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「山沢デビュー」とサンウルブズ「大健闘」29日の秩父宮から見えた強化の現状は?

永田洋光スポーツライター
非凡なランニングでブレイクする山沢。しかし、HCからはお小言が……?(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

韓国に大勝したジャパンと、チーフスから1ポイント奪ったサンウルブズ!

29日の秩父宮ラグビー場は、ファンに応えられない時間を提供してくれた。

午後2時7分キックオフのアジアラグビーチャンピオンシップ(ARC)第2戦は、前週に引き続き若い日本代表が韓国と対戦した。

秩父宮には、トライラッシュを期待した7、692人の観客が集まり、ジャパンは期待に応えて12トライを奪い、80―12と大勝。前週の47―29という試合で溜め込んだフラストレーションを、一気に解消した。

興奮もさめやらぬ4時35分には、神宮球場寄りのスタンドに設けられた大型ビジョンに、ニュージーランドで行なわれているスーパーラグビー、チーフス対サンウルブズ戦が映し出されて、パブリックビューイングが始まった。

当日は、上空の寒気の影響でどす黒い紫色をした雲がわき上がり、時折雨が落ちてくる不安定な天候だったが、それでも開放されたメインスタンドに陣取ったファンは固唾を呑んでスクリーンを見つめ、はるかニュージーランドで戦うサンウルブズに声援を送った。

その甲斐あってか――サンウルブズはチーフスに前半を3―20とリードされながらも、優位に立ったスクラムを足場に反撃。後半に2トライ(2コンバージョン)1PGを挙げて、敗れはしたものの20―27で試合を終え、ニュージーランドに本拠を置くチームから初めての勝ち点=7点差以内負けの1ポイント=を獲得した。

試合終盤にチーフスは、あと1トライを取れば相手に3トライ差をつけた場合に与えられるボーナスポイントが獲得できるとあって、サンウルブズを激しく執拗に攻め立てた。しかし、サンウルブズはイエローカードとレッドカードを受けて13人になりながらも守り抜き、逆に1ポイントをもぎ取った。暮色の迫るスタンドに残ったファンは、試合終了と同時に勝ったかのように歓声を挙げ、熾烈な攻防の末にもぎ取った1ポイントを祝福した。

つまり、韓国戦のキックオフ前からパブリックビューイング終了の6時30分過ぎまで、長い時間を秩父宮で過ごしたファンは、連休初日をどっぷりラグビーに浸りきり、十分に報われて帰途についたのだった。

防御突破されても守った日本と攻めきれなかった韓国

……というような情景描写が本欄のテーマではない。

若手が大勝した韓国戦から、19年W杯日本大会への準備状況を考察したいのだ。

実はこの試合、最終的に70点差がついたものの、見ていてけっこう面白かった。

若いジャパンは、まだ組織防御に習熟しておらず、しばしば韓国に鮮やかな突破を許した。前半終了間際には、韓国FLキム・ヒョンスの圧倒的なスピードに走り切られてトライまで奪われた。

それでも、スタジアムが険悪な雰囲気にならずに済んだのは、たとえロングゲインを許してもジャパンの戻りが早く、自陣深くで相手ボールを奪ってピンチを未然に防いだからだった。

前週、ジョセフHCに「情熱が足りない」と喝を入れられたジャパンと、防御を突破するところまではできても、そこからのアタックをオーガナイズできない韓国との力関係が、そうした現象となって現われたのだ。

後半5分には、韓国HOキム・ジップに大きく突破されながらもジャパンが自陣でボールを奪い返し、22メートルライン内からボールを展開。WTBアマナキ・ロトアヘアがCTB松田力也につないでトライを挙げた。このトライには両者の力関係が如実に反映されていた。

韓国のジョン・ウォルターズHCは、落胆を隠さずにこう言った。

「ラインブレイクを何度もできたことはポジティブだが、そのあとのサポートが遅れて、ボールの継続が不十分だった。ボールを保持しながらジャパンに圧力をかけたかったが、逆に追い詰められた。そうした一貫性のなさがチームの課題だ」

対照的にジョセフHCは「前回のパフォーマンスから改善したチームを讃えたい。今のジャパンは、コーチングのし甲斐があるチームだ」と、上機嫌を隠さなかった。前週の課題がかなり改善されたので自然に笑みがこぼれたのだろうが、背景にはこういう事情もある。

この代表は、あくまでも「ポテンシャルを見極めている段階」(ジョセフHC)であって、このメンバーをあと1か月で鍛え上げて、ルーマニア、アイルランドといったヨーロッパ勢と戦う6月のテストマッチに臨むわけではない。もしそうなら、決して笑っていられる試合内容ではないが、6月に主力として思い描いているのは、現在スーパーラグビーを戦っているメンバーがほとんどだ。

2月25日の開幕戦から今まで、タフなゲームを毎週こなしながらたくましさを身につけた選手たちがいて、韓国戦に出場したメンバーは、山田章仁のようなベテランを除けば、ほとんどがチャレンジャーなのである。

韓国戦の細かい部分を見れば、「なぜ、そこでパスしないのか?」と言いたくなるような場面が多々あったが、それも、出場した選手たちの頭にあるのは6月のテストマッチに“生き残る”ことだからだ。ついつい自分をアピールしようとして、時に強引なプレーに走る。

後半10分から登場したSO山沢拓也についても、ジョセフHCは「初キャップということで、自分でトライを取りに行ったのだろうが、彼はチームファーストという考え方を学ぶべきだ」と厳しく指摘した。

確かに山沢は、後半33分にスクラムからのボールを受けて一瞬でマークを抜き去り、パスをすればトライ――という場面を作り出した。が、そこでボールを放せずチャンスを生かせなかった。

「パスすればトライになるとわかっていましたが、いいタイミングで相手が見つからなくて、パスできなかった」と、本人は振り返り、自分のパフォーマンスを「40点」と厳しく評価した。だからなのか、今後の代表入りへの手応えを聞かれても、答えは謙虚だった。

「(代表の)SOは、すごく競争率が高いポジションなので大変だと思いますし、まだ行けるレベルだとは自分でも思っていない。このARCを通じて成長したいですね」

しかし、ジョセフHCは、叱責する一方で「山沢は、スピードやスキル、ポテンシャルが非常に高く、ビッグゲームに勝つのに必要な特別な才能――エックスファクターを持っている」とも話し、今後に期待を寄せる。

激化する日本代表のポジション争い!

確かに現在のジャパンは、ポジション争いが激しくなっている。

SOと同様、キャプテンの流大やこの試合で途中出場した茂野海人がいるSHも激戦区。サンウルブズで頭1つ抜けたゲームメイクを見せる田中史朗を筆頭に、矢富勇毅、内田啓介らが、2人の前に立ちはだかる。

WTBも、山田をはじめ、スーパーラグビーで存在感をアピールした福岡堅樹や江見翔太、現在は負傷で戦線を離脱した中鶴隆彰に、ジェイミー・ジェリー・タウランギ、アマナキ・ロトアヘアといった選手たちが激しい定位置争いを繰り広げている。

山田は、「日本のWTBのレベルを上げたい」と話すが、FBの定位置を確保しつつある松島幸太朗も含めれば、バックスの最後尾である11番、14番、15番は、ジョセフHCの言う「エックスファクター」を、かなり強烈にアピールできないと生き残るのが非常に難しいのだ。

試合を終えた選手たちが、こうしてメディアの取材に応じている頃、ミックスゾーンの上にあるメインスタンドでは、サンウルブズの選手たちが、厳しい遠征のなかでニュージーランドのラグビーに適応し、ARCよりはるかに高いレベルで今季に培った実力を発揮していた。それに魅了されたファンの歓声が、ミックスゾーンにも届いてくる。

おそらく、同じ秩父宮のスタンドで2試合続けてご覧になった方には、両者のレベルの違いがとてもよくわかっただろう。また、韓国に大勝したメンバーから、何人が6月も桜のジャージーに袖を通せるかを予測するのがいかに難しいかを、理解していただけるだろう。

日本代表を巡る現在の強化状況は、19年に向けた人材発掘が功を奏してかなり可能性に満ちた選手を確保できた、ということに尽きるのだ。つまり、層が厚くなったのである。

ただ、広く集めた素材から選りすぐったメンバーで、では世界で勝つためにどんなラグビーをするのか。

キックを使って相手防御を崩し、相手がキックに備えればボールを回してキープするというジョセフHCの現在の戦略は、まだ一般論の域を出てはいない。

そうではなくて、個別具体的な強豪にどんな対策を立てて、どう勝つのか。

強化の“第2段階”は、ベストメンバーがそろう6月のアイルランド戦で、きっと明らかになるはずだ。

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

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