6作目で監督を去ったジャスティン・リンが「ワイスピ9」に戻ってきたワケ
「語ると決めていたストーリーは、今作ですべて語り尽くした。だから、今、ここで辞めるんだよ。ここから物語がどう進むのか、僕は知らない。7作目ができたら、ファンと一緒に興奮して見に行くだろう。でも、監督の座は降りる。ほかにやりたいことがたくさんあるし」。
シリーズ6作目「ワイルド・スピード EURO MISSION」が完成した時、ジャスティン・リン監督は、筆者とのインタビューでそんなふうに心境を語っていた。リンがこのシリーズに呼ばれたのは、シリーズ3作目「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」。2作目「ワイルド・スピードX2」の興行成績が期待に見合わなかったのを受け、キャストを一新し、舞台を東京に移して新鮮にしようと狙ったプロデューサーは、全アジア系若手キャストのインディーズ映画「Better Luck Tomorrow」(日本未公開)で注目されたばかりのリンに白羽の矢を立てたのである。その時から、リンは、ストーリー展開を先まで見通して考えていた。6作目で、それを語り終わったのだ。
シリーズを離れた後、リンは、J・J・エイブラムス製作の「スター・トレックBEYOND」を監督。一方、「ワイスピ」では、ジェームズ・ワンが7作目、F・ゲイリー・グレイが8作目を監督し、いずれもヒットさせた。しかし、9作目「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」で、リンは再び古巣に戻ると決めたのである。「語りたいと思う話のアイデアが浮かんだからさ」と、リンは、ユニバーサル・スタジオ内のサウンドステージの一室で、その理由を説明する。
「6作目でシリーズを去った時、僕がやるべきことはもう残っていないと感じていた。だけど、スタジオとヴィン(・ディーゼル)は、いつでも戻って来てくれと、僕に対して扉をずっと開け続けてくれていたんだ。それで、あるアイデアが浮かんだ時、僕はヴィンに電話をしたのさ。その後にスタジオとも話した。僕がやりたかったのは、血のつながりを通して家族というテーマをさらに深く追求すること。戻ってくるならば、何か意義のあるものを持ち込みたかったんだよね。ただ、戻るがために戻るのではなくて。僕としては、この流れに満足しているよ」。
リンが提案したのは、ディーゼル演じる主人公ドムに弟がいたというアイデアだ。幼い頃からドムと複雑な関係にあったジェイコブ(ジョン・シナ)が、ドムの敵として久しぶりにドムの前に姿を現すのである。きょうだいの話にすることで、ブライアン役のポール・ウォーカーが亡くなって以来、出番がなくなっていたドムの妹ミア(ジョーダナ・ブリュースター)を引っ張ってくる口実もできた。リンとブリュースターは、2006年の「Annapolis」(日本未公開)でも組んだ仲。
「ミアだってきょうだいのひとりなんだから、彼女が出てくるのは自然なこと。僕とジョーダナは一緒にキャリアを駆け上がってきた。彼女のことは大好き。こういう形で連れ戻せることができて、本当に嬉しい」。
今作でリンが連れ戻した人は、もうひとりいる。ブリュースターよりも前、リンが完全に無名だった時からの付き合いである、サン・カンだ。
彼が演じるハンは、「〜TOKYO DRIFT」の最後で死に、時間が遡る4作目「ワイルド・スピード MAX」で再登場して、ようやく時間が「〜TOKYO DRIFT」につながる「〜EURO MISSION」のラストで再び死んだ。そこで初めてハンを殺したのはジェイソン・ステイサム演じるデッカード・ショウだったことがわかるのだが、7作目以後、ステイサムは主要キャストの仲間入りをし、ドムのチームと協力をするようになる。挙句には、彼とホブス(ドウェイン・ジョンソン)を主役にしたスピンオフ「ワイルド・スピード/スーパーコンボ」まで作られることになった。そんな展開に、ハンのファンは「ハンを殺した男がこんな優しい扱いを受けるとは何事だ」と激怒。そこからソーシャルメディアで「#JusticeForHan」運動が盛り上がっていったのである。
「あの運動は世界規模だった。アジア系アメリカ人だけの間で盛り上がったものではない。多くのファンが、『こんなのおかしい』と声を上げたんだ。僕とヴィンにとって、その意味は大きかったよ。それで僕は、今回、戻ってくるに当たり、そこを話し合って軌道修正をすることにしたんだ。今からでもハンに正義を与えようと。ハンが戻ってくるのは、美しいこと。彼はこれから2度目の人生を生きられるんだよ。ファンの情熱のおかげでね」。
当のカンが「ハンは、僕にとってより、ジャスティンにとってのほうがもっと強い意味を持つと言っていいかもしれない」と語るとおり、このキャラクターにリンは大きな思い入れを持つ。ハンが初めて登場するのは、実は「〜TOKYO DRIFT」ではなく、「Better Luck Tomorrow」。高校を舞台にしたこの物語で、ハンは、まじめな主人公に影響を与える、ちょっと悪い学生だった。そんな彼らは思いもよらなかったショッキングな体験をする事になる。だからこそ「〜TOKYO DRIFT」でのハンは達観したような落ち着きを見せているのだと、カンはいう。
「『Better Luck Tomorrow』では、フィルムさえ十分になかったんだよ。ジャスティンと一緒にここまでの道のりを歩んでこられたことに、強く感謝してやまない」とも、カン。それはリンも同感だ。今でこそ、韓国映画「パラサイト 半地下の家族」がオスカー作品賞を受賞し、アメリカでも「ミナリ」「フェアウェル」「クレイジー・リッチ!」などがヒットする時代になったが、2002年のハリウッドにおいて、全アジア系キャストで映画を作るというのは、非常に大胆なことだったのである。当時、資金集めに苦労していたリンに、「キャストを白人に変えてくれたらお金を出してあげる」と言ってくる人もいた。だが、リンは拒否し、クレジットカードを限度額まで使って、自分が作りたい映画を作ったのだ。
「僕自身にとって、そして僕のコミュニティにとって大事なことを、妥協せずに語りたかったんだ。商業的なテーマではなかったにしてもね。僕はそのために努力し、そこからチャンスをもらえるようになった。その精神は今も忘れていないよ。『〜ジェットブレイク』は大型予算をかけた映画だが、気持ちの上ではインディーズのようにアプローチしている」。
多様性は、今、ハリウッドで最も叫ばれるキーワードだ。少しずつながらも変化は感じられるようになってきている中、リンは、アジア系俳優の将来に希望を感じている。
「今の若いアジア系俳優を見ていると、ずいぶん変わったなと感じるよ。『Better Luck Tomorrow』の頃、オーディションに来るアジア系俳優は、みんなびくびくしていた。それが1年で唯一のオーディションだからさ。ここで受からなかったら、アジア系が受け入れられるオーディションはしばらくなかったんだよ。でも、今の若手は堂々としている。『絶対この役を取ってやる。自分が一番ふさわしいんだ』という態度でやって来る。良いことだ。僕が望むのは、みんなにチャンスが与えられるようになること。いつも同じような人ばかりが選ばれるのではなくて。すべてのバックグラウンドから才能のある人を集めてくるのは、観客にとってもいいことなんだから」。
「ワイスピ」シリーズの人気の要素のひとつには、人種が多様なキャスティングもあると言われてきた。世界中の観客が、登場人物の誰かに共感できるというのだ。女性の活躍の場が男性に比べて少ないことは指摘されてきたものの、「〜ジェットブレイク」では女性たちの見せ場も増えた。シリーズはますます多様かつ平等になろうとしているのである。あと2本でこのシリーズは終了の予定だが、その2本とも、リンが監督することになりそうな様子。カリフォルニアの一高校生として始まったハンの物語に、リンはどんな正義ある結末を与えてあげるのだろうか。
場面写真:2021 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.