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南北チキンレース、軍事衝突か、それともまたハッタリか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

今年は南北首脳会談15周年(6月15日)、朝鮮半島解放70周年(8月15日)の記念すべき年であることから南北関係が少しは好転するのではとの期待も韓国内にはあったが、8月初旬に軍事境界線で起きた「地雷事件」で韓国側に負傷者が出たことにより一気に「冷戦」に突き進んでいる。

近年「哨戒艦撃沈事件」「延坪島砲撃事件」と二度も北朝鮮軍にしてやられている韓国軍は堪忍袋の緒が切れたとばかり「報復措置を取る」と対決姿勢を鮮明にし、北朝鮮が中止を求めていた米韓合同軍事演習については8月17日から28日まで決行する。今年の軍事演習には海外駐屯の米兵3、000人を含め米軍3万人と韓国軍5万人の合計8万人が参加する。

北朝鮮が神経を尖らしている脱北団体による対北ビラ撒きも今後は心理作戦の一環として軍も独自に行う方針だ。ビラ撒きと並んで北朝鮮のアキレス腱と韓国軍がみなしている拡声器による対北心理戦も11年ぶりに再開された。

ビラの散布については、今春韓国の民間団体が金第一書記の暗殺をテーマにした米映画「インタビュー」のDVDを一緒に散布をしようとした時、北朝鮮は「容赦なく、発砲する」と威嚇し、韓国の周辺住民に「事前に退避するよう」警告を出し、緊張が高まった。この時は、主催団体が自制して事なき得たが、昨年10月には十数発の銃撃があり、何発かは韓国側の民家周辺に着弾していた。

今回も韓国の民間団体のビラ散布の動きに対して前方地域を管轄する北朝鮮人民軍前線連合部隊が8月14日にビラの散布は「戦争挑発行為である」として報復攻撃を示唆したばかりだ。そのビラ撒きを軍が公然とやるとなると、火に油を注ぐことになる。

拡声器放送については、韓国の哨戒艦が北朝鮮の魚雷によって撃沈された2010年6月にも、延坪島が砲撃された11月にも「懲罰」として軍事境界線の韓国側陣地に10か所設置されたが、韓国軍は放送には踏み切らなかった。当時、設置工事は、北朝鮮に発覚されないよう深夜に行われ、万が一に備え、韓国軍は第一、第三軍団に非常警戒態勢を発令していた。

当時、北朝鮮は拡声器放送が再開されれば、「物理的打撃を加える」「照準射撃をする」「拡声器の場所を木っ端微塵にする」と何度も威嚇していた。これに対し金寛鎮合同参謀本部議長(当時)は北朝鮮が武力挑発した場合「航空機による爆撃を加える」と応戦していた。「武力挑発には応分の代価を払わせろ」との李明博大統領(当時)の命令によるものだった。

三度目の正直となった今回は、拡声器がすでに2か所に設置され、10日から放送が行われている。最終的には30か所に設置され、昼夜関係なく放送される。夜は24km先、昼間でも10km先まで大型スピーカー数十個を束ねた拡声器の音声は届く。

北朝鮮人民軍前線司令部はすでに15日に「心理戦放送を中止しなければ、無差別に打撃を加える」との警告を出している。「拡声器を撤去しなければ、すべての拡声器を焦土化させるための正義の軍事行動を全面的に開始する」と全面戦争も辞さないとの構えだ

ビラ撒きや拡声器の放送をめぐるトラブルよりも要注意なのは、「地雷事件」が発生した現場周辺のポプラの木を韓国軍が伐採する方針を固めたことだ。

今回北朝鮮兵らの韓国側侵入をチェックできなかったのは視界の悪さに原因があるとして、韓国軍は韓国側歩哨の視界の障害となっている軍事境界線内のポプラの木を伐採することを決定した。

ポプラの伐採をめぐっては、1976年に伐採しようとする米韓とこれを阻止しようとする北朝鮮との間で乱闘事件が起きて、戦争勃発寸前の事態にまで発展してしたことはまだ記憶に新しい。

1976年8月18日、朝鮮半島を南北に分断している軍事境界線上の板門店共同区域にあるポプラの木をめぐって、これを切り倒そうとした駐韓米軍と、それを阻止しようとした北朝鮮人民軍との間で起きた乱闘で米軍将校2人が死亡し、米韓連合軍から9人、北朝鮮軍から5人の負傷者が出た。

米政府は早速「この事件によって生じるすべての結果についての責任は、北朝鮮が負わなければならない」と、強い調子の北朝鮮非難声明を発表するとともに駐韓米軍に対して非常待機令を発した。翌19日には待機令を「デフコン3」(5段階で通常は5、戦争突入は1)にチェンジし、第7艦隊も緊急態勢に入った。

ワシントンでは国務・国防両省を中心とした対策会議が開かれ、北朝鮮湾岸への機雷敷設を含むあらゆる範囲のオプションが検討された。また会議では北朝鮮に対する米国の強い意思表示として、実力を行使してでも板門店の問題のポプラを伐採することを決めた。北朝鮮当局はポプラを切るためには北朝鮮側の了解が必要であるとして米国の不当性を内外にアピールしたが、21日の朝米軍側によって伐採が強行された。

フォード大統領(当時)の直接指示によるこの伐採作戦を支援するため米軍はB52戦略爆撃機、F-111戦術戦闘爆撃機、攻撃ヘリの三段構えの威圧を加えた。ガンシップ武装ヘリと武装兵らを乗せた輸送ヘリが北朝鮮の攻撃に備えて直ぐに反撃できるよう板門店近くに待機していた。仮にこの時に北朝鮮が伐採を阻止しようとしていたなら、確実に軍事衝突にまで発展していた。

今回の「地雷事件」を機に韓国は軍事境界線で北朝鮮の兵士を見つけた場合、これまでの「警告放送→警告射撃→標準射撃」というマニュアルを「直ちに標準射撃」、即ち発砲することに変えた。また、いざという時に備えて、米韓合同軍事演習とは別にB-2ステレス爆撃機やF-22ステレス戦闘機の朝鮮半島への出動を要請している。

北朝鮮が伐採を阻止するため39年前と同じように兵士を動員すれば、衝突は避けられない。そうでなくとも、17日からは米韓合同軍事演習「フリーダムバンガード」が始まる。

昨年は「先制攻撃で対応する」(8月17日の軍総参謀本部代弁人声明)とか「予測つかないより高い段階の軍事的対応を取る」(8月18日の外務省代弁人声明)と北朝鮮は威嚇したものの全く音なしの構えだった。夏の米韓合同軍事演習についてはこれまで常に怒鳴って終わっている。

今年も北朝鮮の国防委員会は8月15日、「軍事演習を強行すれば、我々の軍事的対応は大きくなる」との声明を出し、一日前の14日には地雷事件の関与を否定する前線西部地区司令部の声明で韓国軍に対して「我々に立ち向かえる勇気があるなら、戦場で軍事的に決着を付けよう」と挑発してみせた。

北朝鮮の「無慈悲の報復」が行われるのか、それともハッタリで終わるのか、逆に試されているのは金正恩第一書記の「度胸」であるといっても過言ではない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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