佐賀の「がばいすごか」AI企業 元MRの経験を活かし労働生産性の向上支援
製薬会社MRが起業した木村情報技術
新しい技術と発想を巧みに組み合わせ、業務の効率化や労働生産性の向上にターゲットを絞った「ソリューション」を提供する会社が佐賀市にある。創業者兼社長は、製薬メーカーで医師に自社製品の説明などをするMRの出身という異色のキャリアだ。
木村情報技術は木村隆夫社長(57)が2005年、山之内製薬(現アステラス製薬)を早期退職後、その退職金を元手に設立したベンチャーだ。社員は現在、約350人。2020年6月期の売上高は約42億円の見通しだ。
興味深いのは、ベンチャーなので当然と言えば当然なのだが、時代の動きに先駆けていることだ。
過剰接待中止がビジネスチャンスに
まず起業に当たって木村氏が目を付けたのが、当時、製薬業界が意識していた経営の効率化だ。製薬会社は新製品が出ると、その説明のために、全国から医師を集めてリアルな講演会を行っていたが、500人の医師を招待すると交通費や宿泊費なども含めて数億円かかることもあった。これをWeb講演にすれば1000人の医師を対象にしても数百万円で済むそうだ。
忙しい医師はわざわざ講演会の現場に行かなくても、病院内でパソコンをのぞけば、講演を聞くことができる。医師の業務の効率化の一助にもなる。MRによる医師への過剰接待が問題視されていた時期でもあり、業界健全化の動きもビジネスチャンスにつながると踏んだ。
新薬などを医師に説明する場合、単にパソコンをインターネットに繋いで、説明の映像を流せばいい話ではない。CTスキャンやレントゲンの映像データ、出典資料などの細かい文字が鮮明に見えなければならない。「競合他社は映像が鮮明でなかった。うちは独自の画質処理ノウハウや最新の機材を使うことで差別化に成功した。すぐに製薬メーカーのWebセミナーでは業界トップになった」と木村氏は語る。
全国9か所にスタジオを持ち、どこからでもライブ配信できることに加え、講演の企画から集客、講演後のWebアンケートなどまで対応するワンストップサービスにしたことも製薬業界での評価を高めた。
リモートWeb講演配信を強化
製薬業界では年間に4000~5000回のWebセミナーが開催されるというが、そのうち木村情報技術が約2200回分を受注し、延べ100万人が講演を視聴しているという。現在は売上高の86%である約36億円をWeb講演会ライブ配信サービスが占めている。
今回の「コロナ危機」でソーシャルディスタンスが求められ、感染防止のために大勢の人が集まる過密状態を避ける傾向が強まっている。こうした中、木村情報技術は今年4月、講演者もスタジオに来ることなく、自宅から講演できる「リモートWeb講演会」のサービスを始めると発表した。
実際、筆者も含めて講演をビジネスにしている面々は、「コロナ危機」で講演が延期か中止となり、正直困っている。講演を企画している業者も同様だろう。製薬業界以外にも講演ニーズは多々あり、グローバル企業の研修などにも使えるシステムだ。
今後は製薬業界以外にもターゲットを広げ、コロナ危機を契機にWeb講演ライブ配信の事業を拡大させていくことも十分に可能だろう。しかし、木村社長は冷静だ。「この分野は、いずれ競合相手が出てきて、売上高は70億円くらいで止まると見ている。競合がいない未開拓のブルーオーシャンの市場から、競合他社と激しく競い合うレッドオーシャンの市場に変化していくだろう」と語る。
「Watson」国内初のサービス
このため現在、木村情報技術が力を入れているのが、AI関連のビジネスだ。ここでも業務の効率化支援サービスに主眼が置かれる。2023年に100億円の売上高を目指しているが、そのうち50億円程度がAI関連になる見通しだ。
AI関連といっても幅広いが、当面力を入れてるのは、文書での問い合わせに文書で自動回答する、いわゆる「チャットボットシステム」だ。Web上でのやりとりを指す「チャット」と、人に代わり定められた処理を行う「ロボット」を掛け合わせた言葉だ。
まず木村情報技術は16年1月、ソフトバンクと提携、「IBM Watson日本語版」のエコシステムパートナー契約を結んだことで、日本での代理店1号となった。「Watson」とは、質問応答・意思決定支援のためにクラウド上で提供されるシステムのことで、大量な学習データを与えることで、自然言語で投げられた複雑な質問を解釈して回答できる機能を持つ。
「よくある質問」対応のプロ
16年11月、「IBM Watson 日本語版」を用いた国内初のソリューションとして「AI-Q」を開発。営業担当者が顧客から質問を受けた際に端末を使って答えたり、人事部が社員に対して出張規定などの問い合わせに対応したりするためのシステムとして採用され始めた。コールセンターのオペレーター支援で採用した企業もある。
こうした「チャットボットシステム」を導入している企業は増えている。雑用を減らし、より重要な仕事に集中するためだ。九州電力の子会社で情報通信事業を展開するQTnet(本社・福岡市)も、木村情報技術のサービスを間接部門の業務効率化のために導入。情報戦略システム部の上田修一システム運用グループ長がこう説明する。
「社内システムの運用窓口の対応で、『よくある質問』コーナーを作って対応していたが、それでも問い合わせの電話やメールが多いので、導入した。1日に30~50件程度の問い合わせを処理しており、働き方改革に貢献してくれている」
Q&Aと文書の検索を一体化
さらに木村情報技術は「Watson」の弱点を補強する独自のAIも開発し、サービスの領域を拡大している。それに伴い、顧客の業種も広がった。ユーザーとなった半導体会社では試作プロセスでベテランしか対応できない業務の一部をAIに落とし込み、暗黙知の形式知化に取り組む。「企業の中には多くのデータやログがある。それを活用して業績向上につなげられるかが益々重要になる。独自にテキスト分析AIシステム『AI-Switch』を構築することで、たとえば、売れる営業マンと売れない営業マンの日報をAIに解析させることなどが実現することができた」と木村氏は語る。
このほかにも木村情報技術がいま力を入れているサービスが、自社開発のAIも使ってシステムを構築する「AI-Brid」だ。これは、事前に作成して学習させた一問一答型の「Q&A検索」と、「文書検索型」システムを融合させたもので、質問内容の網羅性を高めることに狙いが置かれている。高頻度のよくある質問には「Q&A検索」を活用し、複雑かつ高度な質問は「文書検索型」で対応するという。これを導入している企業は、多くの製品マニュアルやコールセンターの問い合わせ内容、文献や研究内容などを効率的に検索することを目的にしているという。
強みは人海戦術
競合他社は全国に200~300社近くあると見られるが、木村情報技術が業績を伸ばしているのには、ある理由がある。それは「手作業」の力だ。「チャットボット」を導入して基本的なQ&Aを作成後、様々な問い合わせに対応できるようにQ&Aの数を増やしていく。さらに利用者のログを見て回答精度を向上させる「追加学習」も一手に請け負う。そこは人海戦術での対応になる。
全社員のうちほぼ半数の160人が佐賀市に在籍、そのうち60人が開発に取り組んでいる。佐賀市は大企業が少なく、働く場所が多くはないため、優秀な人材が豊富に採用できるという。製薬メーカー向けサービスでは、元薬剤師で子育て中の主婦が経験を活かして在宅にてQ&Aの内容を充実させている。
木村社長は営業に注力し、佐賀の開発現場を仕切るのが創業メンバーで取締役CIOの橋爪康知氏(41)だ。橋爪氏は佐賀大学の大学院での研究でAIを使っていた。福岡県大川市で学生起業していた時に木村氏と知り合い、引き抜かれて社員1号となった。
「もっとも心掛けていることは、使いやすさ。マネジメント層や現場が簡単に使えるツールにしたい」と橋爪氏は言う。
「コロナ危機」で注目
今回の「コロナ危機」で、人々の価値観は大きく変わる。企業の働き方も大きく変わる。「コロナ危機」が収束してもテレワークが終わることはなく、さらなる労働生産性向上が求められる。それらの動きに伴い、東京に一極集中していた人材の分散化が始まり、働く場所としても、住む場所としても「地方」に注目が集まるだろう。本社がどこにあるかなんて関係なくなる時代が来るのではないか。
折しも6月17日に閉会した国会では、いわゆる「スーパーシティ法案」が通過した。これは国家戦略特区法の改正案で、規制緩和によって未来都市づくりができるようになるというものだ。AIやビッグデータを活用して、物流・輸送、住宅、電力供給、遠隔診療、行政などあらゆるサービスが効率的で、快適・安全となる未来都市ができるのは地方になるだろう。
そうした時に、佐賀市に本拠を構える木村情報技術という会社は、今は無名でも時代を変えるツールを提供する企業として、かつ働く場所を提供する企業として注目され始めるだろう。