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インフレ予想というものへの疑問

久保田博幸金融アナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 日興リサーチセンターのレポートが市場関係者の間で注目されているようだ。そのタイトルは「物価とインフレーションのメカニズム」で、研究顧問の吉川洋東京大学名誉教授、同センターの山口廣秀理事長、阿部將前室長代理の3名の共著となっている。山口廣秀氏は元日銀副総裁である。

 このレポートで注目されたのは、「物価を決めるのは人々の予想だ」とする渡辺努教授の見方に疑問を投げかけた部分である。これは渡辺教授に限らず、2013年4月に異次元緩和を決めた日銀の大きな根拠になっていた部分でもある。

 日銀の2%目標を超える本格的な物価上昇が始まったのは、渡辺教授によれば、「2022年春以降の日本人のインフレ予想が上昇」したからだという。

 しかし消費者も金融トレーダー、アナリストも価格決定の当事者ではない。当事者は個々のモノ/サービスを決める企業であるとレポートは指摘する。

 当然といえば当然のことである。価格決定権を握るのは企業であり、物価を予想しているアナリストなどでもないし、物価連動債を売買している市場関係者などではない。

 このレポートではモノではなくサービスについては、「期待」は大きな役割を果たすとしているが、果たしてその「期待」とはどこから来ているのか。少なくとも日銀の金融政策によって生まれるものではないであろう。

 日銀は今回の物価上昇についてノルムの変化を挙げている。ノルムとは「予想」より強い概念で、社会的な習慣や規範意識を意味するとされる。

 しかしノルムが変化したので企業が価格を上げられたというのではないであろう。世界的な穀物やエネルギー価格、それ以前のサプライチェーン問題などに起因する価格上昇を受けて、商品価格の引き上げに踏み切りざるを得なかったことが実情ではなかったか。

 あまり「期待」とか「ノルム」とかに縛られてしまうと、利上げすると期待やノルムが変化してしまうから、極めて慎重にといった変な理屈が成り立ってしまう。

 物価が上昇してきたのであれば、ノルムとかには関係なく、物価に応じた適切な金利に操作するのが中央銀行の役割ではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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