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台湾で進む「日本提供ワクチン」の接種 感染対策と日常の変化はいま

田中美帆台湾ルポライター、翻訳家
会見はこの2か月、週末も含め連日実施。記者から質問が出尽くすまで終わらない。(写真:REX/アフロ)

一般成人に対するワクチン意向受付、始まる

 7月13日、台湾では18歳以上のワクチン接種の意向受付がスタートした。受付は15日夕方5時まで。15日の時点で、人口約2,300万人の台湾で700万人を超える人たちが登録手続きを終えた。数字は日々、更新されている。

 筆者のような外国人にも、登録は開かれていた。手順は簡単だ。指定サイトで、居留証番号、健康保険証の番号、同一画面内の認証コードを入力し、認証を受けてログイン。接種可能なワクチン名(アストラゼネカとモデルナ)の横にチェックボックスが設けられ、自分が希望する内容でクリックするだけ。最後に確認画面が出て、手続きは完了。文字にするとややこしいが、わずか4画面。登録者の接種第一弾は、翌16日から順次、始められている。

ワクチン接種の意向を受け付けるプラットフォーム画面。左側で意向を登録し、後日通知が来たら、右の接種予約画面から予約を行う。(撮影筆者)
ワクチン接種の意向を受け付けるプラットフォーム画面。左側で意向を登録し、後日通知が来たら、右の接種予約画面から予約を行う。(撮影筆者)

 台湾では、全体でワクチン接種の順位が定められ、その順に接種が進む。ようやく一般成人が接種対象になったわけだ。

 台湾の新型コロナウイルス対応を担うのは、中央感染症指揮センター(中央流行疫情指揮中心)である。予約開始翌日14日に開かれた記者会見では、ちょうど日本の茂木敏充外務大臣が、台湾へのワクチン提供を発表した直後だったこともあって、陳時中指揮官をはじめ担当者がそろって「ありがとう」と書かれたマスクを着用し、特製フリップによって謝意を表しつつ、あわせて口頭でも謝辞が述べられた。

 これまで日本から提供された合計3回、334万本のワクチンは、人口の約14%が接種可能となる数字だ。台湾人だけではない。台湾在住である筆者も、日本から提供されるワクチンを接種する可能性がある1人として感謝申し上げたい。

 コロナ優等生などと注目を浴びていた台湾が、直近2か月、どのような状況にあったのか、台湾に暮らす1人の視点で連日の会見内容と生活実感の一例をまとめてお届けする。

突然のクラスター発生

 改めて、ワクチンの接種意向受付に至るまでの道のりをごく簡単に整理しておく。

 台湾は、新型コロナ発生直後から、2003年に起きたSARS(重症急性呼吸器症候群)の苦い経験を生かし、先手必勝で即座に入境制限を行い、マスク量産体制と配布の体制を整えるなど、迅速に手を打ってきた。海外との行き来が難しくなったことで、関連する観光業や飲食業などに大きな影響を受けながらも、今年5月までは外出時のマスクや検温などのほかは、個人の暮らしや行動に目立って大きな制限は設けられていなかった。

 事態が一変したのは今年5月中旬だ。市中クラスターの発生によって同月15日には、新規感染者数が三桁の大台に乗った。そのため、台北市と新北市の警戒レベルが「3」に引き上げられ、4日後の19日にはその対象範囲が台湾全土へと拡大された。不要不急の外出や会食を控えるよう注意喚起が行われた結果、一時は台北市長自ら「自主的ロックダウン」と口にするほど劇的に人流が減った。

 筆者も食材や日用品の買い出し以外、外出を控え、YouTubeで配信される指揮センターの定例会見を見るのが日課になった。

2か月に及ぶ警戒延長

 ここ2か月はさまざまな制約の下に暮らしている。まずこの「レベル3」はどういう状態なのか。

  • 1週あたり3件以上の市中クラスターが発生した
  • 1日あたり10人以上の新規感染があり、感染源不明の感染者が出た

 7月19日現在、新規感染は10人台まで下がったものの、ピーク時には追加修正分も含めて1日500人を超え、不要不急の外出は控えるように、と連日、各種メディアを通じて注意喚起が行われた。この警戒レベル3はこれまで5/28→6/14→6/28→7/12→7/26と延長に次ぐ延長の措置が取られた。

 延長になった原因の一つは、現在、世界中で感染爆発を起こしているデルタ株の流入である。

 台湾では6月6日、ペルーから台湾へ帰郷した人が感染源となってクラスターが発生。感染者の滞在したエリアでは住民丸ごとの検査が実施され、検査対象は3,697人にのぼる(同月29日会見)。陽性反応の出た人は順次、隔離措置が取られるなどして抑え込みが行われた。一時は、同地域に近いエリアでできるマンゴーは感染の疑いがあるとの風評被害が起きた。ちょうどマンゴーの出荷増の時期にあたったこともあって、それらを助ける動きがでて、結果的に販売にこぎつけてすぐに売り切れた例もある。指揮センターが会見で、デルタ株のひとまずの収束を発表したのは、1か月以上経過した7月12日だった。

ウィズコロナによる暮らしの変化

 台湾ウィズコロナの日常には、さまざまな形で変化が起きた。

 子どものいる家庭は、とりわけ変化が大きかっただろう。何しろ学期真っ只中のレベル引き上げで、一気に在宅学習へと雪崩れ込んだため、その対応に追われた。台湾は2学期制で、9月〜1月、2月〜6月が学期の区切りになる。在宅学習が継続される中、終業式や卒業式なども行われず、そのまま夏休み期間に突入した格好だ。

 筆者はちょうど、大学のある講義にゲストとして招かれており、警戒レベルが引き上げられた直後に講義当日がやってきた。当初は教室に行く予定だったが、急遽、オンライン会議システムの使用に切り替えられた。

 オンライン会議システムはいろいろあるが、台湾では、日本の文科省にあたる教育部からZoom使用禁止の通達が出されており、この講義ではMicrosoft Teamsを使用した。なお、筆者自身の通う別の大学ではGoogleMeetが推奨されていたから、選択は各大学や教師の裁量に任されているようだ。

 企業や行政機関でのリモートワークも、5月末ごろから導入例を耳にするようになった。ただ、それら対応は日本のものと大差ない。とりわけ台湾ならではの話だと感じた変化が2つある。1つは、「實聯制」と呼ばれる入店記録システムと、伝統市場をめぐるコロナ対応である。

情報通信技術を活用した入店記録システム

 1つめは「實聨制」と呼ばれる入店方式である。

 店舗に入店する際に、入店の事実を記録したうえで、健康状態のチェックを受ける。もしも自分の立ち寄った先で感染者が出た場合には、SMSでその情報が通知される。これらは、情報通信技術(ICT)による行動把握と呼ばれる。

コンビニの入り口に貼られた實聯制のQRコード。これをスキャンし、入店記録を残してから検温消毒する。(撮影筆者)
コンビニの入り口に貼られた實聯制のQRコード。これをスキャンし、入店記録を残してから検温消毒する。(撮影筆者)

 5月初旬のクラスター発生と同じ週には、カフェやファストフード店でマスク着用+記名+検温+消毒で初めて入店が許可される、という状況に切り替わった。

 最初の数日こそ入店時の記入は手書きで、しかも店舗によってやり方が異なるなど混乱と煩雑さが見られたものの、翌週には各店舗の入り口に掲げられたQRコードをスキャンし、検温消毒すればよくなった。QRコードは、日本の厚生労働省にあたる衛生福利部の疾病管制署のLINE公式アカウント「疾管家」に読み取り機能が加えられたほか、台北市では市が提供する専用アプリ「台北通」でも読み取りが可能になるなど、手続きはほどなくして簡素化された。

 こうした入店記録の累積データは、疫学調査の専門家に渡り、感染者との濃厚接触の有無、その範囲など、次の対策へと生かされていくという。ちなみに「臺灣社交距離」というアプリでは毎晩、感染者との接触の有無も本人に通知がある。つまり1日の最後に自分でも濃厚接触があったかどうかが把握できる、というわけだ。

左は毎晩、スマホに届く通知。右は過去の接触状況が一覧できる画面。(撮影筆者)
左は毎晩、スマホに届く通知。右は過去の接触状況が一覧できる画面。(撮影筆者)

伝統市場では人流抑制

 2つめは、「伝統市場」である。

 台湾には、日本のようなスーパー、大型ショッピングセンターのほか、設置が日本統治時代にまで遡る、昔ながらの伝統市場と呼ばれる販売形態が各地に残る。大雑把なたとえだが、あちこちに豊洲や築地といった市場があるようなものだ。この伝統市場もまた、台湾の人たちにとって大事な日常のひとつである。

 筆者の自宅近くには、大きさからいえば上位に入る濱江市場がある。肉、魚、野菜、果物はもちろん、乾物や調味料、衣料品まで扱う店が軒を連ねる。普段から、スーパーよりも近い、この市場で食材の買い出しをメインに暮らしを組み立てていた。

 6月に入ると、こうした伝統市場や夜市にも規制が始まった。試食の禁止、市場への出入口の制限、先の「實聯制」実施と、一気に行動抑制が起きた格好である。一部地域では市場でクラスターが発生して、IDナンバーの末尾が奇数か偶数かで入場を分散させる、人流抑制の措置が取られていた。

各店舗の入店記録だけではない。市場エリアの道にも入場規制がかかり、實聯制のQRコードで立ち寄ったことを記録する。(撮影筆者)
各店舗の入店記録だけではない。市場エリアの道にも入場規制がかかり、實聯制のQRコードで立ち寄ったことを記録する。(撮影筆者)

 6月初旬、ピークを外した時間に市場へ向かった。小さな店が立ち並ぶ市場で、實聯制が実施されるのか、またどんなふうに実施するのか、気になっていたのだ。実際に足を運んでみると、自分の杞憂にすぎないと拍子抜けするくらいに、各店舗が実行に移していた。建物をもたないような簡易テントのお店にも、ちゃんと見えるところに店のQRコードが掲げられる。

 店の人たちも、マスクはもとより、手袋をし、アイガードやフェイスガードをする姿があちこちで見られた。誰だって、感染なんかしたくない。それは客だけではなく、店側だって感染者なんて出したくないのだ。

警戒レベルは下げられるか

 今や台湾でも宅配が急激に増え、物流における混乱も伝えられている。実際、わが家でも週1の買い物だけでなく、テレビショッピングや共同購入の利用が増えた。友人の中には、デリバリーを頼む機会が増えたという人もいる。新型コロナによる暮らしの変化は、台湾にもやってきた。

 警戒レベルの上がった5月、追加修正分を含めると新規感染者数が500人を超える日が5日あったが、6月21日には75人とふた桁まで減り、7月17日にはついにひと桁の8人になった。この日の指揮センターの会見で初めて、陳時中指揮官が自ら警戒レベルを下げる可能性が高まったことに言及した。

 ただ、日本やアメリカから届いた分だけでなく、台湾独自に購入したワクチンも含めて、台湾におけるワクチン接種はようやく2割を越えたばかり。台湾産のワクチンも治験が進められ、7月19日には緊急使用許可が下りたと伝えられたものの、具体的な実施はこれからだ。

 この2か月の間に、台湾の身近な友人の中にも、新型コロナ感染や、ワクチン接種後の副反応と疑われる形で家族を亡くした人が現れた。刻々と増えていくのは、単なる数字ではなく失われた人の命であり、その向こうには何倍もの人の悲しみがある。7月18日の会見で、陳時中指揮官は次のように言及した。

 「感染を完全にゼロにすることは非常に困難だと考えています。もちろんゼロにできれば喜ばしいし、誰もが喜ぶことでしょう。ただ、我々の目標は感染者ゼロではありません。感染をしっかり制御していくことです」(抜粋拙訳)

 警戒レベルを下げるかどうかは政府判断に委ねられる。一方で、自らと周囲の人の命を守る行動はこれからも続く。優等生であろうとなかろうと、WHOの加盟国であろうとなかろうと、間違いなく台湾もウィズコロナの一員なのだ。

 ——と、この原稿を準備しているところで、筆者にもワクチンの接種予約の通知が届いた。これについては別途、続報したい。

台湾ルポライター、翻訳家

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。訳書『高雄港の娘』(陳柔縉著、春秋社アジア文芸ライブラリー)。

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