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イラン、シリア、中国まで 活発化するロシアの「防空システム外交」を読み解く

小泉悠安全保障アナリスト
アシュルク演習場で訓練を行う露軍のS-400防空システム(写真:ロシア国防省)

イランを巡るロシアの「防空システム外交」

ロシア軍の装備するS-300防空システム(写真:ロシア国防省)
ロシア軍の装備するS-300防空システム(写真:ロシア国防省)

今月13日、ロシア政府は2010年から実施してきた対イラン武器禁輸措置を解除すると発表した。イラン核開発に関する枠組み合意が成立したことを受けたものだ。

この禁輸解除により、ロシアは近くS-300防空システムをイランへと引き渡すと見られている。

これまでもロシアはイランに防空システムを売却してはきたが、いずれも特定のポイントを防衛する拠点防空システムであった。これに対してS-300は格段にカバー範囲の広い広域防空システムであり、ある地域に丸ごとエアカバーを提供できる。

ロシア軍はすでにより高性能のS-400システムの配備を始めているが、やや旧式化したS-300でもイランの防空能力を格段に高めることには変わりはない。

そのS-300が外交的に重大な意義を持っていたのは、当時取り沙汰されていたイスラエルによるイラン空爆に対して強力な抑止力となるためだ。逆にイランとしては、このようなシステム無しに核開発を強行した場合、イスラエルの空爆を防ぎきれない可能性が出てくる。

こうした事情から、ロシアはイランと2007年にS-300輸出契約を結んだ後も話を二転三転させてイラン、イスラエル、米国に揺さぶりを掛け、最終的にイランが核開発を強行しそうだと見ると輸出差し止めを宣言してアフマディネジャド政権に交渉のテーブルに着くよう促したのである。

ロシアにとっては中東の最重要同盟国イランが西側の影響下に入ったり、イスラエルの攻撃を受けることは認めがたいが、かといってイランの核武装も容認できないとの計算があったものと思われる。

「防空システム外交」はシリアでも

これとよく似た構図はシリアでも見られた。

シリア内戦によって西側の空爆が現実味を帯びる中、ロシアは2012年頃からシリアへのS-300供与をちらつかせ始め、さらにはそこに様々な欺瞞情報を混ぜることで西側を撹乱した。

当時、筆者もシリアへのS-300供与問題に多大の関心を持ってウォッチしていたが、供与する・しない、一部はすでに運び込まれた、いやすでに4個大隊分もシリアに陸揚げされている、など虚実様々な情報が乱れ飛んで大いに振り回された。特に空爆が間近に迫っていた2013年夏にはこれが加熱したが、同年、ロシアの仲介でシリア空爆が回避されると、以降、同問題についての情報戦は一挙に下火になった。

いずれにしても、冷戦後の西側の軍事力が強力なエアパワーを背景とする中で、その標的となりかねない国々にとっては高性能な防空システムが戦略的な価値を帯びるようになっていったことがイラン及びシリアの事例から読み取れるだろう。このことはまた、ロシアの防空システムが大きな外交的価値を持つに至ったということでもある。

イランへのS-300今日の狙いは?

そこで再びイランに視点を転じたい。核開発合意が成立して早々にロシアがS-300の輸出再開を決めた理由はなんだろうか。

一つにはイランとの摩擦回避ということが考えられる。一度は決まったS-300供与をロシアが一方的に凍結したことに対してイランは度々抗議を表明しており、一度は違約金の支払いを求める騒動にまでなっていた。一方、ロシアはより射程の短い防空システムで手を打つようにイランを説得してきたが、結局実を結んでいない。

このしこりを早く解消したい、というのはロシアにもイランにも共通する想いであろう。

だが、ロシアはそのさらに先を見越している、との指摘もある。

ロシアの代表的な国際政治学者であるドミトリー・トレーニンは、核問題が解決されてイランの原油輸出が再開されれば、同国は中東の地域大国として今以上の存在感を持つと指摘。そのイランに対する軍事的な後ろ盾としての地位を確立し、対中東政策の梃子にしたいとの思惑があるという(“Russia's Missile Moves Explained: The S-300 Challenge,” The National Interest. 2015.4.15.)。

実際、ロシアはイラン及びシリアに加えてイラクやエジプトでも武器輸出を梃子とした影響力拡大を進めているし、イランへの制裁が全面解除されれば中露を中心とする上海協力機構にもイランを加盟させる意向だ。

一方、これに不快感を示しているのがイスラエルで、ロシアの国営紙『ロシア新聞』は14日、イスラエル国防省筋の談話として、ロシアがイランにS-300を供与するなら報復としてイスラエルはグルジアやウクライナに武器を供給する考えであると報じている。

中露の軍事的接近は進むか?

ロシアの「防空システム外交」において、もう一つ注目されるのが中国である。

冷戦後、中国はロシア製兵器の最大顧客として大きなシェアを占めてきたが、最近ではこれが激減している。中国の工業力増加によってかなりの兵器を国産化できるようになったという事情もあるが、より大きな要因は知的財産権を巡るトラブルだ。

中国はロシアから輸入したSu-27戦闘機を無断コピーしたJ-11Bを開発したのを皮切りに、ミサイルや航空機などの無断コピーを繰り返している。しかも近年ではごく少数のサンプルだけを買ってリバースエンジニアリングを行なおうとする傾向が顕著になり、ロシアとの交渉が壊れたり停滞するケースが相次いでいた。

中国に供与されるS-400防空システム(写真:ロシア国防省)
中国に供与されるS-400防空システム(写真:ロシア国防省)

しかし昨年、プーチン大統領は最新鋭のS-400防空システムを中国に売却する許可を出したと発表。さらに今月になってから、ロシアの国営武器輸出公社ロスオボロンエクスポルトのイサイキン総裁が、輸出契約が既に結ばれていることを明らかにした。

知的財産権問題が解決されていないにも関わらず、ロシアが昨年から中国へのハイテク兵器輸出に前向きな姿勢を見せ始めた背景には、ウクライナ危機を巡るロシアの孤立、そして対中依存の高まりが存在している可能性が高い。

そして、もしこのような理由によるものである場合、昨今の中露接近が新しいフェーズ、すなわち、より軍事的協力の密接化にも及んできたと考えられよう。この場合、以前から議題となりながらロシアが渋ってきたSu-35S戦闘機やアムール型潜水艦といった最新兵器の輸出、軍事演習の強化、ミサイル防衛など安全保障問題における共同歩調などが今後の展開として考えられよう。

必ずしもうまくいかないことも

最後に、ロシアの防空システム外交がいつもうまく行くわけではないという例も紹介しておきたい。

ロシアは近年、旧ソ連諸国に対する軍事的影響力を強めるために戦略的な武器供与を行なう方針を打ち出している。

防空システムはその目玉の一つで、既にカザフスタン、ベラルーシ、キルギスタン、タジキスタンにS-300を含む防空システムを無償で提供する方針だ。

ところが当の旧ソ連諸国はあまり乗り気でないようで、カザフスタンなどは5年前に無償供与が決まってから一向に進展がなく、タジキスタンはウズベキスタンとともに中国製防空システムを導入してしまった。

これらの国々にしてみれば、うっかり無償で防空システムの供与など受ければ自国がロシアの防空体制に組み込まれ、ゆくゆくは軍事力全体がモスクワの統制下に置かれるとの危機感がある。

そこで興味深いのは前述のタジキスタンとウズベキスタンで、ロシアと中国の間をうまく行き来しながらどちらかに完全に支配されないようバランスをとっている(これは安全保障政策の他の場面でも同様である)。

以上、ロシアの「防空システム外交」を例にロシアの対外政策を眺めてみた。

次にロシアが防空システムを供与するのはどこの国だろうか。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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