「金正恩印のタワマン」転売発覚で平壌から追放
金正恩総書記が2021年3月に打ち出した、平壌市郊外の寺洞(サドン)区域の松新(ソンシン)・松花(ソンファ)地区など、5万世帯の住宅を建設するメガプロジェクト。
平壌市民は北朝鮮で最も優遇されているが、住宅問題は深刻で、1戸に複数世帯が住むことも当たり前だ。そんな住宅問題を解消し、最も忠誠心の強い平壌市民の心を繋ぎ止めようというものだろう。
北朝鮮で住宅の売買は禁止されているが、それはあくまでも建前。実際は入舎証(居住許可証)を売り買いする形で不動産市場が形成されている。そんな不動産売買でトラブルが生じた。平壌のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故)
Aさんは今年1月、住んでいたタワマンの部屋を売り払い、平屋の住宅に引っ越そうとした。もちろん違法行為だが、トンデコ(不動産ブローカー)を通じて、関連機関にワイロを支払って取り引きを行うことが当たり前になっている。そのため、何もトラブルがなければ当局も問題視しないのだが、表面化してしまうと違法行為であるため、大損をすることになる。
Aさんは、買い主のBさんから契約金の3分の1を先払いで受け取り、1カ月以内に部屋を明け渡すことにしていたのだが、期限が過ぎても居座り続け、契約金も返そうとしなかった。
Bさんはこの件に対して信訴(告発)を行った。その結果、Aさんは裁判にかけられ、部屋を没収され、黄海北道(ファンヘブクト)に追放される処分を受けた。なぜ、Aさんが居座ったのか理由は不明だが、約束どおりに手続きを行わなかったせいで、特権層である平壌市民の資格を失い、一般国民に転落したわけだ。
松新・松花地区では、違法な不動産取引が頻発している。昨年6月には、国から受け取ったタワマンの部屋の内装を行う経済的余裕がなかったため、別の人に売り払った人が摘発され、部屋の没収と、教養処理(厳重注意)の処分を受けている。
なお、北朝鮮の新築マンションは、内装工事が行われていない状態で入居者に引き渡されるのが一般的で、工事を行うには2000ドル(約27万7000円)もの費用がかかる。それが調達できずに頭を抱えている人も少なくないようだ。
郊外にある松新・松花地区は、市内中心部と異なり、不動産取引に対する規制がゆるいために、売買が頻繁に行われているが、今回の事例はそれに警告を与えるための見せしめの可能性が考えられる。
他にも、トンデコが客を訴える事件も起きている。
今年5月、松新・松花地区のマンションに入居した2人が、家を交換することになった。トンデコは両者をつなぎ、入舎証の発行を手伝ったが、それが偽造であることが判明し問題になった。トンデコ自身も騙されたことに気付いておらず、トンデコの元締から数年間員わたって騙されていたのだ。
市内の公園には、家を売りたい人と買いたい人が集まり、路上の不動産市場が形成されているが、トンデコは仲介するごとに100ドルから200ドルの報酬が得られる。物件までタクシーを呼んで移動するなど、細い面にも気を使う。もし売買が成立しなかったときは、トンデコに払う費用の半分を、問題のある側が負担するというのが平壌でのやり方だ。
コロナ禍では商売あがったりだったが、今では取り引きが活発に行われるようになっているとのことだ。
そもそも、住宅建設は国の予算だけではなく、民間から投資を募って行われている。出資者は見返りに部屋を受け取り、それを転売して儲けを出す。不動産取引を禁止すればこの方法が使えなくなり、予算不足の国は住宅建設を進められなくなる。それでも、取引は合法ではなくあくまでも「黙認状態」であるために、一度トラブルが起きれば誰かが損をすることになるのだ。