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5時間超えの死闘にも気づかぬほどの集中力。錦織が「タフ」さ示し掴んだ奇跡的な大逆転勝利

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

■全豪4回戦 錦織 6-7,4-6,7-6,6-4,7-6 P・カレノブスタ■

「今日は、意外に、あんまりそれがなかったですね……」

 試合後に錦織が明かした言葉は、それこそ、意外なものでした。

 多くのチャンスがありながらも、ものに出来ずに落とした第1セット。機を逃した失意と「焦り」を引きずるなか、勢いづく相手に奪われた第2セット。

 そして劣勢に立たされたまま、相手に先にブレークを奪われた、第3セット――。

 ただそのような絶体絶命の窮地でも、相手のプレーを仔細に分析し、表情から内面を探り、そして試合の流れを読みながら逆転の機を探るのが、錦織というテニスプレーヤーです。

 その彼がこの試合では、流れが変わる予感や、自分の調子が上がる兆しを見出すことができなかったというのです。

「3セット目も先にブレークされたので、今日はこのまま……自分の悪いのと相手の良いのが。相手が凄く2セット目から調子をあげて、思いきって出来ているなというのは感じていましたし」。

 しかしそれは決して、試合を諦めたということではありません。むしろ「本当に、とりあえず1ゲームずつ戦って」と、目の前の事象にだけ集中したと言います。同時に、「風上に来れば、チャンスはある」と、かすかな手がかりを、冷たさを増す風の中に見出していました。

 果たしてその時は、ブレークを許した直後のゲームで訪れます。西に傾く太陽がコート全体を影で包むなか、風下に立つ対戦相手は、硬さもあったかファーストサービスが入らなくなります。その相手のダブルフォルトで得たチャンスを、錦織は逃しません。バックのリターンでブレークポイントをつかむと、フォアの強打でついにもぎ取ったブレーク。そうしてタイブレークの末に、奪い取った第3セット。兆しや予感がない中で競り勝ったこのセットは、錦織の心身のタフさを示すものでした。

 

 こうなると追い風は、自力で勝る第8シードに吹きます。第4セットは、序盤のブレーク合戦を抜け出した錦織が奪い、第5セットも、錦織が早々に第3ゲームをブレーク。この時点で、試合開始から既に4時間――。勝敗の行方は、ほぼ決したと観客の大多数が思ったはずです。

■錦織との練習で学んだ精神を、最後まで示した対戦相手■

 第23シードのカレノブスタは、錦織とはこの試合が初対戦。それでも過去に練習は何度もし、今回メルボルン・パークで最初に練習した相手も、錦織だったと言います。

 3年前に、「僕のアイドル」である元世界1位のファン・カルロス・フェレーロのアカデミーに移り、やや遅咲きの急成長を見せた27歳のカレノブスタは、錦織との練習で「試合で100%のプレーをするには、練習にも、試合と同様の集中力と闘志で挑まなくてはいけない」ことを学んだと言いました。

 その教訓を活かす彼は、最後の最後まで試合を諦めません。錦織の勝利まで後1ゲームと迫った場面で、どんなボールにも食らいつきブレークバック。フィニッシュラインに達したかに見えた死闘は、さらにもつれ、この試合3度目のタイブレークへとなだれ込みました。

 10ポイントのタイブレークで、先行したのはカレノブスタ。しかし8-5の場面で飛び出した一つのラインコールが、彼の心をかき乱します。主審に駆け寄り、英語とスペイン語で抗議をする彼は、信じれないというジェスチャーを見せながらベースラインへと戻りました。

 

 錦織は後に、「この中断は、自分にも影響を与えかねなかった」ことを認めます。それでも、第5セット終盤で追いつかれた時にも直ぐに気持ちを切り替えた彼は、張り詰めた心の糸を緩めることはありません。直後のサービスをキープすると、自ら攻めて奪った2連続ポイント。

 そして迎えた、マッチポイント――。高波が引くようにスタジアムが静まり返る中、乾いた快音を響かせた錦織のサービスは、コーナーに刺さります。

 一斉に湧き上がる大声援と、フィナーレを祝う機を逃すまいとばかりに、即座に流れる軽快なミュージック。音の大洪水を浴びながらすっと手を突き上げる勝者の背は、まさにヒーローの佇まいでした。

 試合時間は、今大会最長の5時間6分。

 あまりに目の前のプレーに集中していた勝者は、試合後にその長さを聞かされ、「びっくりした」と言いました。

※テニス専門誌『スマッシュ』のFacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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