マキタスポーツ、“10分どん兵衛”が教えてくれた新たな扉を開けるカギ
芸人からキャリアをスタートさせ、今や俳優として映画・ドラマに引っ張りだこのマキタスポーツさん(46)。ニューアルバム『矛と盾』(発売中)をリリースするなどアーティストとしても才能を開花させていますが、思わぬところで注目を集めてもいます。カップうどん「どん兵衛」を既定時間の倍、10分待ってから食べると、思いのほかおいしいという“10分どん兵衛”を提唱し、一躍時の人に。どん兵衛を発売する日清食品の公式ホームページで、同社担当者と“10分どん兵衛”に関する対談企画を行うなど、大きなムーブメントも起こしています。芝居で、歌で、次々と新たな扉を開けていますが、その根底には“10分どん兵衛”から学んだ教訓がありました。
麺が進化していた!
そもそも、僕はインスタント麺が大好きだったんです。今は結婚しているので、その状況下で「インスタント麺が食べたい」と言うと家庭不和の原因にもなるので(笑)、女房の料理を食べてるんですけど、気持ちとしては毎日いきたいくらい。その中でも、とりわけ、どん兵衛が好きなんです。
もう十何年前になると思うんですけど、ふと、どん兵衛の折れた麺を見た時に、驚いたんですよ。僕が知ってる断面じゃなくて、3層構造になってた。麺が進化してたんです。もともと、僕は少し柔らかめくらいが好きで「5分なら、麺がしっかりしすぎてやいないか?」という思いがあったのと、目に飛び込んできた断面が結びついて「一回、ここにしっかりとおつゆを染みこませてみろ」というメッセージだと僕には見えたんです。
よし、じゃ「5分の壁を超えてみよう!!」と。6分で試してもいける。7分でも、8分でも大丈夫。そして、10分待ってみたら、自分の中で「これだ…」となったんです。麺がツヤツヤ輝いて、もっちりとうまい。そこから今にいたるまで10年以上、10分バージョンで食べ続けています。
食に対してエッチだから…
それを昨年11月、ラジオ番組で言ったところ、たくさんの方々が反応してくれまして。日清さんがホームページで“日清はなぜ10分どん兵衛を作らなかったのか”というコーナーを作ってくださるまでの流れになりました。
ただね、僕、意外と真面目なところがありまして、最初は5分の壁を超える恐怖心もあったんです。せっかくのどん兵衛を台無しにしてしまうんじゃないかと。基本的に、お店で食べるうどんやラーメンは、やれ“バリカタ”だなんだと自分好みにカスタマイズするのではなく、そのお店がベストと判断しているであろう“標準”で食べるようにしている。料理を生んだ店主の方がお出しになっている状態で食べるのがスジだろうと。
となると、どん兵衛も日清さんが研究を重ねて、普通のカップ麺は3分とかが多い中、わざわざ5分という少し長い、レアな調理時間を設定している。だったら、なおのこと意味があるわけだし、守らなきゃいけない。これは、一つの“門限”だと。そこを破るのはすごく抵抗がありました。ただ、僕は食に対して、相当エッチなんです。だから、恐怖心と好奇心がない混ぜになる中、3層構造の色気も上乗せされ、好奇心が勝ちました。もちろん、どん兵衛は大好きなんですけど、自分の内なるものを凝視した時、出てくる言葉は“すけ兵衛”でした。
ハゲとの向き合い方も変わった
ただね、エラそうなこと言ってますけど、本当は自分でも分かってるんです。どこか気にしてるんです。どん兵衛をのばして食べるなんて“恥ずかしいこと”だと。ラジオで10分どん兵衛のことを言ったのは、今の世の中、麺はすべてコシがあってナンボのコシ至上主義みたいになっていると。そこに対するアンチテーゼとして思わず口走ったんですけど、それまで10年以上もそうやって食べてるのに、人前でそれを言ってなかったわけですから。やっぱり、口にするのははばかられていたんです。間違いなくね。ただ“恥ずかしさの向こう側にある思い”を口にした時に、自分でも驚くほどの反響があった。
それで言うと、僕、役者の仕事をいただいてますけど、それも、僕がハゲたおじさんだからなんですよね。もちろん、自分のアタマは自覚してますし、ハゲてるってのも分かってる。ただ、これはね、認めたくない事実でもあるんです。というのも、僕、こんなにハゲる予定じゃなかったですから。しかも、こんなに早く…。簡単に言うと、今でも、完全なるコンプレックスです。だから、歌を歌う時、カッコいい曲をやる時には、帽子かぶりますもん(笑)。その方が、齟齬(そご)がない。キメにかかってるのに「…いやいや、そもそも、お前、ハゲてるじゃねぇか!!」という流れに予防線を張ると言いますか…。
ブルーリボン賞新人賞をいただいた映画「苦役列車」(2012年)では、オーディションなしで「ぜひ、この役はマキタスポーツさんにやってほしい」と言っていただいたんです。ありがたい話です。ただ、くたびれたおじさんの役ですし、最初、僕としては心の中で「えぇ~、カッコ悪い役じゃん…」とも思った。自分としては、当時はまだどこかで、ハゲていることを認めてなかった…。ハゲてるんですけど。ただ、結果、賞をもらって、自分が認める前に、世間にハゲ込みで認めていただいた。そういう事実と向き合うことで、ハゲとの向き合い方も変わりました。簡単に言えば、オイシイということなんですけど、昔はなかなかオイシイとは思えなかった。不思議とね、そういう時は良縁とは巡り合えなかったんですよね。
「こう見られたい」「こんな役がしたい」という自分発信の見方しか許さないというか、自分からの“大本営発表”しかさせないというか。僕はね、困った独裁国家みたいなところがあったんですよ(笑)。ところが「苦役列車」は逆の流れで、自分からは絶対に手を挙げない部分で役をいただき、それが認めてもらうきっかけになった。僕の中では大きなカルチャーショックだったんです。
なので、僕にとって新たな扉を開けてくれるキーワードは“恥ずかしさ”になってるんだなと。そこを越えた時、新たな出会いがあるんです。
ホンモノが生き残る
少し話が変わりますけど、今、開けてみたい扉というか、純粋に心を揺さぶられるということで言うと、注目をしている歌手の方がいまして。それが島津亜矢さん。去年のNHK「紅白歌合戦」で見て驚きました。「この世に、こんなに歌が上手い人がいるのか!?」と。
僕ね、今の世の中は“身体的に優れているモノしか残っていけない時代”だと思っているんです。ある意味の原点回帰。“直に”“直接”という部分がどんどん薄れていくネットの時代。そして、マーケティングも細分化され、混迷の時代にもなっている。そういう時こそ、規格外で、シンプルに誰もが「スゲェ!!」と思える怪物を見たがっているんだと。
それで言うと、亜矢さんは声が、ノドが規格外ですから。完全に“ノドのシルクドソレイユ”ですよ。フィジカルのすごさがあります。「一番歌がうまいのは、オレか、美空ひばりだな」と言ってはばからない松山千春さんですら、「島津亜矢はすごい!!」と言うくらいですからね。歌謡界の大谷翔平ですよ。モノが違います。
いつの世も、そして、洋の東西を問わず、残るのはやっぱりそういう人なんですよね。ホンモノは伝わりますから。この前、知り合いの黒人が知識ゼロでいきなり長渕剛さんを見たんですけど、すぐに「Cool!!」って言いながら、正拳突きをしてましたもん。そういうことなんですよ。やっぱり、篠原信一さんが出てきたら、目がいくじゃないですか。文明が行くところまで行き着いたがゆえに、逆に、プリミティブ(原始的)なパワーを求めているんだろうなと。
あとね、今回、アルバム『矛と盾』を出したんですけど、これは僕がボーカルのビジュアル系バンド「Fly or Die」として出したCDなんです。ビジュアル系という間口の狭いところから始まりながら、それをマキタスポーツが真剣にやることで、滑稽さや本気度も合わさって、結果、たくさんの人の耳に届きやしないかと。ちょっと入り組んだ言い方をすると“最大多数の最大幸福”というのがテーマにもなっているんです。「そんな、ムシのいい話、あるわけないだろ。みんなが楽しめるなんてきれいごとじゃないか」と言ってしまったら、そこでおしまい。その向こう側を目指すのが必要なんじゃないかなと。だから『矛と盾』というタイトルにしたんです。
ま、僕もおっさんで、さらにはヘルニアですけど、恥を完全に取っ払って、聴いていただいた方を感動させるべく本気でやりきってます。ヘルニアの腰を酷使して、体を半分に折りたたむような激しいヘッドバンキング(首振り)もやってますし。そのプリミティブな僕なりのフィジカルの叫び、是非とも感じてもらいたいです(笑)。
■マキタスポーツ
1970年1月25日生まれ。山梨県出身。本名は槙田雄司(まきた・ゆうじ)。国士舘大学卒業後、サラリーマンを経て28歳でデビューする。オフィス北野所属。芸人からキャリアをスタートさせ、俳優、そして、アーティストとしても才能を開花させる。映画「苦役列車」ではブルーリボン賞新人賞、東京スポーツ映画大賞新人賞を受賞した。ボーカルを務めるビジュアル系バンド「Fly or Die」として出したアルバム『矛と盾』を1月20日にリリースした。