ヘイトクライム自作自演したハリウッドスターに有罪判決
そのヘイトクライムは本当にあったのか、それとも自作自演なのか。およそ3年アメリカを振り回した事件に、ようやく結論が出た。白人男性から暴力を受けたと警察に通報したハリウッド俳優ジャシー・スモレット(39)に、有罪判決が言い渡されたのである。
事件が起きたのは、2019年1月末。テレビドラマ「Empire 成功の代償」の撮影でシカゴに滞在していたスモレットは、早朝、現地の警察を訪れ、ふたり組の男から暴行を受けたと通報した。犯人は白人で、トランプ支持者を示す帽子をかぶっていたとのこと。スモレットの首をロープで縛ったり、漂白剤をかけたりする間、男たちは、黒人差別、ゲイ差別の発言をし、「ここはMAGA(Make America Great Again)の国だ」とも言ったという。その発言は、ちょうど携帯でつながっていたスモレットのエージェントも聞いていると、彼は警察に述べた。
トランプ政権下で大手を振って人種差別、ゲイ差別の発言をする人が増えたと懸念されていた中で起きたこの事件に、人々は大きな衝撃を受けた。スモレットはゲイであることをオープンにしていることから、LGBT団体「GLAAD」は、すぐに彼を支持する声明を発表。黒人の団体「NAACP」も、トランプの人種差別的アプローチを非難する声明を出した。
そんな辛いことがあったばかりだというのに、スモレットがその週末、予定通りにロサンゼルスでライブに出演すると、彼への支持はさらに高まる。舞台に上がった彼は、観客に向け、「僕は、今日ここに来ないといけなかったんだ。でないと、あいつらを勝たせることになってしまうから」と、差別に負けない姿勢を見せ、観客の拍手を受けた。決して誰もが知っている俳優とは言えなかったスモレットは、この数日間でたちまち知名度を上げることになったのだ。
警察が挙げた容疑者は黒人で、スモレットの友達
しかし、捜査が進むうちに、警察は疑問を覚えるようになる。たとえば、スモレットに携帯電話を提出するように要請すると彼は渋ったし、ようやく手渡されると、通話記録が削除されていたのだ。これで、「ここはMAGAの国だ」と犯人が言うのをエージェントが聞いているというのが本当かどうかもわからなくなってしまった。そして、さらに調べ続けた結果、警察が挙げた容疑者は、なんと黒人の兄弟だったのである。しかも彼らはスモレットのパーソナルトレーナー。「Empire〜」にもちらっと出演したことがあるなど、かなり親しい関係にある人たちだったのだ。
兄弟は、スモレットに頼まれて、やらせの襲撃を行ったと警察に告白。兄弟の携帯にもスモレットとの通話記録があり、警察はスモレットを虚偽の被害届を出した容疑で逮捕した。兄弟は、捜査に全面協力することと引き換えに、釈放されている。
これを受けて、スモレットに対する人々の態度は一変。ロサンゼルスの街中には、彼をばかにする風刺ポスターが出回ったりした。もちろん、シカゴの警察、検察も激怒。スモレットは起訴されたが、意外にも取り下げられ、人々を驚かせることに。理由は「シカゴにはもっと危険な犯罪があり、そちらを重視する必要がある」というもので、多くの人は納得のいかないものを感じた。しかし、その後、別の検察官が担当となり、事件から1年が経った昨年2月、スモレットは再び起訴される。その後パンデミックが起こって、今、ようやく判決が出たというわけだ。
検察側は、スモレットのもとに誰かからヘイトに満ちた手紙が届いたが、「Empire〜」のプロデューサーが何の行動も起こしてくれなかったことに不満を持ったことを動機に挙げている。また、検察は、スモレットが兄弟に詳細にわたる計画を指示したとも語った。あざが残るくらいに殴ってほしいが、ケガはさせないでくれとも頼んだとのことだ。検察側は、最終弁論で、「ミスター・スモレットは、この事件の解決を望んでいませんでした。ヘイトクライムだと通報して、マスコミに騒がれたかったのです。彼は、兄弟が逮捕されないようにと願っていました」と述べている。
ソーシャルメディアにはさまざまな意見が
この裁判の陪審員12人は、9時間かけて話し合い、6つの容疑のうち5つで有罪との結論を出した。刑期は最大で3年。だが、前科がないこともあり、保護観察処分で済む可能性もあるようだ。これとは別に、スモレットは、シカゴ市から、虚偽の事件の捜査に多額のお金が費やされたとして、民事訴訟されている。刑事裁判で有罪判決が出たことで、こちらでも彼が負ける気配が濃厚となった。
判決を受けて、ソーシャルメディアにはさまざまなコメントが飛び交っている。「よかった」「なぜこんなに長くかかったのか」と解決を祝福する声もあれば、人種平等を訴える抗議運動に参加している人たちを銃で撃った白人青年カイル・リットンハウスが先月無罪判決を受けたことと比較し、「また白人至上主義が勝った」「カイル・リットンハウスより長い懲役を受けるとは」など、ここにも人種差別があると示唆する声もある。「もっと有名になりたいんだったら、こんなことをせずにエージェントを変えればよかったのに」「これでキャリアが終わってしまった。自分でやった行動のせいで」と、そもそもなぜあんなばかなことをやったのかと疑うコメントも多数。しかし、中には、「私たちは誰も間違いをおかすことがある。でも、私たちは新しい道を見つけることもできる。応援しています」という、優しい言葉も見受けられた。
これらの違ったコメントが示すように、スモレットが起こした事件は、なんとも煮え切らない、複雑なものを残したといえる。判決が出たとはいっても、決してすっきりはしていない。起こらなくてよかったこの事件は、どうして起きてしまったのか。いつか新しい道を見つけた彼が、自分の言葉ですべてについて語ってくれることはあるのだろうか。