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BBCには「小さくなれ!」という風が吹く(2) ―規模の大きさへの批判続出

小林恭子ジャーナリスト

BBCが大きく「翼を短く切り取られる」状態となるのは、2010年5月、保守党と自由民主党による連立政権が発足してからである。

現政権は、自民党が閣僚職を少数維持しているものの、ほぼ保守党政権といっても良い。「小さい政府」を目指す政権の発足後、BBCの規模の大きさに対する批判が声高に続いた。BBCトラスト(元BBC経営委員会=視聴者の代表として、経営陣とは独立の立場からBBCの活動を監視し、経営陣の提案を承認する)は、今後2年間、受信料の値上げをしないつもりだと表明せざるを得なくなった。

2010年10月、政府は歳出見直し策により、公的サービスの大幅削減を発表した。各省庁において、20%前後の予算削減が課された。

BBCも緊縮策から逃れることはできず、政府は、受信料を2010年度の金額(145.50ポンド、約1万8000円、今年11月中旬計算)のままで、今回の特許状期間が終了する16-17年まで凍結する決断を出した。

さらに、これまで政府の交付金で運営されてきた、国際放送BBCワールドサービスや世界のメディア情報を監視するBBCモニタリングを、2014年から国内向け放送の原資である受信料でカバーすることになった。財政難になっていたウェールズ語の放送局SC4や新規に設置される地方のテレビニュースの運営、ブロードバンド拡大にもBBCは手を貸すことになった。

将来のワールドサービスを自己資金でまかなう必要性が生じたBBCは、複数の外国語放送の停止を含めた大幅縮小策を実施せざるを得なくなった。

今年5月、BBCは「質を最優先に届ける」と名づけた、予算の見直し指針をまとめた。受信料の凍結やワールドサービスの運営費の将来の自己負担に準備を進めるため、受信料収入の20%分を削減する必要がでてきた。指針は、生産性の向上やコンテンツやサービスの節約によって乗り切る策を示した。

―「より少ない資金ですばらしい番組作り」?

今年7月中旬に発表されたBBCの年次報告書(2011-12年度)で、BBCトラストの委員長パッテン卿(元保守党下院議員、最後の香港総督)は、過去1年で最も困難だったのは「少ない資金で、いかにすばらしい番組を作るか」だったと序文に書いた。そして、「変化が必要とされていた分野の1つ」として、経営幹部の給与を挙げた。重点が置かれたのはいかに費用を削減したか、給与を減額させたかである。

年次報告書の要点を伝えるBBCニュースのウェブサイトの記事(7月16日付)でも、真っ先に来るのが人気出演者の報酬や経営陣の給与がいかに減少したかであり、「人気出演者の報酬が950万ポンド減少」という見出し付き記事も別個に出した(同日付)。

後者の記事では、BBCの人気出演者の報酬が激減したという最初の段落の次は、「50万ポンドを受け取っていた出演者が16人いたが、これは前年よりも3人減っていた」とある。「3人」という部分が、実に細かい。

次の段落では、トンプソン会長(当時)の給与は62万2000ポンドで、「前年の77万9000ポンド」より低い、という。次の次の段落では、会長が9月には退任すること、後を引き継ぐのは「BBCビジョン」と呼ぶテレビ部門を統括するジョージ・エントウイッスル氏だと紹介されている。その次の段落では、エントウィッスル氏は「はるかに低い給与をもらう。最初の年は45万ポンドだ」と結んだ。

ガーディアン紙のメディア記者ダン・サバー氏は、年次報告書が年に一度「給与の支払い状況を示す文書になってしまっている」と批判し、「いつになったら、BBCは視聴者や受信料支払い者に次はどこに向かっているかを説明するのか?」と不満をもらした(7月16日付)。

確かに、トンプソン氏が主導した、英国のデジタル化のリーダー的存在としてのBBCという構想は最新の年次報告書からは見えてこなかった。

BBCがインターネットに力を入れ始めたのは2つ前の会長ジョン・バート氏(任期1992-2000年)の時代だ。

その後、テレビ界が急速にデジタル化する中、「私たちはテレビ番組をテレビ受像機では見なくなるかもしれない」という趣旨の発言を行ったのがトンプソン氏だった。スマートフォンやタブレット型携帯機器で動画を視聴するのが珍しくなくなった現在、目新しい発言には聞こえないが、番組とテレビ受像機とが分かちがたく結びついていた数年前は、新鮮だった。

2006年末、民放がテレビ番組の再視聴やダウンロードができる、オンデマンド・サービスを開始し、07年からBBCも本格的に参入。英国テレビのオンデマンド・サービスはBBCのアイプレイヤー導入によって、初めて一般的に広がっていった。

トンプソン時代の最後の業績は、アイプレイヤーの成功を集大成したとも言える、ロンドン五輪での全競技の生放送だった。五輪放送を統括したロジャー・モーズリー氏を、トンプソン氏は次期「BBCビジョン」(テレビ部門)の統括役に抜擢した。BBCの業務の中でも、最も予算が大きい部門だ。

ー逆風は保守党から?

BBC縮小化への大きな風は保守党からも吹いてくる。保守党は小さな政府を目指し、親ビジネスでもある。野党時代、放送通信監督庁オフコムの廃止を提言したり、BBCの規模の大きさの批判でも先頭に立った。世界的に評判が高いBBCワールドサービス(国際放送)は、政府からの交付金で運営するのが常であったが、2014年からはBBC自らに負担させるという荒業を実現させた。

トンプソン前会長の辞任への動きも、元保守党議員のパッテンBBCトラスト委員長がメディア取材の中で漏らしたことがきっかけだったようだ。本人が辞任するとは言っていないのに、「後任を探している」という話を匂わせた。筆者の推測では、誰かがトンプソン氏を追い出すための気運を作った感じがする。周りを固めてしまった、と。(この辺の真偽は、関係者が回顧録を書いた時点で明確になるかもしれない。)会長が辞任の意向を認めたのは、だいぶ後になってからだ。

保守党は親マードック派(衛星放送BスカイBの39%の株を所有し、大手数紙を発行)でもある。

今後も、BBCをより小さくする方向への風が強く吹くはずだ。メディアの消費環境が変わっていることがBBC縮小化の1つの理由だが、政治圧力もかかるだろう。今回の一連のドタバタで、BBC分割論が飛び出すところまで行く可能性も捨てきれない。(つづく、次回はBBCの課題)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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