闇の文書・捜査報告書のあり方を問う
「陸山会」事件の捜査で東京地検特捜部の田代政弘元検事らが虚偽の捜査報告書を作成し、検察審査会に提出していた事件は、先月最高検が再度不起訴としたことで終結させたが、「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」(八木啓代代表)は、8月12日、新たな刑事告発を行った。
新たな告発の中身
今回の告発は、平成22(2010)年1月13日に石川知裕・前衆院議員に対する任意の取り調べを行った田代検事(当時)が、石川氏には自殺のおそれを伺わせる状況はなかったのに、上司で同事件担当副部長だった木村匡良検事(現・名古屋高検検事)の指示で、「小沢先生に申し訳なくて生きていけない」と述べるなど、自殺のおそれをうかがわせる言動があったとする虚偽の捜査報告書を作成した、というもの。この捜査報告書は、石川氏の逮捕状を請求する際の疎明資料として東京地裁に提出され、実際に石川氏は逮捕された。つまり、検察は、裁判所をウソの捜査報告書でだまして、逮捕状を手に入れた、ということだ。
同会は、「通常国会の開会が迫り、そうすれば議員の不逮捕特権によって逮捕が困難だったため、検察は何が何でも国会が開会される1月18日以前に逮捕したくて、このような犯罪を行った」と指摘。同議員の国会での活動を妨害する重大な犯罪だとしている。
この事実は、前田恒彦・大阪地検特捜部元検事がYahoo!ニュース(個人)に書いた記事で明かしたもの。前田氏は、東京地検に応援検事として派遣され、陸山会事件で逮捕された小沢氏の別の元秘書の取り調べを、田代検事と同じ東京拘置所内で行った。その際、前田氏は田代元検事からこの事実を告白された、という。確かにその記述は、具体的で迫真性に富んでいる。
前田元検事の話の信用性は高い。なぜならば…
同会は、「2人は、互いの被疑者の供述状況を交換する中で次第に胸襟を開いて話をするようになった。前田氏は、誰でも閲覧できるニュースサイトで記事を公開しており、そこには田代元検事と木村検事の実名が記載されている。名誉毀損のリスクを冒してまで虚偽の記事を掲載する動機は前田氏にはなく、極めて信用性が高い」としている。
前田氏の記事内容は、田代元検事から聞いた、という伝聞であるし、前回の告発の時の石川氏による録音などのような客観証拠はない。なので、田代元検事が前田氏の話を否定すれば、水掛け論になりかねない。しかし同会は、前田氏の証言が、かつての上司だった大坪弘道・大阪地検元特捜部長らの犯人隠避罪で、最高検の立証の要として使われ、裁判所でも大坪氏らに有罪判決が下っていることに着目。
八木代表は皮肉混じりに、こう語る。
「田代氏は、わずか二日前のことでも覚えていなかったり、記憶が混同してしまう方。一方の前田氏は、大坪公判で最高検が信用性が高いとしている。しかも、大坪公判での証言と、今回の記事の内容は、同時期の出来事。最高検は今回のことで前田氏の話を信用しないのであれば、大坪公判での主張は何なのか、ということになる」
先の告発では、不祥事を起こして退職した元検察幹部が検察審査会の補助弁護士となって強制起訴を見送るなど、極めて不明朗な結果となったため、同会に対しても、新たな対応を求める声が寄せられたこともあり、検討の上、新たな告発に踏み切った、という。
捜査報告書はなぜ問題か
前回に続く今回の告発によって、陸山会事件での検察の自浄能力が改めて問われると同時に、捜査報告書という文書の問題点も露わになっている。
捜査報告書は、警察官や検察官が自分が行った捜査の結果を所属長などの上司に報告する体裁で作られる文書。今回のように、被疑者や参考人の供述内容や態度が記された捜査報告書が作成されることもある。供述調書のように本人が確認して署名していないため、裁判では証拠価値は極めて低いものの、捜索差し押さえや逮捕や勾留などの令状を裁判所に請求する際には、供述調書と共に、捜査の必要性を示す疎明資料として使われる。
取り調べを受けた本人は、どういう捜査報告書が作られているのか、まったく分からない。それどころか、捜査報告書が作られたかすら知らされないのだ。なのに、それに基づいて家宅捜索をされたり、身柄を逮捕・勾留されたり、強制起訴をされたりする。勾留理由開示公判を求めても、裁判官は勾留の理由の詳細は「証拠の中身にかかわる」などと言って明らかにしてくれないのが常。なので、公判前整理手続きに付され、取り調べ状況が争点となった場合のみ、弁護人が主張関連証拠として請求すれば開示されるが(それでも、共犯者や参考人の分については開示されない、と刑事弁護に詳しい弁護士は言う)、そういう場合以外は、捜査報告書の記載内容は確認できない。まさに、闇の文書なのだ。
陸山会事件では、小沢一郎氏を強制起訴した指定弁護士が証拠開示に協力的だったため、検察が検察審査会に提出した捜査報告書が明らかになり、石川氏による録音で、内容の虚偽性が確かめられた。それが前回の告発につながった。そして今回は、田代元検事の口を封じ、彼一人に「一生の重荷」を背負わせる形で幕引きを図る最高検の対応に義憤を感じた前田元検事が、もう1つの「虚偽捜査報告書」の存在を明らかにしたために、事態が表沙汰になった。
そうした特別の事情がなければ、小沢氏は自分が強制起訴される経緯でどのような捜査報告書が使われたのか分からなかったし、石川氏は、捜査に協力しているにもかかわらず逮捕状が出された理由を知らずにいただろう。
2つの告発によって、陸山会事件で、2度にわたって、内容虚偽の捜査報告書が作られ、使われたと疑いがもたれたが、1つの事件で2度もこういうことが行われているということは、他の事件でもこういうことは日常的に行われているのではないか、と容易に推認できる。誰かを逮捕したい、しかし、捜査に協力しており、逃亡や自殺や証拠隠滅のおそれもない、という場合、「自殺のおそれ」だの「逃亡のおそれ」だの「罪証隠滅のおそれ」だのを作り上げて捜査報告書に記載すれば、それを元に裁判所が令状を出してくれる。そして、後から検証されることもなく、でっち上げがバレることも、まずない。逮捕や勾留という、強大な権限行使が、こんな不透明な状態のままなされているのだ。
仕組みを変えないとダメ
勾留理由開示の請求があった場合や、起訴・不起訴の処分が決まった後に弁護人が請求した時には、捜査報告書を含めて逮捕・勾留などの強権発動に使われた疎明資料はきちんと開示すべきではないか。後から検証されると分かっていれば、検察官も内容虚偽の捜査報告書を作ったりするようなことはすまい。裁判官も、逮捕や勾留が適切だったかどうか、あとから確認されることを考えれば、もっと慎重な判断をすることになるのではないか。
今回の告発によって、最高検が田代元検事や木村検事の刑事責任の有無をきっちり捜査しなければならないのはもとより、これをきっかけに、虚偽の捜査報告書が作成されやすい仕組みを変える議論をしてもらいたい。現在、可視化の法制化などが議論されている法制審議会特別部会でも、ぜひ議題の1つに取り上げて欲しい。