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中国新「中央宣講団」結成――中国に進出する日本企業にも影響か

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
新チャイナ・セブン入りした中国三代「紅い皇帝」のブレイン、王滬寧(写真:ロイター/アフロ)

 第19回党大会一中全会で選ばれた中共中央政治局委員は、中宣部を中心として新「中央宣講団」を結成し、共産党精神の宣伝活動に入った。指導するのは新チャイナ・セブンの一人、中国のブレイン・王滬寧だ。

◆中央宣講団とは

 「中央宣講団」とは中国共産党の思想宣伝をするために2015年11月4日に結成されたもので、「中国共産党の精神を再び人民に植え付けなければ、一党支配体制は崩壊する」という危機感から生まれたものだ。

 それまでのように中宣部(中共中央宣伝部)が中央にいて、文書や新聞テレビなどを中心に一方的に情報を発信するのではなく、中央のあらゆる関係部門と提携して、地方にも出かけていき、「講話」も含めた双方向的な党宣伝を行なっていこうという組織である。

 その新しいメンバーが、今年11月1日に誕生した。

 中国共産党の機関紙「人民日報」や中国共産党が管轄する中央テレビ局CCTVなどが一斉に伝えた。今回は党規約に明記された「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を中心として、中国全土、津々浦々に「中国共産党の良さ」を再洗脳することが目的だ。

 その主たるメンバーを、いくつか列挙してみよう。( )内は、第19回党大会で新しく選ばれた中共中央政治局委員や職位である。

 ●楊暁渡(中共中央政治局委員、中共中央書記処書記、中共中央紀律検査委員会副書記)

 ●陳敏爾(中共中央政治局委員、重慶市書記)

 ●黄坤明(中共中央政治局委員、中共中央書記処書記、中共中央宣伝部部長)

 ●蒋建国(中共中央宣伝部副部長、国務院新聞弁公室主任)

……など計36名で、この後には中共中央政治局委員ではない多くの組織の代表者の名前が続く。

 筆者が個人的に興味深く思ったのは、その数多くの組織の中に「中共中央文献研究室」の主任の名前が入っていることだ。

 中共中央文献研究室はかつて(1993年)『毛沢東年譜』を出版したことがある。全九巻にわたる大部のもので(計6000頁強)、これを1頁ずつめくっていけば、拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いた事実が真実であることを確認することができる。

 中国共産党の思想宣伝をするために設けられた「中央宣講団」が、中国の国是である「実事求是(じつじ・きゅうぜ)(事実の実証に基づいて、物事の真理を追求する)」精神に基づいて思考する勇気を持っていれば、「日中戦争時代、毛沢東が日本軍と結託して国民党軍を弱体化させた事実」を認めるしかなくなるはずだ。

 おまけにこの「中央宣講団」のメンバーには「中央党史研究室」主任もいる。

 コラム「習近平新指導部の上海視察は何を意味するのか?」に書いたように、習近平が本気で「初心、忘るべからず」という気持で中国共産党の初心に辿り着こうとすれば、目を覆いたくなるような事実に直面するしかないだろう。

 あるいは、それを承知の上で、「いかにして嘘をつき続けるか」に専念するのか?

 

◆大臣は身分が低い

 もう一つ、この「中央宣講団」メンバーで目立つのは36名の最後あたりに「工業と信息(情報)部部長」とか「財政部部長」あるいは「農業部部長」など、「部長(大臣)」の名前が羅列してあることだ。彼らは25名いる中共中央政治局委員ではなく、200名以上いる中共中央委員会委員でしかない。

 これが中国共産党一党支配体制を如実に物語っており、あくまでも中国共産党が上にあるのであって、政府機関(国務院)の大臣などは「下の下」の方の身分でしかないことを示すいい例である。

◆陳敏爾が入っている

 党の精神を全国に広めていくこの「中央宣講団」に、このたび新チャイナ・セブンから外された重慶市書記の陳敏爾(ちん・びんじ)氏が入っていることは、やはり興味深い。

 早くから中共中央政治局委員だった胡春華(広東省書記)が入らずに、このたびようやく中共中央政治局委員になった陳敏爾を入れた。

胡春華では力があり過ぎるので、学歴も低く論理性もそれほど高くない陳敏爾を入れたのは、5年後の習近平体制を占う上で示唆的である。

◆王滬寧が話をする姿が……

 王滬寧(おう・こねい)というのは、苦虫をかみつぶしたように、口を一文字に結び、複雑な目の光をギロリとさせている、あの姿がいい。その王滬寧がCCTVで手振りよろしくペラペラと話す姿は、何とも不釣り合いだ。これまで押し黙っていることによって、そのキラリとした深い知性を覗かせ、言うならば一種の畏敬の念を抱かせたものだが、彼は新チャイナ・セブンのイデオロギー担当として会議に出席し、発言した。

 王滬寧はまさに、中国共産党の精神文明思想を指導する立場にあり、「中央宣講団」を管轄する役割を果たす。彼以上に、この論理構築に長けた者はいない。

 しかし、正直なところ、発言するしぐさや声を聞いて、神秘性は一瞬で失せた。

 まあ、魅力がなくなったと言ってもいいだろうか。俗物になってしまった。

 動画をリンクできるかどうか、だいぶ捜したが見つからない。静止画像だが、11月1日の新華網が報道しているので、その姿をご覧いただきたい。

 適役だとは思う。

 彼ほどの人間なら、毛沢東が日中戦争時代、何をしたかは知っているはずだ。そこを回避して隠蔽する術も心得ているだろう。

 習近平は一層、王滬寧に頼って「初心、忘るべからず」を唱え続け、建党から直接「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」へと直結させようとしているのが見えてくる。

◆日本企業にも影響する王滬寧の意思表明

 今も習近平のブレインである王滬寧は、同会議で、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を「企業や農村、各関係機関、大学のキャンパス、社区(社会のコミュニティ)」など、全ての群衆に広くめていかなければならないと表明した。

 たとえば、日本企業が中国企業と提携して中国で事業を進めていくとき、必ず日本企業側も「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を学び遵守する義務を要求されることを意味する。

 そもそも中国では政府機関や大学は言うに及ばず、各企業にも中国共産党委員会があり、それぞれに「書記」(社長より上のトップの権限を持つ)がいるが、今後は外資企業にも同様の書記がいて、「習近平思想」の遵守を日本側企業にも要求してくることになるだろう。

 すでに大学では「習近平思想」をカリキュラムに組み入れることが始まっており、マルクス・レーニン主義教育のメッカである中国人民大学では、第19回党大会閉幕の翌日に「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」研究センターを設立した。

 中国人民大学は、毛沢東が延安に移ってから、1937年に陝北公堂として設立したもので、以来、専らマルクス・レーニン主義思想を教える大学として有名だ(陝北は延安がある陝西省北部の意味)。1949年に新中国が誕生すると、毛沢東はその翌年の1950年、この大学を「中国人民大学」(北京)と名付けた。

 第19回党大会が閉幕した翌日に「「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」研究センターを設立したということは、そのかなり前から「習近平思想」の具体的名称は決まっていたということになる。

 新「中央宣講団」の第一回会議が終わると、CCTVでは企業や学生、あるいは農村や一般社会のコミュニティなどにおける「習近平思想を讃える」声を拾って報道したり、また成立メンバーが手分けして各地域に行って講演する様子などを盛んに報道している。

 真っ赤な中国が、また始まる。

 しかもそれを中国国内だけでなく、全世界に広めていくつもりだ。

 CCTVは11月4日、習近平が「中国は、中国の夢だけでなく、世界各国の夢を実現するために尽力する」と言ったと報道した。これは「習近平思想を世界各国に浸透させていく」ことを意味する。これが「習近平の新時代」なのである。

 関係国の中国関係者が「思想的に」違反すれば、何らかの処罰が待っているにちがいない。

 中国とタイアップしたいと思っている(あるいはすでに提携している)日本企業関係者は、そのつもりで中国と接した方がいいだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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