世界では新聞を25億人が読む、パキスタン、メキシコでは記者は命がけ -世界新聞大会報告(上)
月刊誌「Journalism」(8月号)に、6月に開催された世界新聞大会のレポートを書いた。最新号(9月号)が出たので、これに補足したものを2回に分けて出してみたい。
世界新聞大会については、読売新聞オンラインの「欧州メディアウオッチ」でも何回か書いたが、入りきれない部分がたくさんあった。
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世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)主催の「第65回世界新聞大会、第20回世界編集者フォーラム、第23回世界広告フォーラム」は、6月2日から4日間、バンコクで開かれた。
「革新、ひらめき、双方向」をテーマにうたった今年のイベントには、66カ国から約1500人のメディア幹部が出席し、90人のスピーカーが自社の取り組みを紹介した。
WAN-IFRAは、世界の新聞社の国際的な組織で、約1万8千の紙媒体、1万5千のオンラインサイト、120カ国以上の3千余の企業が会員となっており、報道の自由、ジャーナリズムの質の向上、メディアビジネスの活性化などを目指して活動している。
ー新聞は世界の25億人に読まれている
世界の新聞界の現状を見てみよう。
大会で発表された「世界の新聞トレンド2013年版」(実際の数字は2012年のもの)によると、世界中で約25億人が日刊紙を紙媒体で、6億人が電子版(オンライン)で読んでいる。新聞メディアの総収入は2000億ドル(約20兆円)に上る。トレンド調査は、70カ国以上の新聞メディアのデータを基につくられ、業界の健康状態を判断する目安として広く利用されてきた。
新聞の世界での総発行部数は、12年で約5億2300万部となり、08年に比べて2%減少した。
地域ごとの状況には大きな明暗がある。欧州の新聞発行部数は08年に比べて26.5%減、北米(カナダ、米国)でも13%減っている。一方、中東・北アフリカやアジアでは08年から12年にかけてそれぞれ10%ほど増加している。
広告収入の総額は12年に世界で約934億4600万ドルで、08年に比べて22%減った。08年と12年の比較では北米で42%(非常に大きな数字である)、欧州で22%減っている。逆に、ラテンアメリカでは37・5%、アジアでは6・2%それぞれ増えている。
―「自由のための金のペン賞」はミャンマーの経営者に
WAN-IFRAが毎年選ぶ「自由のための金のペン賞」(Golden Pen of Freedom)はミャンマーのイレブン・メディア・グループの最高経営責任者タン・トゥ・アウン氏に贈られた。民主化を弾圧するミャンマー政府による検閲に負けず、報道を続けてきたことが評価された。
同氏がイレブン・メディア・グループを3人で始めたのは13年前。現在は450人のスタッフを抱える。2003年には同グループの編集者が国際無償資金協力援助の悪用に関する記事を書き死刑(後に懲役3年に変更)を宣告され、自身も11年に短期間拘束されたという。
タン・トゥ・アウン氏は受賞のスピーチで「軍事政権がどんな嫌がらせをしようと、自分のジャーナリズム、倫理、基準は変えなかった」と述べた。
世界の報道の自由度を調査した「グローバル・プレス・フリーダム・リポート」も大会で発表された。
これによると、昨年6月から今年5月までに殺害されたジャーナリストは54人(ブラジル6人、カンボジア1人、エジプト1人、メキシコ3人、イラク2人、パキスタン9人、パレスチナ2人、フィリピン1人、ロシア2人、ソマリア10人、南スーダン1人、シリア15人、タンザニア1人)。内戦が続くシリアでの殺害人数が突出している。この中には、大変残念ながら昨年8月に命を落とした、独立系通信社ジャパンプレス所属の山本美香さんが含まれている。
6月5日、編集者フォーラムは朝のセッションでジャーナリストの安全性をテーマとして取り上げた。
パキスタンの英字紙「ドーン」のザファル・アッバス編集長は、2008年から13年に85人の同国のジャーナリストが殺害されたと報告した。ジャーナリストたちが誘拐され、拷問を受けたことは何度もあるという。同紙の記者には自宅にまで警備をつけるようにしており、アッバス氏自身にも武装警備員がつくという。出かける際は複数の車を乗り継ぐようにしている。
しかし、「国内のほとんどのジャーナリストはこのような警備がついていない。カメラに保険がかかっていても、カメラマンには保険がついていないことが多い」。
メキシコの「エル・シグロ・デ・トレオン」紙のエディトリアル・ディレクター、ジャビエ・ガーザ氏は記者の安全性確保のためにさまざまな手段を講じている、と述べた。同紙は麻薬カルテルの縄張り争いの地となっているラグラ地域をカバーする。この地域では麻薬事件絡みで殺害される人が増えている。2007年には年間89人だったが、昨年は1085人に増加したという。
エル・シグロ自体も攻撃のターゲットとなった。今年2月には編集スタッフ5人が麻薬組織関係者に誘拐された。現在ではメキシコ連邦警察が同紙のビルの周囲を武装警備している。
エル・シグロ紙では記者などの安全確保のためにガイドラインを設定している。同紙での「勤務を示すIDを身に着けない、」「紛争場所への到着は、警察による警備体制が敷かれた後にする」、「デスクとの連絡をたやさない」、「銃撃戦の模様は当局による公式情報のみを報じる」、「銃撃戦で特定の犯罪グループの名前を出さない」、「個々の記者名が特定されないよう、ソーシャルメディアは会社の公式アカウントを使う」など。また、犯罪報道は署名記事にせず、数人の記者が輪番で書くようにしている。
安全性確保の方策を実施しながらも、「新聞がこの地に存在し続ける」ことの重要性をガーザ氏は強調した。「自己検閲はしないようにしている。そんなことをしたら、存在意義を放棄することになる」。
報道の自由の観点から開催国タイがそ上に上ったのが、刑法第112条によって定められた不敬罪の適用をめぐる問題だ。
タイでは国王、王妃、王位継承者あるいは摂政に対して中傷する、侮辱するあるいは敵意をあらわにする者は刑法第112条に違反したとして3年から15年の禁固刑に処される。米人権保護団体ヒューマン・ライツ・ウオッチによると、不敬罪の裁判は2005年までは年に4、5件だったが、2006年以降急速に増え、累計で400件を超える。政治的異端者を押さえ込む道具として使われているという懸念が出ている。
WAN-IFRAが以前から異議を表明してきたのが、タクシン元首相派の雑誌「ボイス・オブ・タクシン」の元編集者ソムヨット・プルエクサカセムスック氏の処遇だ。今年1月、同氏は2010年掲載の記事により、不敬罪で懲役10年、名誉毀損で懲役1年を言い渡された。2011年8月から身柄を拘束され、バンコクの刑務所で受刑中だ。これまでに何度も保釈を求めているが、却下されてきた。
4日、WAN-IFRAや大会参加メディアの代表者22人はシナワトラ首相と会い、不敬罪の「誤用」による禁錮刑を科されたジャーナリストたちがいるとして、事態の改善を求めた。
―紙媒体の力とは
紙での新聞の発行もまだまだ捨てたものではないー。そう思わせる事例を、インドの大手メディア企業ABPグループの最高経営責任者D.D.パーカヤスサ氏は、5日、新聞大会のセッションの1つで紹介した。
同グループはテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、学校、デジタルサイト、英語の雑誌などを所有・運営する。印刷物とテレビ・ニュースを総合すると、6000万人以上にリーチしているという。テレビニュースの視聴率ではインド内でトップ(市場の28%)。ベンガル語の新聞市場では64%を占める。
しかし、悩みは若者層の読者が比較的少ないことだった。そこで、若者向け新聞の創刊を前に潜在的読者層へのインタビュー取材を200回行ったという。その結果、成功に向けての5つの要素が判明した。
1 小型タブロイド版にする
2 幅広い分野のコンテンツ(政治だけではつまらない)―国際ニュース、スポーツ、娯楽、漫画小説、セレブリティー、心を揺さぶるような独自の記事、日曜日には文化や文学―を入れる
3 紙面をカラフルに
4 手ごろな価格
5 「新聞=古い」という固定観念を覆すため、若さを前面に出した広告を打つ
この5つを考慮して、昨年9月、カルカッタ市で創刊の運びとなったのがタブロイド版のエベラ(Ebela)だ。
発行から6週間で、発行部数は約27万8000部。読者の30%は30歳以下だ。ほかのベンガル語の新聞は20%相当と推定され、若い層の比率が他紙よりは高い。フェイスブックでは、15万人から「いいね!」を集めたという。(つづく)