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北朝鮮「平壌国際サッカー学校」取材ではスマホとPC持ち込みOKでネット閲覧も!驚愕の市民生活の変化

金明昱スポーツライター
平壌国際サッカー学校の室内練習場(写真はすべて筆者撮影)

 26日に行われる予定だったワールドカップ(W杯)アジア2次予選の日本代表と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の試合中止が決まり、中立地での開催になるかと思われたが、23日に国際サッカー連盟(FIFA)が「試合の開催および日程変更はない」と発表した。

 その後の取り扱いがどうなるかはまだ決まっていないが、日本の不戦勝となる可能性が高いとも言われている。いずれにしても北朝鮮が最終予選に進むために必要な勝ち点を獲得できなかったことで、来年6月にホームの平壌で開催されるシリアとミャンマーの2試合は絶対に負けられない戦いになった。

 この間、平壌開催中止までのドタバタ劇について、様々なメディアが「迷惑行為」「前代未聞の物議」「資格はく奪」「厳罰を与えるべき」など刺激的な見出しをつけ、物々しい雰囲気で掻き立てている。

 さらには元日本代表の内田篤人氏がMCを務めるDAZN「内田篤人のFOOTBALL TIME」で、2011年のW杯アジア3次予選の際に平壌で試合をしたことがある吉田麻也が「部屋の前に警備員」「電子機器は入国の時に取り上げられている」と話していたり、元日本代表のハーフナー・マイク氏も同番組で「携帯とかも取り上げられて」とも語っていた。

 そのうえ、2019年のW杯アジア予選で平壌に乗り込んだ韓国代表は、メディアは取材できず、スタンドは無人、中継もない。帰国したソン・フンミンが「勝てなかったのはとても残念だが、試合はとても攻撃的で、怪我なく無事に帰国できただけでも快挙だと思う」とのコメントを残してる。

 とにかく、文面からは奇妙で殺伐、物々しい雰囲気しか伝わってこないのだが、実際にそう言っているから本当なのだろう。ただ、筆者が最後に北朝鮮を訪れた2017年11月の現地サッカー取材では、まったく違う状況だったという話をここに残しておきたい。

2017年11月、北京から平壌に向かう高麗航空の機内食はハンバーガーだった
2017年11月、北京から平壌に向かう高麗航空の機内食はハンバーガーだった

スマホやPCは北朝鮮に持ち込みOKだった

 2017年12月に日本で開催された「EAFF E-1サッカー選手権」の事前取材で、11月に筆者は現地を訪れていた。それも出場国を紹介するフジテレビの特集番組の企画の取材なのだが、もちろん日本人スタッフは入れない。そこで北朝鮮サッカー関係者と筆者が現地入りして取材を進めたわけだ。

 2009年以来(北朝鮮代表が10年南アフリカW杯出場を決めて代表チームを現地取材した)の訪朝。それに北朝鮮サッカー事情を深掘りできるということで、かなり興奮していたのを今も覚えている。

 羽田から北京、そして高麗航空で平壌へ。機内食として出されたのは美味なハンバーガーで、綺麗なキャビンアテンダントとも少しの会話を交わし、配られる労働新聞を目に通す。2時間というあっという間のフライト。

 到着後は滞在中、担当の案内員(ガイド)と運転手と共に行動をするのだが、心配だったのは入国の際の電子機器がどうなるのか。仕事に必要なスマホとPC、カメラなどはそのまま持ち込んだのだが、結論からするとすべてそのまま持っていられた。

 一時期、平壌の税関でスマホは預ける時期もあったのだが、17年に行ったときの電子機器はすべてOKで、こちらが拍子抜けしたほどだった。

夜の街は本当に平壌かと疑いたくなるほどの夜景。カラフルなタクシーも走っていた
夜の街は本当に平壌かと疑いたくなるほどの夜景。カラフルなタクシーも走っていた

北朝鮮のタクシー会社が営業で競争?

 平壌市内へ向かう道中。驚いたのは市内に近づくにつれ、信号機が圧倒的に増えていたこと。あの名物とも言われた“手信号の達人”がほとんど見られなかったのだ。さらにはタクシーがバンバン走っていたことにビックリさせられた。

 ガイド曰く、数社が営業に力を入れているとのこと。実際、平壌駅前には相乗り専用のタクシーが何台も客待ちをしていたのには驚かされた。一般タクシーの車種もボディーカラーで分けされていて、国産の平和自動車が多く走っていた。高麗航空が運営するタクシー会社や中国資本のタクシー会社もあり、料金を聞くと「1キロで約1ドル」というので、それなら多くの人が安く利用できていいなと感じたものだった。

 極めつけは街中でスマホが完全に普及していたことだ。待ちゆく人はほぼスマートフォンを片手に会話をしたり、アプリを使用してニュースを読んだりしていた。

スマホゲームに夢中の北朝鮮運転手

 当時、通信サービスは「コリョ(高麗)リンク」で、機種は国産の「Arirang(アリラン)」、「Pyongyang(ピョンヤン)」が主力で、最新で「Jindallae(チンダルレ)」というのも出たと話していた。これも今では古い機種として扱われているのだろう。

 ホテルから出かける際、外で待つ車の中の運転席を覗いてみると、運転手がなんとスマホのゲームに集中していた。ゲームアプリは国産のパズルアクションゲームのようなものだったが、「点数を稼ぐとポイントがもらえるようなシステムがある」とニコニコしながら話していた。この時は、ゲームのポイントを稼ぐとガチャを1回引いてアイテムがもらえるようなものと認識したのだが、そんなものまで楽しめるのかと驚いた。

 ほかにもアプリを使ったオンラインショッピングも普及しているというので、「日本で聞いている北朝鮮情報は一体なんなのか」とすでに頭の中が混乱していた。2018年の時点でスマホの利用者は1000万人いるというのだから、今ではこれよりももっと増え、もっと便利になっているのだろう。

北朝鮮で電子マネーとして普及していた「ナレカード」
北朝鮮で電子マネーとして普及していた「ナレカード」

北朝鮮でスマホに電子マネーが使える?

 さらに驚いたのは、滞在した高麗ホテルからネットをつなげることができたことだ。もちろん料金はそこまで安くはなかったが、滞在期間に現地からYahooニュースなどのネットニュースの閲覧のほか、メールの送受信も可能だったのだ。

 ある出版社の編集者にホテルからメールを送ると「本当にいま平壌にいるんですか!?」と驚いていたが、写真も送ってあげると驚愕していた。

 ちなみに海外からの観光客には、自分が持ち込んだスマホに希望する料金をチャージした現地SIMカードを入れ替えれば通信が可能で、電話やメッセージのやり取りができるようになる。つまり、SNSやメッセージアプリで日本にいる人と平壌からやり取りも可能ということになる。

 SIMカードを扱うお店は市内のホテルにあるのだが、そこには20代の2人の美人受付嬢がいた。彼女たちは腕には当時では最新であろう「スマートウォッチ」をしていた。キラキラした生活ぶりが垣間見える。とりあえず彼女たちからSIMやスマートウォッチの機能の説明を聞いている間、「日本から来ているのに機能やシステムも知らないのですか?」という上から目線が痛かったのを忘れない。

 そして、支払いシステムも「ナレカード」という電子マネーが普及しているということに驚いた。現地精算にとても便利で、外国人観光客でもホテルの窓口で作れるというので、さっそくホテルの窓口で作ってもらった。日本でいう「スイカ」や「パスモ」のようなもので、外資をチャージした。すでに2010年頃から普及し始めていたというのも、目からうろこだった。

 ちなみにイタリアンの店でパスタとピザを堪能したのだが、支払いにはナレカードを使った。しっかりと領収書もくれた。

平壌市内にあるイタリアンレストランはかなりの広さだった
平壌市内にあるイタリアンレストランはかなりの広さだった

従業員が食事中にドラムと歌で店内を盛り上げてくれていた
従業員が食事中にドラムと歌で店内を盛り上げてくれていた

現女子代表のリ・ユイル監督との出会い

 サッカー取材の前に普段の生活環境の変化に衝撃を受けてばかりだったのだが、2013年5月から開校した平壌国際サッカー学校の敷地内でも驚くべき光景を目にする。

「今日はわざわざ平壌までお越しくださり、感謝しています!案内するのはここで指導者をしているリ・ユイルです」

 パリ五輪アジア最終予選では日本に敗れ、会見で感極まって涙を流していた北朝鮮代表のリ・ユイル監督を覚えているだろうか。当時、アカデミー内を案内してくれたのが、リ監督だったのだ。

 まずはとにかく広い。敷地面積は約1万2000平方メートルで、校舎、寄宿舎、厚生施設が併設され、8歳から15歳までの男女の選手たちが、サッカーの実技を行いつつ、普通の学校の授業も受けながら生活をしていた。いわばサッカーエリートを育てるアカデミーなのだが、イタリアとの強いパイプがあり、今回、W杯アジア2次予選の日本戦で「10番」を背負っていたハン・グァンソンも同アカデミー出身で、ここからセリエA進出を果たしている。

アマチュアの社会人がサッカーの試合をしている姿も見ることができた
アマチュアの社会人がサッカーの試合をしている姿も見ることができた

初めて北朝鮮で草サッカーを見る

 全国から選抜で選ばれてここに来るという選手たちは、6カ月に1回はテストがあり、それに勝ち残れなければ、1年も経たないうちに地元の学校に戻らなければならないという。国際経験が乏しくてもこうした厳しい競争があるからこそ、アンダーカテゴリーではそれなりの結果を残し続けているのだろう。

 この時は、学校内をくまなく取材させてくれた。授業の内容やサッカーの練習風景など、隅々まで写真や映像を撮ることも許された。

 ホテルに戻る途中には、アマチュアの社会人が草サッカーを楽しむ姿も初めてこの目で見ることができた。北朝鮮にとってはサッカーが気軽に楽しめるスポーツなのだということも実感した。

 とにかくその時に見た平壌市内での日常は、日本で聞こえてくるものとは真逆だったわけだ。もちろん、都市と地方の生活ぶりも違い、短い滞在期間で表面的な部分しか見ていないのかもしれない。ただ、少なからず日本で報道されている「北朝鮮報道」もある意味、偏っているのも事実だろう。

 今回のW杯アジア2次予選の平壌開催が仮に実現していれば、日本メディア陣にはアウェーだからこその厳しい行動制限などの対応があったとは予想はされるが、1つや2つはステレオタイプ化された北朝鮮のイメージとは別の“意外”な光景や風景がきっと見られたと思う。

日本戦では勝ち点0。来年6月のホームでの2試合に勝利し最終予選進出を決められるか
日本戦では勝ち点0。来年6月のホームでの2試合に勝利し最終予選進出を決められるか写真:松尾/アフロスポーツ

日本で北朝鮮代表チーム通訳との嬉しい再会

 余談だが、筆者は21日のW杯アジア2次予選の日本対北朝鮮の試合は、日本テレビの仕事で北朝鮮代表ベンチ裏からチームの動きをアナウンサーに伝えていた。そこでパッと目が合ったのは、チームに帯同している英語が堪能な通訳の方。

 ベンチから目を大きく見開き、笑顔で「なんでここにいるんだい?」という驚いた顔。彼とは17年に北朝鮮代表監督を務めていたヨルン・アンデルセン氏が投宿するタイのホテルで、インタビューをお願いしたときに快く通訳を引き受けてくれた。その時のことを通訳の方は覚えていてくれたのだった。

 日本に敗戦後、ロッカールームに戻る途中に声をかけた。「お久しぶりです。惜しかったですね…。お疲れ様でした」と。残念そうな表情をしていたが、去り際に「またどこかでお会いしましょう」と笑顔で握手を交わしてくれた。ギュっと握りしめるその手の感触は、寒空の国立競技場でもとても温かかった。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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