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英新聞界の生き残り策は 効率・デジタル重視 -現場を追われる記者たち

小林恭子ジャーナリスト
好調に部数を伸ばす英新聞「i(アイ)」のウェブサイト

週刊「新聞協会報」(4月2日付)に、英国の新聞界の生き残り策について書いた。以下はそれに若干補足したものである。

今回、英国の新聞界の状況を改めて見て、私はあることに気づき、空恐ろしくなった。それは、いくつかのことが発生していたからだ。

まず(1)経費削減やテクノロジーの発展により、生身の人間よりも機械・テクノロジーを代用する傾向が強まっている

(2)給料を払う人員をおかず、代わりに人件費がかからないソーシャルメディアの情報を活用したり、市民ボランティアを「記者」の代わりにする動きが出ている

ことだ。

つまり、表題にもつけたが「現場を追われる記者たち」なのだ。フリーランスの仕事で言えば、低賃金化、無料化は職業自体を消失させる可能性もある。

ジャーナリズムはこれからは(ほぼ)無給の作業となってゆく(一部著名書き手を除く)のかもしれないーーあと5年もすれば、である。いや、3年かもしれない。

・・・話が先読みすぎたかもしれないが、今回の執筆は、そんなことを考えさせる機会となった。

***

インターネット上で無料のニュース情報があふれる中、紙媒体でニュースを伝えてきた新聞社の経営は、日本のみならず英国でも厳しい状態にある。

新たなメディア環境の出現に対応するため、英新聞界は組織再編、人員削減、編集作業の定型化など様々な取り組みを行っている。生き残り戦術を紹介したい。

まず現況に注目すると、主要全国紙の2月の発行部数(平日平均、英ABC調べ)は前年比で二ケタ台の下落が珍しくない。例外は左派系高級紙インディペンデントの簡易版で、価格が本紙の5分の1の「i(アイ)」だ(12・7%増、2010年創刊)。本紙の部数(約7万5000部)はi(約29万8000部)の三分の一以下になった。iの成功は読者が読みやすくかつ価格が安い新聞を欲していることの表れだろう。

地方紙(ABCの調査に参加した450の日刊、週刊紙)は昨年下半期で前年同期比6・4%減。日刊紙で前期より部数を伸ばしたのは2紙だけだ。

ウェブサイトの利用状況は紙の発行部数とは逆で、ほとんどの新聞社サイトがユニーク・ユーザー数を二ケタ台で増加させている。

―人員削減、組織再編

紙媒体からの収入の落ち込みと読者のネットへの移行に対抗するため、新聞各社は組織再編を行ってきた。目立つのが人員削減の規模や編集部員まで対象としている点だ。

多くの地方紙を発行するジョンストン・プレスは「デジタル・ファースト」戦略の下、一部日刊紙の週刊化、モバイル機器用新アプリの発売、記者を無給の「市民記者」あるいはフリーのジャーナリストに入れ替えるなどを実行中だ。昨年1年間で約1300人が整理された(現在の人員は約4300人)。

全国紙でも数十人規模で人員削減が続く。640人余の編集部員を抱え、給与凍結中のガーディアン・ニュース・メディア社は100人の希望退職者を募り、60人弱が応じた。

1月、フィナンシャル・タイムズ(FT)紙はデジタル化への投資を進めるため、35人の編集部員の削減と、デジタル専門の記者10人の新規雇用を表明した。

平日に発行される新聞と日曜紙との編集統合(通常は異なる編集部を持つ)も相次ぐ。2月、インディペンデントとインディペンデント・オン・サンデーの編集部が統合された。

テレグラフ・メディア・グループ(平日紙デイリー・テレグラフと日曜紙サンデー・テレグラフを発行)は、3月、両紙を統合し、550人の編集部員の中で80人を削減すると発表した。同時に、デジタル専門の人員50人を新規雇用する。

広告収入への依存度が全国紙よりは高い地方紙業界では昨年11月、地方紙110紙を統合する新会社ローカル・ワールドが生まれた。2月、同社はコンテンツ制作以外の職を運営経費が低いインドにアウトソーシングすると発表した。

―編集の定型化と最適化

編集作業の効率化を推し進めるトリニティー・ミラー社(全国紙デイリー・ミラーと地方紙130紙を出版)は、「ニュースルーム3.0」と呼ぶ方式を全国の編集現場に導入中だ。

狙いは本紙及びウェブサイト上で「出版するまでの過程に人の手が介在する数を最小限にする」こと。紙版の制作では定型書式を5つ用意し、記者は書式に納まるように原稿を入力する。ネット用の原稿作成では、「マルチメディア記者」が編集ページに直接原稿を入力し、見出しもつける。

「コミュニティー編集者」職が新設され、「コミュニティーコンテンツのキュレーター」たちを管理する。キュレーターたちは読者から寄せられた情報や意見(=無料情報)などをまとめる。記者の確認を経て、サイトに記事が掲載される。

一方、既に電子版購読者が紙版購読者を超え(2月時点で電子版購読者は31万6000人、紙版が28万6000人)、着実に電子版購読者を増やしているFTでは、無料会員や購読者データの分析に力を入れている(米サイト「Nieman Journalism Lab」3月14日付)。

消費者分析の専門家を中心に約30人がデータ班として活躍する。まず利用者の行動から統計モデルを組み立て、何が起きているかを分析する。その結果をFTの戦略とどう結びつけるかを全社的に説明する。経営幹部からの質問に答え、情報を提供する。購読者の利用行動からどのようなサービスにつなげることができるのかを練り上げる。

ここまで徹底してデータ分析に人材を投入している新聞社は少ないのではないだろうか。

FTはまた、ガーディアンが以前から提供している、掲載記事の電子書籍化を始めている。「FTが編集する」というシリーズで、100頁に満たないが、アマゾン他複数の電子書籍ストアで購入できる。

英国の新聞サイトは海外からのアクセスの比率が半数を超える。これを利用して海外サイトを立ち上げているのがガーディアンだ。昨年の米国版ガーディアンに続き、オーストラリア版を準備中だ。独自の編集長を置き、地元に密着した記事を掲載する。

テレグラフ紙は昨年11月から、海外からウェブサイトにアクセスする利用者に、20回までは閲読が無料だがそれ以上は月に1.99ポンド(約300円)の購読料を課するサービスを開始した。インディペンデント紙も同様のサービスを提供している。

テレグラフ紙は今年3月末、この課金サービスを国内の利用者にも適用すると発表した。大衆紙サンはネット版閲読課金サービスを今年後半から開始する。サンの「売り」は、普段は特定の放送局でのみ生中継される、サッカーのプレミアリーグ戦の動画が視聴できることだ。

新規分野に飛び出すのがインディペンデントなどを所有するロシア出身の実業家エフゲニー・レベデフ(レベジェフとも表記)氏だ。

放送・通信業の監督機関「オフコム」は地方での放送免許を次々と認可中で、2月、ロンドン地方の新放送局「ロンドンテレビ」の放送権をレベデフ氏に与えた。早ければ9月から放送開始予定だ。想定視聴者は約400万戸。インディペンデント紙が赤字状態の中で、テレビ界に進出する意図を聞かれた同氏は、「影響力の増大」を挙げている。

ー地方紙は

2012年上半期で発行部数を伸ばした地方紙の一つが英南東部件ケント州のダートフォード・メッセンジャー紙だ。ボブ・バウンズ編集長は「その土地の会話の中に入るのが支持されるための鍵だ」という(プレス・ガゼット紙、3月13日付)。

同紙のウェブサイト(「ケント・オンライン」の一部)には、紙版発行より前に、多くの記事が掲載されている。この中で取り上げられた話題がソーシャルメディアを通じて広がり、住民の会話に反映されるという。同紙にはフェイスブックの友人やツイッターのフォロワーが多数存在する。

サイトを開くと住んでいる場所を聞いてくるので、「ダートフォード」と入力すると、中央部に「コミュニティー・ニュース」のコーナーが見える。アルファベットから町の名前を選択すると、その町の紹介や町で発生したニュースが読めるようになっている。ハイパーローカルの典型的な例だろう。 

英新聞界の取り組みを見ていると、新規の分野に踏み込もうという経営陣の意欲を感じる。しかしその一方では、経費削減のために人手をテクノロジーで代行する動きやそれまでに記事を書いてきた記者の数を切り詰め、デジタル知識に長けた人員を新規雇用するなど、効率性とデジタルを重視するあまりに、相当の知識や経験を持つ新聞記者が現場から押し出される状況が見えてくる。

広告収入と部数を売って収入を得る紙媒体の発行、そしてネット版(無料、有料)のいずれの場合でも、収益を生み出すのはコンテンツ、中身だ。「すべての収入の基になるオリジナルのコンテンツを人員削減後も提供し続けることができるのだろうか」と、オブザーバー紙のコラムニスト、ピーター・プレストン氏は疑問を投げかけている(3月17日付)。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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