フランス大統領候補 マリーヌ・ルペン氏が「極右」というのは誤報ではないか?
『自由なフランスを取りもどすーー愛国主義かグローバリズムか』(花伝社)という本が出版された。フランス大統領候補で右派政党「国民戦線」リーダー、マリーヌ・ルペン氏の演説と公約をまとめた本だ。ルペン氏の政策を日本語で読める唯一の資料といってもいい。
私が興味を持ったきっかけは、ビジネスインサイダージャパン(BIJ)の仕事でこの本の編者でもある民族派団体「一水会」の木村三浩代表にインタビューしたことだ。
https://www.businessinsider.jp/post-33374
木村氏は私に「ルペンの国民戦線は日本では『極右』と報道されているが、あれは間違いだ」と言った。そんなことはないだろう、と即座に思った。だって、日本ではどのメディアも「極右」と呼んでいる(よく調べたら朝日新聞だけは「右翼」という表現だった)。しかし、日本で長年右翼活動をしてきた木村氏が言うのだから本当はそうなのかもしれない、とも思った。
木村氏とルペン氏の関係やホットな話題はBIJの記事を読んでいただくとして、その際に渡されたのが前掲の『自由なフランスを取りもどす』という本だった。木村氏は今年2月、フランスのリヨンで開かれたルペン氏の大統領選出馬決起集会に参加した。その際に受け取った演説集と選挙公約を日本に持ち帰って出版したのだ。木村氏は私にこう話した。「日本のメディアの多くは政策も見ないでルペン氏に『極右』のレッテルを貼って批判している。批判をするのは自由だが、その前に彼女の主張や政策を見るべきではないかと思い、この本を出そうと思った」。
https://www.businessinsider.jp/post-33374
それは木村氏の言う通りだ。ルペン氏は本当に極右なのか? もし、政策的に極右でなければ日本のメディアのほとんどが誤報を垂れ流しているということになる。
前出の本を元に検証してみることにした。
まず、「極右」の定義だ。手元にある古い広辞苑(電子版)には〈極端な右翼思想(の人)。⇔極左〉とある。まあ、そんなところだろう。木村氏にも聞いてみた。
ーーー世界に共通する右翼思想っといったら、どんなことがありますか?
「まず、自国の伝統、文化、歴史、風習を尊重する。母国語を大事にする。自国愛国主義、母国愛国主義。その一方で、それぞれの国の独立と主権を尊重する立場」
ーーーでは、極右といったら?
「(しばらく考えて)それがファナティック(狂信的)になったもの」
要するに、右翼原理主義者、もしくは過激派というところだろう。
私自身の定義としては、まずだいいちに思想のためなら暴力を肯定するような人たちをいうのだと思う。「極右」の対語である「極左」がそうだからだ。最近はあまり聞かなくなったが、内ゲバと称して仲間を殺害したり、爆弾テロを仕掛けて一般の通行人を殺傷するーーーというのが私の中での極左暴力集団のイメージだ。かつて右翼の血盟団が「一人一殺」を標語に掲げていたこともある。右も左も極端になると暴力が付きまとう。思想がどんなに立派でも、いまの社会ではこれはアウトだ。
人間は国籍や民族が同じでも考え方は個人個人バラバラだ。とはいえ、社会を形成するには一定の秩序が必要で、だから政治は難しいし、面白いのだ。個々別々の思想や価値観を持った人たちに最適解を与えるのが政治の醍醐味ともいえる。それを、考え方が違うから、あるいは気に入らないからヤっちまえというのはあまりに幼稚で安易すぎる。極右、極左とは、そういうバカ者のことだと思う。「極右」「極左」というレッテルは、いまでは差別用語といってもいい。
では、フランス大統領候補のマリーヌ・ルペン氏および彼女が率いる国民戦線は「極右」と定義されるのか?
結論を先にいうと、フランス第一主義、フランス人優位主義がかなり鼻につくが、前掲書には拍子抜けするほど「極右」っぽいことが書いていなかった。少なくとも、暴力を肯定する記述はまったくなかった(この段階で、私としては「極右」認定は違うと思う)。もっと人種差別的な文章や強烈な移民排斥の文言がバンバン出ているのかと期待したが、それもはずれた。
最終章の〈国民戦線(FN)公約144〉から具体的政策を拾ってみよう(頭の数字は公約の番号)ーーー。
まず、よく槍玉に上がる「移民排斥」については、
〈24 国境を再設置し、シェンゲン協定から離脱する〉
シェンゲン協定というのは、ヨーロッパの国家間において検査なしで国境を通過できる協定だ。
〈25 不法滞在外国人の合法化や帰化を不可能にする〉
〈26 合法的な移民を、年間合計で1万人に削減する。結婚によるフランス国籍の自動的な取得のような、家族の囲い込みや関連付けによる自動的な国籍取得制度に終止符を打つ〉
移民のすべてを排除しているわけではないないようだ。
イスラム原理主義には、いろいろ厳しいことが書いてある。
〈29 イスラム原理主義に関係するあらゆる組織を禁止し、解散させる〉
〈30 すべての過激派のモスクを閉鎖し、礼拝所や礼拝行為に対する、公的資金(国、地方自治体など)からの援助はすべて禁止する〉
〈32 イスラム教徒のテロリストに関係した犯罪や違反で有罪となっているものに対し、祖国反逆罪を復活させる〉
いかにも、右翼=愛国者的な公約は以下の通りだ。
〈91 国家のアイデンティティを守る。フランス人の文化の価値観と伝統を守る。我々の愛国の歴史と文化を守り、促進するよう、憲法に記述する〉
〈92 公民の資格を、フランス国民の特権として確立する。そのために、自国民の優先性を憲法に記述する〉
〈93 永久に、あらゆる公共の建物にフランスの旗を掲げさせる。EUの旗は取り除く〉
〈94 退役軍人の年金支給額を上げる〉
〈96 フランス語を守る〉
〈97 国民の統一を強化する〉
〈103 教師の権限と尊敬を取り戻し、学校では制服の着用を導入する〉
〈142 しわ寄せが無いようにしつつ、フランス国民に優先的に公営住宅を割り当てる〉
憲法に愛国心を記載するという発想は、どこかの国の首相と同じで立憲主義の原則を理解していないと思うが、それをもって極右とまでは言えないだろう。
これ以外では、国会議員の数を減らしたり、国民主権をより明確にするための国民投票を強化したり、行政単位の簡素化を主張したり、表現の自由を守る、女性の権利を守る、治安を守る力の強化、終身刑の設置、雇用の促進、老齢年金の引き上げ、時間外労働賃金への非課税、新興企業の支援、税制の簡素化ーーーと、まあごくありきたりな政策が並んでいる。
これで極右といえるだろうか?
反グローバリズムなのは確かで、経済政策についてはそれらしい政策も目に付くし、演説でも繰り返し訴えている。だが、それは極右を認定する材料にはならないだろう。
過激という意味では、アメリカのトランプ大統領の方が、よっぽど分かりやすく過激だった。
意外だったのは、国防費を増額するという公約を掲げる一方で、反戦的な側面があることだ。2017年2月23日にパリで行われた演説で、ルペン氏はこう言っている。
〈フランス人に言わなければなりません。この10年間、フランスは好戦的でした。フランスは、政治、宗教、民族といったあらゆる単純な解決を拒む複雑な問題を、戦争によって解決できると信じていました。
私は、武力に訴えることであらゆる議論に終止符を打ち、あらゆる問題を解決できると信じている人間ではありません。
武器の誘惑は弱い人間の過ちですが、フランスはあまりにしばしばこの誘惑に屈してきました〉
極右政治家が、こんな発言をするだろうか。
ここでルペン氏の政策を評価するつもりはない。ただ、「極右」という報道が正しいかどうかが知りたかっただけだ。前掲書を読む限りでは否である。ルペン氏は、右寄りの愛国主義者ではあるが、極右というのは間違いだ。朝日新聞が使っているように、せいぜい「右翼」くらいが適当だろう。
なぜ、こんなことにこだわったのかというと、フランス大統領選の報道を見て、私自身がフランスの人は大丈夫か、と思っていたからだ。新聞やテレビを観ると、あたかも人種差別的で外国人排斥を標榜し、場合によっては殺人も辞さない過激派団体のリーダーがついに決選投票にまで進み、接戦だという。フランス全体が極端に右傾化したか、頭がおかしくなったのかと心配したものだ。
だが、それ杞憂だったようだ。ただ、私の本の読み方が浅いのかもしれないので、もし興味があれば、ぜひ『自由なフランスを取りもどす』を手に取って自身で判断して欲しい。いずれにしても、明日の決選投票の結果が楽しみになってきた。