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相続で押すと危ない二つの書類~その1「相続分なきことの証明書」

竹内豊行政書士
相続でうっかりハンコを押すと、とんでもないことが起きる書類があります。(ペイレスイメージズ/アフロ)

相続で遺産分けの際に、うっかり押印してしまうととんでもないことが起きることがある二つの書類をご紹介します。初回は、「相続分なきことの証明書」です。

相続放棄をする理由

まず、本題に入る前に相続放棄はどのような場合に行われるか考えてみます。

被相続人が債務超過に陥っている場合が典型ですが、現実には、もっと別の理由から相続放棄が行われることも多いようです。たとえば、共同相続人の中の1人に相続財産を集中させるために、他の相続人が放棄することはよく見られます。具体的には、農業経営で土地の細分化を防ぐ等の目的などで使われます。

相続放棄の方法

相続放棄をする相続人は、自己のために相続が開始したことを知ったときから3か月以内に、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所にその旨を申述しなければなりません(民法938条)。

938条(相続の放棄の方式)

相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

申述には、家庭裁判所の「相続放棄の申述書」に必要事項を記入し、 被相続人の住民票除票又は戸籍附票、 申述人(放棄する者)の戸籍謄本、その他審理のために必要な場合は,追加書類を提出しなければなりません。

家庭裁判所の審理を経て申述書が受理されれば、相続放棄が成立します。そして、その相続に関しては初めから相続人にならなかったものとして扱われます(民法939条)。

939条(相続の放棄の効力)

相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

事実上の相続放棄~「相続分なきことの証明書」

このように、相続放棄は家庭裁判所に対して申述を行わなければならないため面倒な手続きをしなければなりませんし、一定の日数を要します(相続放棄の手続きについては裁判所ホームページをご参照ください)。

もっとも、特定の相続人に相続財産を集中させることだけが目的なら、家庭裁判所への申述を要する相続放棄を用いなくても、他に手段がないわけではありません。

実は、相続放棄をしなくても1人の相続人に遺産を集中させる方法が2つあります。その内の1つが今回ご紹介する「相続分なきことの証明書」です。

「相続分なきことの証明書」の効果

この「相続分なきことの証明書」に署名して実印を押すと、「私はすでに被相続人から十分な生前贈与を受けている(これを「特別受益」といいます)から、自分の相続分はゼロです」ということを自ら証明したことになるのです。このため、「相続分なきことの証明書」は事実上の相続放棄と呼ばれています。

「相続分なきことの証明書」の本来の役割

本来、「相続分なきことの証明書」は、遺産の不動産を簡易に特定の相続人に取得させるための便法としてまた相続登記の原因証書として取り扱われるものです。これを添付して、単独または数人名義の相続による所有権移転登記を法務局に申請すれば、その旨の登記手続きが実行されるのです。

「相続分なきことの証明書」を提示されたら警戒する!

しかし、本来の役割とは別に、遺産を独り占めにするために使われることがあります。

相続人の1人からいきなり「相続に必要なため、この書類に署名して実印を押して印鑑証明書を添付して送り返してください。到着次第、ハンコ代として50万円を送ります」といった内容の文書とともに「相続分なきことの証明書」が送られてくることがあります。「相続分なきことの証明書」は決まった書式はありません。事例を紹介します。

私は、被相続人からすでに財産の分与をうけており、被相続人の死亡による相続については、相続する相続分の存しないことを証明します。

被相続人の遺産分割について受けるべき相続分はありません。

このように、いたって簡単な書面のため、文書の内容も理解しないまま、まさか事実上の相続放棄とは思わずに、安易に署名・押印してしまうことがあるのです。

「相続分亡きことの証明書」は他にも「特別受益証明書」「相続分皆無証明書」「相続分不在証明書」などといいます。

意味もよくわからずに押印してしまうと大変な目にあうことがあります。「相続分なきことの証明書」もその内の一つです。

相続で「署名・押印して」と急かされるようなことがあったら要注意です。

しっかりと説明を受けて理解した上で、署名・押印をする・しないを決めましょう。もし、説明を受けて十分理解できない場合は、保留して専門家の意見を聞いてから判断するのもよいでしょう。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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