回、労働組合のスタッフだけでなく、実際に支店長から被害を受けた現役のジャパンビバレッジの社員たちが、次々と自分の経験や思いを発言したことで、会社は法律を守る必要を強く感じたのではないだろうか。

 

有休拒否の是正勧告はわずか「171件」

 ツイッターの反応などを見ていても、「労働基準監督署に通報すべき」などのコメントが非常によく見られた。しかし、それは労基署に対する過剰な期待というものであろう。じつは、今回のような問題に対して、労基署は手も足も出ないのである。

 次の数字を見てもらいたい。厚労省は、労働基準監督署が企業への定期監督をつうじて労基法違反を確認して是正勧告をした件数を、違反内容ごとに公表している。

 2016年度の統計によれば、残業代未払いによる労基法違反に対して是正勧告したのは1万8772件、長時間労働による違反は2万8252件にのぼる。それに比べて、有給休暇取得による違反については、わずか171件にすぎない

 もちろん、日本の労働者の大半が有給休暇をすべて申請し、取得できているのかといえば、そんなことはない。残業代未払いや長時間労働に比べても、有給休暇を取得できなかったという経験のある人は非常に多いだろう。

 しかし、労働基準監督署では、この明らかな違法について取り締まることがほとんどできないのである。

 これは、労働基準監督署がその権限上、有給休暇の不取得を違反だと判断できるケースが、あくまで「労働者が企業に有給休暇を申請して、実際に休暇を取ったにもかかわらず、会社が休暇分の賃金を払わなかった場合」に限定されているからだ。

 今回のジャパンビバレッジの支店長のように、企業が労働者の申請を不当に妨害し、有給休暇を取得させていない場合でも、労基署は「有給休暇がまだ申請されていないし、労働者が休んだわけでもないから、企業が取得させていないとはいえない」状態であるとして、取り締まることができないのだ。

 また、支店長の行為はパワーハラスメントでもあると述べたが、パワハラに対しても、労基署はその権限上、取り締まることはできない。

 労基署は主に労働基準法や最低賃金法、労働安全衛生法などに関する違法行為を管轄としており、パワハラはそのいずれにも定めがないから、そもそも取り締まりの対象外になってしまうのだ。

労働組合なら、仲間と会社を追求し、社会的な「告発」もできる

 今回、労働組合は「有給メール」について、企業名を公表して社会的な「告発」に踏み切ったうえで、団体交渉に挑んだ。このような宣伝活動は、労働組合ならではの行動である。

 というのも、こうした労働組合の活動は、「正当な組合活動」であれば、民事責任を免除され、刑事処罰も受けないと労働組合法で定められている。

 会社の中で秘密裏にまかり通っている違法行為を告発することは、明らかに「正当な組合活動」である。

 だから、たとえ「あの会社はブラック企業らしい」と社会的なイメージが悪くなるような経済的な損害を受けても、会社は労働組合に損害賠償を請求することはできない。

 また、もし個人でこれらの行動を行えば、名誉毀損罪・信用毀損罪などの刑事犯罪に該当する可能性がある。だが、労働組合の正当な団体行動であれば、これらの刑事責任も問われない。

(とはいえ、違法行為を追及する組合活動であっても暴力は「正当」な行為ではないし、度が過ぎた暴言も「正当」の範囲を超えることがある)。

 実際、今回の報道と団体交渉が、ジャパンビバレッジにとって圧力となり、全国のパワハラ上司に対する牽制になったことは間違いない。労働基準監督署では問題にできないケースでも、労働組合に加入すれば、労働者自らが声をあげ、会社を追及することができる。ぜひ、職場で労働組合を作り、会社と闘ってみたい方は、ユニオンに相談してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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