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堀井学氏「1700万円裏金」「香典贈与」略式起訴で露呈した“裏金議員への「大甘捜査」”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:長田洋平/アフロ)

東京地検特捜部は8月29日、自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる事件で、「清和政策研究会」(安倍派)から還流されたパーティー収入について、直前に衆議院議員を辞職した堀井学氏を政治資金規正法違反の罪で略式起訴した。

検察の発表によると、堀井氏は、資金管理団体の「ともに歩き学ぶ会」の2019~2021年分の政治資金収支報告書に、安倍派から還流されたパーティー収入約1700万円を寄付として記載しなかったことが、同団体の政治資金収支報告書の虚偽記入であり、政治資金規正法に違反するとされたようだ。

また、堀井氏は、2021年10月~2023年10月、秘書らを通じて選挙区内の52人に香典計38万円や枕花(約23万円相当)を送った公職選挙法違反(選挙区内の寄付)の罪でも同時に略式起訴されており、政治資金規正法違反の罪と併せて「罰金100万円」「公民権停止3年」の略式命令が出された。

堀井氏起訴と「裏金議員」立件基準との関係は?

この堀井氏に対する政治資金規正法違反と公選法違反の略式起訴に関しては、不可解な点がいくつかある。

自民党の調査結果によると、2018年から2022年までの5年間で派閥から裏金(収支報告書に記載しない前提で派閥から所属議員に供与された金)を受領した国会議員は82人に上る(2024年2月13日東京新聞)が、検察が、今年1月に行った一連の裏金事件に対する刑事処分において、正式起訴されたのは、4826万円の池田佳隆衆議院議員と5154万円の大野泰正参議院議員の2名、その他に4355万円の谷川弥一元衆院議員を略式起訴しただけで、それ以外は、刑事立件されず、告発されても不起訴となっている。

そのため、検察は、刑事立件の基準を3000万円とし、それ以下の金額の裏金議員は立件しない方針だと言われていた。

今回、裏金の金額が2196万円とされていた堀井氏が、1700万円の収支報告書虚偽記入で略式起訴された。なぜ3000万円以下なのに起訴されたのか、他の裏金議員との関係はどうなるのだろうか。

裏金の悪質性と公選法違反との関係

裏金に関する政治資金規正法違反で、堀井氏だけ、特に刑事立件され起訴される理由があるとすれば、同時に略式請求された事件、有権者に対する香典・枕花の供与の公選法違反との関係であろう。

しかし、82人の「裏金議員」の多くが主張しているように、「派閥からの還付金の単なる収支報告書への不記載であり、全額政治活動のために使っていて、実質的には問題ない」ということだとすると、それとは全く別個に香典等の寄附の公選法違反が発覚したからと言って、裏金の「単なる手続上の違反」が、突然、処罰すべき政治資金規正法違反と評価されるのもおかしい。この堀井氏の1700万円の収支報告書虚偽記入だけが起訴される理由にはならないはずだ。

一部で報じられているように、堀井氏は派閥から受領した「裏金」を原資として香典等を有権者に渡していたことによって、悪質性について評価が変わったということであれば、1700万円の虚偽記入の処罰について、一応理屈は通る。

しかし、その場合、もう一つの疑問が生じる。

今回、堀井氏は、「衆議院議員の公職にあった者」つまり「公職の候補者」として、選挙区内の有権者に香典・枕花を供与したということで、公選法199条の2第1項(「公職の候補者等は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもってするを問わず、寄附をしてはならない」)違反で起訴されている。

「公職の候補者等を寄附の名義人とする当該選挙区内にある者に対する寄附」も同条2項で禁止されているが、検察の起訴事実は、「資金管理団体が堀井学を名義人として寄附をした」というのではない。政治団体「ともに歩き学ぶ会」ではなく、堀井氏自身が、堀井氏個人の資金による供与だったとすると、裏金は政治家個人に帰属し、それを原資に香典等が贈与されたということになるのではないか。

裏金は政治団体に帰属するのか政治家個人に帰属するのか

一般的に、「裏金」というのは、その議員に関係する政治団体・政党支部のどこの収支報告書にも記載しない、という前提で領収書もやり取りせずに供与するものだ。今回の派閥から所属議員にわたった政治資金パーティーの「還付金」ないし「留保金」(議員が購入者から受領した売上金の一部を派閥の口座に送金せず手元に留保するもの)も、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたというのだから、議員の側は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかったということだ。

「収支報告書に記載しない金」として供与されたということは、政治団体の収支報告書の記載の対象ではない「政治家個人に対する寄附」と考えるのが自然だが、それは、「違法寄附」となる。

政治資金収支報告書の虚偽記入の法定刑は禁錮5年以下・罰金、会計責任者が作成義務を負い、政治家本人の関与は間接的だ。一方、「政治家個人宛の政治資金の寄附」と認定されれば、政治資金規正法21条の2第1項に違反となり、法定刑は禁錮1年以下・罰金と虚偽記入と比較すれば軽いが、政治家本人が直接的に処罰の対象となり、罰金刑に処せられただけでも議員失職となる。そして、その寄附が政治家個人に帰属したことになり、所得税の課税の対象となる。

もちろん、裏金議員は、議員失職にはなりたくないし、納税もしたくないので、「政治家個人宛の政治資金の寄附」であることは、なかなか認めないであろう。

だからこそ、今回、全国から応援検事を集めて大捜査体制で捜査を行った検察は、少しでも「政治家個人宛の政治資金の寄附」であることを認めさせる方向で追及すべきだったと、私はかねてから主張してきた。

そういう捜査を行っていれば、82人の「裏金議員」の中に議員本人も「政治家個人宛の政治資金の寄附」であったことについて言い逃れができない事例も少なからずあったはずだ。

政治家個人に帰属していたと思われる丸川珠代氏の裏金

その典型例が、神戸学院大学上脇博之教授と私の連名で、「政治家個人宛の政治資金の寄附」の事実で告発した丸川珠代参院議員の事例だ(【「この愚か者めが!」丸川珠代議員への「政治家個人宛寄附」告発の“重大な意味”】)。

丸川氏本人が、マスコミの取材に対して、ノルマ超過分をパーティー券売上納付額から除外する方法による寄附だったこと、「資金は(自分の)口座で管理していた」と述べ、自分個人の口座で管理していたことを認めているのである。

このような場合は、検察官の取調べで、「政治家個人宛の寄附」であることを認めさせることは、それ程困難ではないはずであり、政治資金規正法21条の2違反で略式請求すると同時に、それを議員の個人所得として課税するよう、国税当局に通報することもできたはずだ。

堀井氏の裏金はどちらなのか

堀井氏についても、丸川氏の場合と同様に、派閥からの裏金を、「政治家個人宛の政治資金の寄附」として受け取ったからこそ、有権者への香典、枕花の贈与という収支報告書に記載して表に出すことができないお金として使っていた、ということであろう。

派閥からの裏金が政治団体宛だったのであれば、「団体の裏金」を堀井氏が横領して香典等に充てたことになるが、あまりに不自然不合理だ。

堀井氏が派閥から受領した裏金を政治団体「ともに歩き学ぶ会」宛ての寄附ととらえ収支報告書に記載していなかった虚偽記入として起訴するのは実態に反していると言わざるを得ない。

裏金事件における検察の大甘処分と今回の起訴

今回の裏金事件では、議員本人の取調べで、「収支報告書に記載しない前提の金である以上、資金管理団体、政党支部などに宛てた政治資金ではない」として、収支報告書を提出不要の「政治家個人宛の政治資金の寄附」として受け取ったことを認めさせる方向で追及する捜査を行うべきだった。それを行っていれば、実際に、「政治家個人宛の政治資金の寄附」であること立証でき、政治資金規正法21条の2第1項違反で起訴し、議員失職に追い込める事例も相当数あったはずだ。

しかし、実際の検察の捜査は、それとは真逆の方向で、「還付金」「留保金」が資金管理団体などの政治団体に帰属していることを認めさせ、それを政治団体の政治資金収支報告書に記載しなかった問題としてとらえようとした。

その結果、裏金議員の殆どが刑事立件すらできないまま捜査は終結、僅かに正式起訴した池田佳隆及び大野泰正の2名の国会議員についても、起訴から半年以上経過しても、公判の見通しすら立っておらず、検察が果たして有罪立証ができるのか否かすら疑わしい。

今回の堀井氏の件も、「裏金」が、議員個人名義での香典、枕花の贈答に使われたとすれば、政治家個人宛の政治資金の寄附であったことを示す重要事実のはずだ。その実態に即して「政治家個人宛の政治資金の寄附」として処罰をすべきなのに、他の裏金議員について、政治家個人宛ではなく政治団体宛の寄附として処理し、政治資金収支報告書の訂正まで行わせる「大甘捜査」をしてきたことと平仄を合わせるためか、香典等の贈与と併せて資金管理団体の収支報告書の虚偽記入で略式起訴するという、不可解な刑事処分となった。

そして、検察は、堀井氏を政治団体の収支報告書虚偽記入を略式請求したのと同じ日に、告発状を5か月間も受理しないまま預かっていた丸川氏についての「政治家個人宛の政治資金の寄附」等の告発を、あろうことか、「嫌疑なし」で不起訴処分とした。堀井氏と同様に、丸川氏に対する「裏金」も政治団体(丸川氏の場合は政党支部)宛てであった、ということを言いたかったのであろうが、むしろ、堀井氏と同様であれば「政治家個人宛の政治資金の寄附」であることは明白であり、丸川氏の不起訴処分の不当性を裏付けるものである。

丸川氏については、不起訴処分通知が届き次第、私と上脇教授とで、ただちに検察審査会に申立を行うことは言うまでもない。

今回の堀井氏の略式起訴は、検察の今回の政治資金パーティー裏金事件への対応全体が間違っていたことを端的に示す結果になったと言えよう。

殆どの裏金議員の「裏処罰も納税もせず、反省もしていない」という現状に対して、真面目に働いて納税してきた国民の不満と怒りが爆発し、政治不信が極度に高まっている。このような事態を招いたことの大きな原因が検察捜査の方向性の誤りにあることは否定できない。【「裏金議員・納税拒否」、「岸田首相・開き直り」は、「検察の捜査処分の誤り」が根本原因!】

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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