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プロデューサーに直撃! ドキュメンタリー『スパイ・オペレーション』から日本は何が学べるのか

山田敏弘国際情勢アナリスト/国際ジャーナリスト
スパイ工作の舞台裏を明らかにするNetflixの『スパイ・オペレーション』(写真:ロイター/アフロ)

いま、動画配信サービスのNetflixで、非常に興味深いドキュメンタリーの配信が始まっている。

英語名『Spy Ops』というこのドキュメンタリーは、日本語では『スパイ・オペレーション_諜報工作の舞台裏』というタイトルで第一シーズンが2023年9月8日に公開された。全8話で構成されており、その名の通り、過去の歴史的なスパイ工作に焦点を当てている。しかも実際に工作に関わった当事者たちに貴重なインタビューを行って証言を集め、スパイ工作の真実に迫っていく。

これまでテロやサイバーセキュリティ、スパイなどを取材してきた筆者から見ても、このドキュメンタリーは歴史的な記録としても価値が高いと言える。CIA(中央情報局)の工作現場の担当者のみならず、米軍の特殊部隊関係者なども、実際に現場で何があったのかを生の声で伝えている。スパイものに興味がある人はもちろんだが、そうでない人にもぜひとも見ていただきたい作品だ。

『スパイ・オペレーション_諜報工作の舞台裏』は、まず「ジョーブレーカー作戦」という作戦についてのストーリーから始まる。この作戦は、2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ事件を受けて、CIAの工作員たちがアフガニスタンでアルカイダとタリバンに報復をするために始まった。同時多発テロからわずか15日後に、CIA工作員たちがスーツケースに300万ドルの現金を詰め込んでアフガニスタンに乗り込み、どんな作戦を行ったのかが描写される。

このドキュメンタリーでは、アフガニスタン以外にも、パナマでのノリエガ将軍を拘束する作戦や、ローマ教皇の暗殺未遂事件、パレスチナ過激派への極秘暗殺事件を進めたイスラエル諜報機関モサドの工作、冷戦時代に沈没したソ連の潜水艦を引き上げる工作などが取り上げられている。

Netflixといえば、これまで実際のスパイのオペレーションについて優れたドキュメンタリーを提供してきた。例えば、『スパイ技術の極意』(2021年)というスパイに関するドキュメンタリーシリーズ(全8話)だ。実は筆者も、『スパイ技術の極意』の中で使われているCIA元幹部などへのインタビュー撮影にアメリカで立ち会っている。そこでは、かなり深いインタビューが交わされていたのをよく覚えている。それだけあって、このシリーズは完成度が非常に高かった。

今回の『スパイ・オペレーション_諜報工作の舞台裏』は、それを超える深さがある。確信犯的に本当か嘘かわからないような描写でスパイのイメージを作り上げていくフィクションの映画やドラマと違い、スパイ工作を実施してきた当事者らの証言は資料としても一級品である。かなりオススメのドキュメンタリーだ。

米バージア州にあるCIA本部
米バージア州にあるCIA本部写真:ロイター/アフロ

このドキュメンタリーを制作したのは、アメリカのプロダクション会社「Big Media」。筆者は、同社の共同設立者で、『スパイ・オペレーション_諜報工作の舞台裏』のエグゼクティブ・プロデューサーを務めるジョン・ロー氏に話を聞くことができた。ロー氏は、これまでアメリカのみならず世界の法執行機関、軍や情報機関などとビジネスをしてきた人物だ。

ロー氏は、「このドキュメンタリーでは、それぞれの出来事に直接携わった人たちに登場してもらうことで、歴史上の重要な出来事の真実を視聴者に『直接』提供したかった。これらの歴史的な出来事では、当事者ではない人またはスパイの世界を理解していない人々には真実を適切に伝えることはできません。ましてや30秒のTikTok動画などにまとめることはできません」と述べる。

さらにこう語る。「このシリーズでは、ミッションそのものだけでなく、ミッションに参加した当事者の声を紹介している。彼らは自国に貢献し、多大なリスクを負い、家族との時間を犠牲にしながら、自国をより安全にしようと人生を捧げてきた。世界は非常に危険な場所であり、このような男女が素晴らしい仕事をしていなければ、さらに危険な場所になっていたでしょう」

ロー氏は、このドキュメンタリーのために他のプロデューサーらと共にスパイたちに接触し、映像化に成功した。「このドキュメンタリーの制作過程で最も難しかったことは何か?」との問いには、こう答えている。

「このシリーズは、私たちにとって、これまでで最も挑戦的なプロジェクトでした。CIAや他の機関にも接触しながら仕事をするのは大変です。なぜなら、2つのことを両立させようとするからです。ストーリーをできるだけ正確に伝えることと、そして、重要な機密情報を漏らさないこと、です」

一方で、「ただ私たちは、当事者であるスパイらのストーリーをそのまま伝えようとしました。そこには脚色もいらないし、彼らの話はフィクションよりも素晴らしいものだ」とも語っている。

最後に、世界の情報機関にも精通するロー氏に、CIAやMI6(秘密情報部)のような対外諜報機関を持たない日本について聞いた。

「CIA、MI6、その他の諜報機関の目的は、選挙で選ばれた指導者に情報を提供し、指導者が理論ではなく事実に基づいて重要な決定を下せるようにすることです。そうした情報にアクセスできなければ、重要な決断を下すための情報が乏しいため、しばしば誤った決断につながることになります」

さらにこう続ける。「これらの諜報機関には独自の意図はない。自国の指導者、そして自国の国民が世界の出来事に驚かないようにするために存在している。私の考えでは、どの国も独自の情報機関を持つべきだと思う。そうしなければ、その国は他国の情報機関に頼らざるを得なくなり、たとえ同盟国であってもその国家の利害は日本とは異なる可能性がある。そうなれば正確な情報は入らなくなる」

「結局のところ、政府というのは、国民に奉仕するために選ばれているのです。そのために多くの国々が独自の機関を構築し、さらには民間企業に頼って自国の活動を補っている。情報共有を同盟国だけに頼るのが賢明でないもうひとつの理由は、同盟国が必要な情報を省略する可能性があるだけでなく、間違っている可能性もあるからだ」

これは、非常に貴重な意見だと言える。日本ももう一度、スパイやインテリジェンスのあり方について、独立国として考えるときかもしれない。

国際情勢アナリスト/国際ジャーナリスト

国際情勢アナリスト、国際ジャーナリスト、日本大学客員研究員。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版、MIT(マサチューセッツ工科大学)フルブライトフェローを経てフリーに。最新刊は『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)。著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』、『CIAスパイ養成官』、『サイバー戦争の今』、『世界のスパイから喰いモノにされる日本』、『死体格差 異状死17万人の衝撃』。 *連絡先:official.yamada@protonmail.com

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