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習近平新指導部の上海視察は何を意味するのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
10月25日に誕生した習近平ら新チャイナ・セブン(写真:ロイター/アフロ)

 10月31日、習近平ら新チャイナ・セブンは上海にある第一回党大会開催跡地を視察した。これに関して「権威高める狙い」「江沢民派閥排除を強調」などの報道があり、又しても中国の真相を観る視座を歪めている。

◆NHKも、産経新聞も

 NHKは11月1日のニュースで「習主席の権威高める狙いか  中国共産党ゆかりの地を訪問」と題して、「中国の国営テレビは、習近平国家主席が新しく選ばれた最高指導部のメンバーとともに共産党への忠誠を誓う姿や、大勢の人に歓迎される姿を放送し、習主席の権威を一層高める狙いがあるものと見られます」と報道。

 産経新聞は2017.10.31 17:28のネット・ニュースで「習近平氏ら中国共産党指導部7人が上海入り 第1回党大会記念館を訪問、江沢民派閥“排除”を強調か」というタイトルで、習近平が新チャイナ・セブンを従えて上海を視察し、第一回党大会の跡地を訪問したことを報道している。

 両方とも「習近平が新チャイナ・セブンを従えて第一回党大会が開催された上海にある跡地を視察した事実」を報道していることに関しては全く間違いがない。しかしNHKは、それを「習近平の権威を高めることが狙いだ」と解釈し、産経新聞は「江沢民派閥“排除”を強調するため」と解釈している、その解釈が適切ではないのだ。

 中国共産党は1921年7月23日から31日まで、上海のフランス租界の貝勒路樹(ベラルーシ)徳里3号(のちに望志路106号、現在の興業路76号)にある建物の中で、こっそりと第一回党大会を開催した。参加者はわずか12人(後に1人増加)。

 こっそり開催したのは、国民党の政権下にあったので、共産党の活動は厳重に取り締まられていたため、隠れるようにして開催したわけだ。開催中、案の定、国民党軍に場所がばれた情報を事前にキャッチして、慌てて逃げ出し船の上で残りの議事を討議した。

 産経新聞には、「毛沢東らが党設立を決めた」とあるが、「ら」という一文字がありはするものの、党設立は毛沢東が主導したものではない。中国共産党を主導したのは陳独秀で、このとき毛沢東はまだ下っ端で、長沙の代表に過ぎない。それも開催前に北京から離れていなければ代表の一人にさえなれなかった。毛沢東が共産党の権力を握り始めるのは延安に着いてからで、それから15年も以降のことである。この経緯は拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』p.49前後で詳述した。

 ではなぜ、NHKや産経新聞の「解釈」が必ずしも適切ではないのか。

 (なお、筆者はペーパーレスで、メールに自動的に入ってきたネット・ニュースしかチェックしていないことをお許し願いたい。)

◆勿忘初心(初心、忘るべからず)

 2007年3月、習近平は江沢民とその大番頭・曽慶紅の、胡錦濤政権に対する強引な主張によって、上海市の書記として上海にやって来た。着任後、習近平が最初に視察したのは、なんと、中国共産党第一回党大会が開催された跡地だった。それはまるで中国共産党の「紅い血統」を誇示するようでもあり、5年後の「紅い皇帝」を心に描いていたような選択だった(詳細は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』p.122)。

 しかし10年後の2017年10月18日、党大会初日に習近平は総書記としての3時間24分にわたる党活動報告をしたが、そこで何度も使った言葉は「勿忘初心(初心、忘るべからず)」だった。

 この「初心」とは何なのか?

 それは中国共産党は何のために設立されたのか、という建党時の理念だ。

 1949年10月1日に中華人民共和国が誕生したとき、私たちはその「中国」を「中華人民共和国」と呼ばずに「新中国」と称した。

 全中国で「共産党がなければ新中国はない」という歌が歌われ、教育現場で歌わされるだけでなく、新華書店という唯一の本屋に行っても必ずこの歌が流れており、幼稚園生から公園で太極拳を舞う老人に至るまで、どこもここも「新中国」という言葉に満ちていた。

 あの「新中国」が誕生した時(その後の数年間だけ)、人民はまだ中国共産党を信じていた。

 1978年12月に改革開放が始まって、社会主義国家の人民が金儲けに走っていいことになり、これでは「精神が腐ってしまう」と反対した毛沢東時代の老人たちは「特色ある社会主義国家、中国」という「特色」二文字を冠することによって黙らされ、30年後には底なしの腐敗が蔓延した。

 何が共産党だ、何が社会主義国家だ!

 人民の不満は爆発寸前になっている。それを言論弾圧などで抑え続けることが出来る時代ではない。

 ネットがある。

 もう誰も共産党など信じていないことを習近平は知っているだろう。だからこそ、どのようなことがあっても共産党がどれだけ素晴らしいかを人民に植え付け再洗脳しなければならないのだ。

 となれば、中国共産党が誕生した時の「初心」に戻ろうではないか。

 それが「勿忘初心」なのである。

 だから新チャイナ・セブンにあの最後の中国の知恵袋・王滬寧(おう・こねい)を精神文明思想のイデオロギー担当に遂に入れてしまった。江沢民、胡錦濤、習近平と三代の紅い皇帝に仕え、絶対に政治の表舞台に出たくないと頑なに拒否してきたあのブレインを、表舞台に出してしまったのだ。

 もう、彼なしでは一党支配体制が危ないほど、「特色ある社会主義国家」を支える「中国共産党」は、実は危機に瀕しているのである。

◆中国共産党入党の時の「宣誓の言葉」

 習近平率いる新チャイナ・セブンは、上海市にある第一回党大会開催跡地で、中国共産党に入党するときの「宣誓の言葉」を斉唱した。右手の拳骨を頭近くにまで掲げて、「宣誓の言葉」を唱えた彼らは、「党員になった時の初心を忘れてはならじ」と誓ったのだった。

 この「宣誓の言葉」を聞けば、どんなに堕落し腐敗した党員でも、さすがに厳粛な気持ちになる。それが中国共産党員入党という儀式だ。

 中華民国における腐敗を打破し、自由と民主を目指したはずの中国共産党は、今もういない。

 腐敗を撲滅し、自由と民主を人民に与える初心を全うするには、中国は民主化するしかない。一党支配体制を打破するしかないのだ。

 そんなこと、出来るはずがないだろう。

 民主化をすれば、中国共産党による一党支配体制は終焉する。習近平はラスト・エンペラーになるのである。それだけは、絶対にあってはならない。

 習近平政権は、その巨大な矛盾の中で闘っている。

 おまけに中国共産党は日中戦争時代に勇猛果敢に日本軍と戦って新中国を建国したのだという抗日神話を捏造して、真相を隠蔽しながら人民に嘘をつき続けていなければならない。

◆習近平思想は毛沢東思想を越えなければならない

 毛沢東思想とは、ざっくり言えば「マルクス・レーニン主義の中国化」だが、ではそれは具体的には何を意味するのか?

 拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に詳述したが、毛沢東は1917年のロシア革命をきっかけとして誕生したソビエト連邦(旧ソ連)とスターリンがモスクワで指揮するコミンテルン(共産主義インターナショナル)が大嫌いだった。農民出身で学歴がない毛沢東は、コミンテルンのエリート集団が大嫌いなのだ。

 だからロシア革命の中心となった都市の労働者ではなく、文字も読めない(中国人民の90%を占めていた)農奴のような農民を立ち上がらせて中国式の革命を広げていった。これは完全なボトムアップの運動だ。文化大革命にしても少年少女たちを紅衛兵にして立ち上がらせたボトムアップ運動である。「敵は司令部にあり!」として、国家主席の座を劉少奇に渡してしまった政府を批判せよと扇動した。そして文化大革命の10年間、知識人を弾圧した。

 このことは、毛沢東が北京大学の図書館の小間使い的なことをやらされて、その屈辱に耐えかねて北京から逃れたことと深く関係している。もし長沙に逃げず、北京にいたら、北京には多くの優秀なエリート共産党員がいたので、毛沢東は絶対に北京代表にはなれず、第一回党大会の代表として党大会に参加することは出来なかったはずだ。

 しかしその毛沢東は結局、毛沢東思想によって新中国を誕生させた。

 習近平はその「新中国」を乗り越えて、「中国共産党建党」から「新中国」ではなく、「新時代」に入らなければならないのである。このネットの時代に、しかも中産階級が増えた時代にボトムアップ運動などが起きたら、一党支配体制は一瞬で崩壊する。人民は既にコントロールしやすい「無知の群れ」ではない。

 ここにこそ上海市の第一回党大会開催跡地を習近平率いる新チャイナ・セブンが視察した意味がある。

 「党の初心」に戻るのであって、決して毛沢東思想に戻るのではない。

 もし、毛沢東思想を中心にすれば、「新時代」の中国は「網民(ネット市民=ネットユーザー)」の声を聴かなければならないことになる。

 それは絶対にできない。だから、「中国共産党建党時の初心の威厳」により人民を圧倒し続けなければならないのである。

 これが上海市に新チャイナ・セブン全員が揃って行った意味である。

 江沢民閥を排除するためなどと、狭量な解釈をするのは妥当ではない。

 この大局に気づかなければ、これからの5年間の中国の真相を見つめようとする正確な視座を持つことは出来ないだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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