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50歳のフィル・ミケルソン、メジャー最年長優勝を可能ならしめた「進化とプラスα(アルファ)」

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 今季2つ目のメジャー大会、全米プロを制したのは50歳の米国人選手、フィル・ミケルソンだった。

 2005年全米プロ優勝に次ぐ16年ぶり、2度目の全米プロ優勝。2013年全英オープン優勝以来、8年ぶり、6度目のメジャー優勝。そして2019年のAT&Tペブルビーチ・ナショナル・プロアマ優勝以来、2年ぶり、45度目の米ツアー優勝となった。

 だが、何より特筆されるべきは、来月に51歳の誕生日を迎えるミケルソンが、1968年に48歳で全米プロを制覇したジュリアス・ボロスの記録を更新し、50歳11か月7日で全メジャー大会史上最年長優勝を達成したことだ。

 ミケルソンの最年長優勝を可能ならしめたものは何だったのか。

【「進化」の恩恵、プラスα】

 ボロスの記録から半世紀以上が経過している今、著しく進化した近代のゴルフクラブやボールが、加齢によるパワー不足、飛距離不足を補って余りあることは言うまでもない。

近年、シニア入りした選手が「若いころより飛んでいる」と語ることは、よくあることで、ミケルソンも50歳にして十分な飛距離を誇っている。

 フィットネスやコンディショニングに関する研究が進み、トレーニング術も年々改善され、進化している昨今、そうした恩恵を授かっているミケルソンが50歳とは思えないほどの筋力やスタミナを保持していることが、彼のメジャー最年長優勝を支えたことは明らかだ。

 だが、そうした進化による恩恵は、ミケルソンだけではなく、いわば誰もが享受できる「時代の産物」である。

 そう、ミケルソンが最年長50歳にしてメジャー制覇を成し遂げた背景には、そんな「時代の産物」に加えて、ミケルソンだけが長年にわたって取り組んできた「プラスα(アルファ)」の努力や工夫が多々あった。

【長い道程】

 かつてメジャー初制覇に至るまでのミケルソンは「メジャー・タイトル無きグッドプレーヤー」と呼ばれて久しかった。何度もメジャー優勝に詰め寄っては惜敗し、「詰めが甘い」と批判された。

「あと1つバーディーが取れれば、あと1つボギーを抑えられれば、きっと僕はメジャーで勝てる」

 そのためにミケルソンは、考えうるありとあらゆる工夫を凝らし、努力を重ねてきた。ロボットのようなスイング理論を掲げたり、バッグにドライバーを2本入れたときは嘲笑もされた。

 だが、批判や嘲笑を吹き飛ばし、メジャー初優勝を遂げたのが2004年のマスターズだった。以来、マスターズ3勝、全米プロ1勝、全英オープン1勝を挙げたが、その全英オープンを制覇した2013年以来、メジャー優勝から遠ざかった。

 しかし、さらなるメジャー・タイトル獲得を目指し、年齢による心身の衰えにブレーキをかけようと努力を重ねてきた。

 太り気味だった肉体をシェープアップするため、フィットネスの専門家を雇い入れ、ここ2年ほどは、痩せるためのスペシャル・コーヒーを毎日何杯も飲み、マイ・ボトルにも入れて持ち歩くようになった。

 関節炎にも悩まされ、それがパフォーマンスに影響したことは多かった。成績不振になれば、心が乱れることもあったが、弟ティムをキャディに付けてからは笑顔が増えた。

 しかし、それでもストレートな物言いや独創的な思考と言動が物議を醸すことは多く、ここ数週間は新ツアー構想として浮上しているSLG(スーパーリーグ・ゴルフ)への「移籍」が取り沙汰されていた。

 いろいろな喧騒の下、メンタル・トレーニングで心を鎮めることに努め、今週は打ちたいショットを心の中で思い描いてから打つ、いわゆる「メンタル・ピクチャー」を用いたメンタル・コントロールが効果を発揮した。

【心技体すべてを磨き上げ】

 海風が吹き付ける難コース、キアワ・アイランドのオーシャンコースで戦った4日間、ミケルソンは弟ティムと打つべきショットを確認し合い、そのショットを頭の中で「理想の絵」として思い描きながら1打1打を実践していった。

 とはいえ、すべてが完璧だったわけではない。1打差の単独首位で迎えた最終日。第1打は左ラフにつかまり、ボギー発進となったが、イーブンパーで前半を終えた。折り返し後の10番のバーディーで2位との差を4打へ広げたが、13番、14番は連続ボギー。2位との差は2打へ縮まり、苦しい状況で終盤を迎えた。

 しかし、16番のパー5は2打目でグリーンをオーバーさせながら、バーディーを奪った。その体力気力は、日ごろの鍛錬の賜物だった。

 17番のパー3はグリーン左奥のラフに入れてボギー。2打差で迎えた最終18番はティショットを左ラフへ入れた。百戦錬磨のミケルソンとて大きなプレッシャーの下にあったが、終始ガムを噛みながらプレーし、しきりにボトル水を飲み、自分の世界を築くプレーぶりは、彼がメンタルコーチとともに作り上げた自分なりの最善の戦い方だった。

 左ラフからピン方向を向き、今大会でメジャー初使用が許可されたレンジファインダー(距離測定器)を覗いていたミケルソンと弟ティムの姿は、「使えるものはすべて使う」という貪欲な姿勢を示していた。

 フェアウエイになだれ込んで一緒に歩いた大観衆からは、エネルギーとパワーをもらいながら戦った。

 いろんなものが集積し、その集大成がミケルソンの全メジャーにおける最年長優勝を可能ならしめた。

 技術だけではダメ。飛距離だけでもダメ。若さや勢いだけではダメだが、経験値だけでもダメなのだ。

「ここまで支えてくれたのは愛妻エイミーやキャディで弟のティム、マネージャーやコーチのおかげだ。肉体とスキルを維持するため、エクストラの努力を積んできた。僕はゴルフが好きだ。チャレンジすること、戦うことが好きなんだ。ファンのみなさん、応援ありがとう」

 心技体すべてを努力と工夫で磨き上げ、加齢という人間の定めにさえ、必死に歯止めをかけるべく力を尽くし、自分には厳しく、家族やチームを信じ、そしてファンには優しく――。

 そんなミケルソンだからこそ、成し遂げた2度目の全米プロ制覇とメジャー6勝目、そしてメジャー最年長優勝だった。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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