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ひきこもり本人向けに在宅ワークを提供。人を社会とつなぐ「COMOLY」の仕組み

池上正樹心と街を追うジャーナリスト
看板もCOMOLY製作。富山ワークキャンプで左から2人目が山田さん(写真も提供)

ひきこもっていた幼馴染との出会い

「ひきこもっていても自宅で仕事ができる」という、ひきこもり本人向けに在宅ワークを提供する取り組みが注目されている。そんな「ひきこもり」の人を社会とつなぐ「COMOLY」というオンライン上の仕組みをつくり出したのが、「(株)Meta Anchor」代表取締役の山田邦生さんだ。

 2020年1月にCOMOLYを立ち上げて以来、登録者数は22年12月末現在約660人。提供した仕事も倍々で増えて、442件に上る。その内訳も、WEBサイト制作やデータ移行、動画編集、議事録作成など、すべて「ひきこもる当事者向けの在宅ワーク」だ。

 山田さんは元々、大学院を修了後、人材紹介会社に入社した。起業のきっかけは、求職者を企業に紹介する仕事に就いているとき、適性検査に興味を持ったこと。この仕組みを「自分で開発したい」と思い、心理学を勉強した。

 人材紹介会社にいるとき、仕事にブランクがあったり、うつ病になってしまったり、能力があるのに自分を見せるのが不器用だったりして、面接に受からない人たちを見てきた。

「潜在力を見極めるのが得意でした。そういう就職が難しい人をどんどん企業の採用につなげ、クライアントの方に喜ばれたんです」

 こうして山田さんは2016年7月に会社を設立し、プログラミングを自分で1から学んだ。1年がかりで事業を始めたものの、なかなか売れず、お金のない時代が2年くらい続いた。3年目になって売り上げが立ち始めた頃、当時ひきこもっていた釼持智昭さんと出会う。

報酬も当初より2・5倍アップ

 近所の幼馴染の釼持さんは、2012年頃から音信不通だった。当時、親同士の付き合いがあり、「彼は家にいるみたいだ」と聞いていたが、釼持さんは人との連絡をすべて絶っていた。

 ところが、2018年の夏頃に突然、SNSに彼が出てきたのでコメントしたところ、返事が来た。地元に帰ったときに連絡すると、久しぶりに家から出てきたという。

「ちょうどその頃、オンラインで外の人たちと関わり始めていた頃でした」

 そう明かす釼持さんは、これまで1度も就職したことがなかった。

 山田さんは、「プログラミングをやらないか?」と誘ってみた。でも、しばらくは何もやらなかった。

「やる気はあったのですが、やり方がよくわからなかったんです」(釼持さん)

 山田さんは釼持さんに「家を出たほうがいい」とアドバイス。東京に親戚の叔母が持っている部屋があった。

「当時、ひきこもりという世界があることをよく知らなかったんです。そんなとき初めて参加したのが、庵(12年から10年間開催されていた対話の場『ひきこもりフューチャーセッション「庵 -IORI-」』のこと)でした。会場では何も話しませんでしたが、テーブルで話だけ聞いていました」(山田さん)

 2人は、ひきこもり関係の当事者が集まる会などに顔を出し、彼らが何を考えているのかを聞きに行った。その結果、「在宅ワークを中心に、オンラインで社会とつながる仕組みができないか?」というサービスを模索する。周囲からは「絶対に失敗する」「ひきこもりの人たちは何もできないから」などと言われた。でも、やってみたいという思いから、「えいや!」で必要なプログラムをつくっていったという。その後、大学時代のボランティア団体の後輩だった望月理江さんにも声をかけ、3人で在宅ワーク希望者のカウンセリングを始めた。

「最初はコミュニケーションがとれるのか、納品をする最後まで対応してくれるのかなど不安もありました。ところが、実際にやってみたら、丁寧に1つ1つ仕事してくれる方が多いですし、イラストやデザインが得意な方もいる。高学歴や難関資格保持者もいて、やりたいことや得意なことに応じて、ライティングやプログラミングを勧めたりしています。PCすら持っていない方もいますが、その人に合わせていけばできることがわかったんです」(山田さん)

 現在、業務を依頼してくる法人は、ほとんどが行政や社会福祉法人、一般社団法人、NPOなどで、手数料は「30%くらいがメイン」。ただ、事業を持続していくためにも「単価は上げたいし、企業の割合を増やしたい」という。

 例えば、東京都の世田谷区社協から「ぷらっとホーム世田谷」や「ひきこもり相談窓口リンク」の制作を受託し、様々な相談にスムーズに対応できるような Webシステムを作っている。

「データ入力の案件は、手間などを考えると赤字になることが多い。でも、クリエイティブやエンジニアリングに特化したスキルアップなどのトレーニングでデザインやプログラミングを1から教えるなど、登録者のスキルを上げていくことによって受注できるようになり、報酬も当初より2・5倍アップできました」(山田さん)

 登録者限定で、在宅ワークで必要となるスキルセミナーを毎月オンラインで開催。Zoomを活用したオンライン当事者会や、Discordを活用したオンライン部活動も開かれている。

ワークキャンプで地方の課題を解決する

 ある40代男性は、医学系大学を目指して受験に失敗。20年くらいひきこもって、ずっとゲームばかりの生活をしていたが、COMOLYに登録してトレーニングやコミュニティに参加し、その後在宅ワークを請け負い、今では週に4日、アルバイトで働いているという。

 現在も「ひきこもり中」という女性登録者は、高校を中退した後、父親とずっと2人暮らししていた。顔も声も出せずにチャットだけのやり取りだったが、プログラミングに興味があるというので一緒に勉強するうちにみるみる上達。今では月に6~8万円稼げるようになったという。

「こういうケースはいっぱいあって、実は登録者の9割くらいが顔も声もわからない人です。でも、我々とつながってお金を稼げている時点で、もう“ひきこもり”とは言えないかもしれませんね」(山田さん)

 在宅ワーク希望者が新規登録の際に行うCOMOLYスタッフとのカウンセリングは、チャットとメールだけで受けられる。家族や支援者からの相談もあるが、基本的には本人からの登録のアプローチを待って意思や状況などを確認している。

 そもそも「ひきこもり」状態の中核層は、日頃から発信できずに姿も見せないことが特徴でもあり、まさにCOMOLYは「できれば人生をやり直したい」「社会につながりたい」などと思い描く人たちのニーズの受け皿をつくり出している。

「就労は一切、目指していませんし、外に出ることも強制していません。今のところオンラインでできることに特化しています。在宅ワークでお金を得る経験は貴重であり、それが自信につながってコミュニティに参加するようになった人もいます。当事者の自己肯定感を上げることや社会とつながりを持つことに、我々は価値を置いているのです」(山田さん)

 COMOLYでは、2020年から毎年地方でワークキャンプを開催している。外に出られるひきこもり当事者を対象に、地方の課題を発見・解決することを目的に1週間程度、寝食を共にしながらワークをする。20年は徳島県神山町、21年と22年は富山県黒部市の宇奈月で実施した。当事者にとっては非常にハードルが高いが、毎年5人ほどワークキャンプに参加している。参加者の中から毎年、ワークキャンプをきっかけに就労につながったケースも出ている。

「ひきこもり当事者にとって、きっかけが重要なんだと思います。きっかけは人それぞれで、在宅ワークでお金を稼いだ、オンラインで人とつながって自信を持てた、ワークキャンプでいろいろな人の話を聞けたなど、きっかけは多くあればあるほど良いと思います。COMOLYではいろいろなきっかけを提供できるよう、オンラインでもリアルでも活動していきます」(山田さん)

 ひきこもり状態にあって生きていくための現実的な支援を必要としている人がいても、公的な制度がなく、自治体の認識にも温度差がある中で、多様な選択肢を提供し続けるCOMOLYの取り組みに、2023年も期待したい。

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。約30年前にわたって「ひきこもり」関係の取材を続けている。兄弟姉妹オンライン支部長。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』や『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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