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【里親制度】塩崎元厚労相、富山で里親体験を語る「学びの機会と専門家による支援が必要」

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
富山市を訪問した元厚生労働大臣の塩崎恭久さん(筆者撮影)

 自ら進めた里親制度、実際に子どもを受け入れてみたら、どんな気づきがあったのか――。元厚生労働大臣の塩崎恭久さん(71)が10月17日、富山市で開催された「富山県里親講演会」に参加し、自身の里親体験について語った。塩崎さんは2016年の児童福祉法改正では「家庭養育優先原則」を盛り込むべく指揮を執り、政界を引退後は地元の愛媛県で里親登録した。受け入れた里子の行く末に思いを巡らし、継続した学びの機会と専門家による支援の必要性を感じたという。里親制度の法改正と現実の間で、どのような思いを抱いたのか。パネルディスカッションより塩崎さんの発言を紹介する。聞き手は北日本放送の陸田陽子アナウンサー。

「里親、自分でもできるかも」

――塩崎さんは政界を引退された後、どんなきっかけで里親になられたのですか。昨年、児童相談所(児相)を“アポなし”で訪問し、里親になる意志を伝えたと聞いています。児相職員や周囲の反応はどうだったのでしょうか。

 2021年の衆院選に出ないと決めた後、児相の職員と話す機会があり、里親になるための年齢制限があるのかを聞いたところ「ない」と言われました。そこで「自分でもできるかも」と。「妻が応援してくれなければ、とてもできない」と思ったので事前に聞いたら「いいんじゃない」と言ってくれました。そこで「じゃあ、申請の用紙があるだろうから取りに行こう」と松山市にある愛媛県の中央児相へ向かいました。

養育里親の里親研修と登録の流れ
養育里親の里親研修と登録の流れ

 突然の訪問に驚かれたようです。簡単な説明を聞いて帰ってきたら、以前に接点のあった職員から連絡があり、申請書を渡されて里親研修を受けることになりました。登録をするための里親研修を昨年10月に受講し、今年2月に養育里親名簿登録通知書が届きました。養育環境を児相がチェックする家庭訪問も受けています。

――登録された後、実際に季節里親として施設で養育されている子どもを受け入れたとのことですね。里子と接し、どのような印象を受けましたか。

 施設にいる子を短期間だけ2度、受け入れました。本格的な受託ではなかったので、どうかと思ったのですが妻からは「まず、(子育てから遠ざかっているので)慣れることが大事」と言われました。里親をやってみて初めて感じる“難しさ”がありました。分かったのは「要保護児童を養育するには、やはり施設では1人の職員が数人の子どもに対応しなければならないので、子どもの健全な発育に不可欠な『特定の大人との愛着形成』は難しいだろう」ということ。丁寧に子どもの話を聞いて反応を見ながらこちらの対応を決めました。こういったことは、(切れ目のない時間をかけて子どもと接する)里親でないと困難だろうとあらためて実感しました。

 子育ては自分の子であっても相当なエネルギーが要ります。先輩里親さんが話す通り「自己肯定感を持てるよう導いていく」となると、じっくり向き合わないといけないでしょう。実際に子どもを預かってみて、70歳を過ぎた私達夫婦が本格的に長期にわたって受託することは難しいとしても、「少しだけでもできるお手伝いをしたい」と思いました。

「その子が背負ってきたもの」を理解する

 子どもが背負ってきたものを理解し、「どうすることが、その子にとっていいことなのか」を考えなければいけないのです。障害がある場合、理解はより難しいでしょう。これから里親を続けていけば、やるべきことがどんどん見えてくるのではないかとも思いました。(専門性を高めるための)研修の機会を増やして家庭養育の質を上げないと、里親として十分な対応はできないと思います。そういった課題を、たった数日の養育ではありますが垣間見させてもらいました。

――「家庭養育優先原則」を掲げて児童福祉法改正の指揮を執った塩崎さんご自身が里親という立場になられて、どのような意見をお持ちになったのでしょうか。心境の変化などは?

 里子が我が家で過ごしたのは短い期間ですが、その子たちと「また会いたい」と願っています。その理由は「(困難を抱えた)この子たちの人生は、これからどうなるのだろう」と心配だからです。里親は常にいろいろな難しい問題に直面しているのだと分かりました。そして「里親でいるためには学ぶべきことがあり、サポートしてもらう体制が必要」だと思っています。

フォスタリング(里親養育包括支援)事業について
フォスタリング(里親養育包括支援)事業について

「サポート」とはフォスタリング機関(里親養育包括支援機関)が担うべきだと思います。もちろん児相も里親家庭を支援してほしいですが虐待対応などに奔走しているので、なかなか手が回らないでしょう。そこで専門性の高い人材が関わり、「子どもの発達にとってプラスになることは何か」を正確かつ多角的に踏まえた上で、我々が里親として子どもに接することができるような体制を作っていくべきだと思います。

 2022年の児童福祉法改正(2024年4月施行)では「民間と協働し、支援の強化を図るために予算をつける」というところまで前進しました。この後「支援強化」という方針に、どう魂を入れ込んでいくのか。どういう政策がさらに必要なのか。少しでも良い里親養育ができるようにサポートする体制をどう組んでいくか。これらを積み上げることで、子どもにとってかけがえのない1日1日を大事にしていくことができると思います。子どもが、自分で自分を大切にできるようになるためのお手伝いを、専門性の高い方の力を借りて(里親を含めた里子を養育するチームの)皆で力を合わせてやっていけるようになればと思っています。

里子と一緒に時間を過ごして感じるもの

――最後に家庭養育を広めるにあたってのメッセージをお願いします。

 日本には本来、地域で子どもを育てる体制があったはずです。山村でも下町でもそうでした。でも、それができにくい社会になってしまったので、日本の昔のコミュニティーの良さみたいなものをもう一度作っていくために、意識的にすべきことがたくさんあると思います。でも里親や里親になろうとしている皆さんは本質的にそういった資質を持っていると思います。

 先ほど先輩里親の皆さんからの話で紹介されたように、子どもと一緒に時間を過ごすことで、自分の中に芽生えてくるものがあると思います。私も短期間ですが里親として子どもと接し、感じるものがありました。そういう(季節里親などの)機会をきっかけとしてどんどん里親制度が広まっていったらと思います。

 また、環境を整えるのは政治の仕事です。行政の手がなかなか回らないという状況を改善するのは政治がやるべきことだと思っています。ちゃんと子どもを大事にできる日本社会を作っていくために、里親制度の推進こそが、1日も早く要保護児童の健全育成のメインストリームとなるべきだと思っています。

     ◇     ◇

 パネルディスカッションに先立ち、塩崎さんは「『真に』子どもにやさしい国をめざして――『家庭養育原則』徹底により、子どもの未来を拓く」と題して児童福祉法改正の経緯などについて講演した。概要は次の通り。

2016年の児童福祉法改正について話す塩崎さん
2016年の児童福祉法改正について話す塩崎さん

「要保護児童の社会的養育問題」に取り組んだきっかけは、施設関係者との出会いでした。1990年代、当時の全国児童養護施設協議会の会長を務めていたのが、愛媛県宇和島市の児童養護施設の理事長で、その方から「施設入所の子どもの半分以上は虐待が原因である」と聞いて大変ショックを受けました。そこで当時、安倍晋三さんらと作ったNAIS(ナイス)という政策集団の勉強会で話を聞くこととなりました。

 厚生労働大臣になり、翌2015年4月のある日に赤坂の議員宿舎での勉強会で医師や施設の経営者、児童相談所の所長など社会的養育を専門とする多彩な人材を講師に迎えて同じテーマで話を聞くと、「戦後の要保護児童福祉政策は戦争孤児対策、浮浪児対策の延長で来てしまった」という衝撃的な話が出たのです。戦争孤児ならば寝起きする場所や食事を提供する「保護」でいいのですが、社会で自立していくためには「養育」する必要があります。

児童福祉法改正で「家庭養育優先」

 また、日本は1994年に「子どもの権利条約」に批准していますが、日本の国内法はそれに準じた改正がなされていませんでした。児童虐待は子どもが健全に育つ権利を剥奪されているということであり、そのような実態があるにもかかわらず、子どもの権利を守る施策がなされていなかったのです。そこで2016年の児童福祉法改正では「子どもが権利主体」であると位置づけた上で、子どもが健全に育つための家庭環境を整える「家庭養育優先原則」を掲げました。

2014年9月、厚生労働大臣に着任し、会見する塩崎さん
2014年9月、厚生労働大臣に着任し、会見する塩崎さん写真:ロイター/アフロ

 法改正後、施設養育主体の実態をどうやって変えていくかを考えていたので、英国で同様の取り組みを成功させたNGOバーナードス元CEOのロジャー・シングルトン卿が来日した際、質問しました。すると「英国が40年前に実践したように施設への新規入所を原則、停止すべき」と言われたのです。施設関係者に対しては「さらにステップアップしたケアを地域に対して行うことが施設の新たな役割だ」と説明したそうです。

 そもそも、子どもの養育においては「健全な発育は特定の大人との愛着形成のもとで実現する」という愛着理論を尊重することが重要です。そして、愛着行動とは子どもが不安な時、特定の大人に甘え、安心しようとする行動です。子どもからの訴えや要求に対する応答が密なほど安定した愛着関係が形成され、小児期以降に安定した対人関係を築くことができます。

虐待相談件数は20年で12倍増

 日本の社会的養育の現状がどうなっているのかを説明しておきます。虐待相談件数は2000年度と2020年度を比較し、20年間で約12倍に増加しています。しかし、保護児童数はほぼ横ばいです。児童養護施設等への入所可能な児童数が、いわば保護児童数の事実上の「天井」となってきたのであり、里親に委託される人数は横ばいできてしまいました。

 また各国との比較で、保護される児童の数は人口1万人あたりで諸外国は50人から100人程度であるのに対し、日本はたった17人です。保護されるべき子どもが保護されていない現状があります。なぜ日本だけ少ないのかを考えてみると、体制が質・量ともに不十分だからです。児相の数が少なく、現場で虐待対応する人材の数・質が不十分ではないでしょうか。

 また、児童養護施設の入所期間が6.6人に1人は10年以上と長く、2016年の児童福祉法改正で「小規模かつ地域分散化」と方針を示したにもかかわらず、敷地内施設が84%で、小規模かつ地域分散型の施設は16%に留まっています。里親委託率について見ると、2020年3月末の日本の現状は22.8%。諸外国(2010年前後の数値で)はオーストラリアが92.3%、北米は80%以上で、ヨーロッパも50%前後と比べるとかなり低いです。富山県は21.4%、愛媛県は21.8%と全国平均を下回っています。

諸外国における里親委託率の状況
諸外国における里親委託率の状況

日本における都道府県市別の里親委託率(2020年度末)
日本における都道府県市別の里親委託率(2020年度末)

 このように日本の社会的養育関連政策は70年間、大きく変更されないまま続いてきたのです。法律を変えなければ現状は変わらないことから、2016年の児童福祉法改正においては理念規定の抜本的な見直しを行いました。第1条には子どもの権利について明記し、第2条には子どもの最善の利益を優先する原則を、第3条には家庭養育優先原則を入れました。

 社会的養育では法律問題が不可避です。日本国憲法においては子どもを含め全国民の基本的人権が尊重されるべきであるとしています。しかし民法では子どもの権利については書かれず、親の監護権について言及されています。つまり親の権利と子どもの権利は対立することがあるので、被虐待児を守り、健全な養育を確保するためには適時適切な法律判断が必要であり、現場で迅速に判断できる常駐・常勤弁護士が必要なのです。

 また、子どもの措置権は児相が持っていますが、里親に委託するかどうかについては実親の同意がなければできない、との「エクスキューズ」的解釈が多く聞かれます。しかし、児童福祉法第28条には「児童の福祉のため不適当」と思われる時には、児相は家庭裁判所に訴え、里親等に措置することが可能であり、この部分は法改正を含めた何らかの新たな里親推進策が必要ではないでしょうか。すなわち、児童福祉法第28条では家庭裁判所の承認を得れば施設・里親委託の判断は児相ができるとしてあります。ですから虐待を受けた子どもの場合には、児相の判断で里親委託を決めてもらうことを前提として進めるようにすべきです。

乳幼児期は愛着関係の基礎を作る

 海外の里親委託の現状を見ると、ドイツは就学前まで、英国は小学校卒業まで子どもを施設に入れず、施設養育は専門的なケアが必要なケースに限定しています。2016年児童福祉法改正の交付通知の里親ガイドラインにも「特に就学前の乳幼児期は、愛着関係の基礎を作る時期であり、児童が安心できる温かく安定した家庭で養育されることが重要であることから養子縁組や里親ファミリーホームへの委託を原則とする」と明記されています。また、「里親委託ガイドライン」(2021年3月)にも乳児院から措置変更する子どもについては「原則として、里親委託への措置変更を検討する」としています。

 では、2016年の児童福祉法改正によって、乳児院からの措置解除及び変更の実態はどうだったのかというと、2016年と2019年を比べると、里親委託は14.2%から22.0%と増えました。これはよしとして施設に入ったケースは31.1%から34.5%に増えているのです。また乳児院の在籍期間を見ると半数は1年未満で出ていますが、残りの半数は何年も施設にいます。愛着形成の観点から望ましい形では全くないと思います。

 2017年8月には「新しい社会的養育ビジョン」が出され、そこには数値目標が挙げられています。3歳未満の里親委託率は概ね5年以内に75%、特別養子縁組の成立数は概ね5年以内に年間1000人以上となっています。法改正から、新しい社会的養育ビジョン、そして2018年7月に「都道府県社会的養育推進計画の策定要領」が局長通知として出されました。これらが先送りされそうになりつつも最後には日の目を見ることができたのは私の力というよりは、同年3月に当時5歳の女児が亡くなった目黒虐待死事件が起こるなど、必要に迫られる悲しい事件があったからです。

富山市で開催された「富山県里親講演会」
富山市で開催された「富山県里親講演会」

 里親制度の現在の課題としては、登録里親1万1,853世帯に対し、実際に委託されているのは3,774世帯(2021年3月末)にとどまっていることです。そこで民間のフォスタリング機関が包括支援を行っていくことになりました。里親のリクルート・研修・マッチング・委託後の支援や交流などを担い、一貫した里親支援体制を構築します。

 里親のリクルートについて考えてみましょう。日本財団による里親意向調査(2017年11月)で里親の認知度は「全く知らない」「名前を聞いたことがある程度」が61.8%と、その役割についてはあまり知られていません。一方で、「里親になってみたい」「どちらかというと里親になってみたい」と回答した人は全国で6.3%おり、20代から60代の男女の人口で算出すると、およそ504万人いることになります。単身者やLGBTQでもいいと個人的には思っています。生活保護を受けていないなど、いくつかの条件を勘案していくと該当者が100万人はいますので、少なくとも現在、施設で生活している子ども3万人を家庭養育にシフトすることは、まず十分、可能だろうし、潜在的な要保護児童のより健全な養育も可能となると考えられます。

 2022年の児童福祉法改正(2024年4月施行)については、一時保護開始時の司法審査導入は子どもの「権利主体」の確立に一歩前進することになると思っています。「子ども家庭福祉士(仮称)」の国家資格導入を先送りしたことは、子どもにとっては大きなマイナスだと感じています。児相と「里親支援センター」などの民間施設・団体が協働するための支援強化および義務的経費化は評価したいと思います。

すべての児相に「里親推進課」を

 このほか、家庭養育推進政策における今後の課題としては、中核市の児相必置化、すべての児相に「里親推進課(仮称)」を設置、里親や施設においてケアニーズに応じた措置費制度の創設、民間フォスタリング機関空白区の早期解消、テレビでのゴールデンタイムの放送などによる広報などを実現してほしいと思います。

 また「こども基本法」の評価と課題については「子どもコミッショナー」の設置を将来的に検討しています。来年4月には「こども家庭庁」ができますので、いろんなことをやってみて、不都合な部分は改革していくべきだと思います。子どもの成長はとても早く、即応していかなければなりません。

塩崎恭久さんは2022年2月に愛媛県で養育里親として認定を受けた
塩崎恭久さんは2022年2月に愛媛県で養育里親として認定を受けた

塩崎 恭久(しおざき・やすひさ) 1950年11月生まれ、愛媛県松山市出身。71歳。東京大学教養科卒業、ハーバード大学行政大学院修士、日本銀行勤務を経て、1993年に第40回衆院選に旧愛媛1区から自由民主党公認で出馬し、初当選。以後、衆院議員(8期)、参院議員(1期)。大蔵政務次官、衆議院法務委員長、外務副大臣、内閣官房長官・拉致問題担当大臣、厚生労働大臣、自由民主党政調会長代理などを歴任。2021年6月に次の衆院選には出馬しない意向を表明した。2021年に愛媛県で里親研修を受け、2022年に養育里親として登録。

※図表は「社会的養育の推進に向けて」(厚労省子ども家庭局家庭福祉課、2022年3月)及び厚労省作成の資料集より。クレジットのない写真は筆者撮影。

※参考

・『「真に」子どもにやさしい国をめざして――児童福祉法等改正をめぐる実記』(塩崎恭久著、メタ・ブレーン、2020年7月発行)

・「社会的養育の推進に向けて」(厚労省子ども家庭局家庭福祉課、2022年3月)

https://www.mhlw.go.jp/content/000833294.pdf

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは「東洋経済オンライン」、医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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