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英国のクリスマス(1) 心をほっくりさせる「パントマイム」とは

小林恭子ジャーナリスト
パントマイム「白雪姫」を紹介するウェブサイト

12月に入り、英国はいよいよ、クリスマスシーズンに入った。

2日はイエス・キリストの降誕を待ち望む期間「アドベント」(「キリストの到来」という意味)の初日。人口の約70%がキリスト教徒となる英国では、25日のクリスマス当日まで、独自の慣習や行事が目白押しとなる。1年の中で、最も忙しい時期とも言える。

独特の雰囲気を出すこの時期の英国の様子を、トピックを選びながら、紹介して見たい。

今回は、あちこちの劇場で上演中のパントマイムを取り上げて見る。

パントマイムといえば、無言でのパフォーマンス、例えばマルセル・マルソーを思い起こす人も多いだろう。

しかし、ここ英国でこの時期にパントマイムといえば、「パント」、つまりは観客とのかけあいが楽しいコメディー劇のことを指す。「シンデレラ」、「ピーターパン」、「眠れる森の美女」、「白雪姫」、「アラジンと不思議なランプ」など、童話を題材にしたものが多い。

家族で一緒に観るのが基本で、劇場に行くと、子供たちの姿がよく目に付く。子供も大人も、既に物語は知っているものばかり。自分が子供時代に見たパントをまた見るために、親あるいは祖父母が子供や孫を連れてやってくる。

パントを演じる俳優たちは、若い(演技がうまくなくてもかまわない)主人公に加え、ジョークを担当する脇役、そして、必ず「悪役」が出る。実は見所はこの悪役なのだ。

例えば、「シンデレラ」だったら、シンデレラを女中のように扱う、2人のお姉さんたち。演じるのはベテランの男優たち。男性が女性の役をするところにすでに可笑しさがあるが、奇妙奇天烈な格好で観客を驚かす。ド派手なドレスと、大げさなメークで舞台に現れるだけで、笑いを誘う。

そして、パントの醍醐味は、観客との掛け合いだ。「私以上にきれいな人はこの世にはいないわ」とお姉さんたちが言えば、「違うぞ!」と観客席の子供たちがかなきり声を出して否定する。シンデレラが落としたガラスの靴を履こうとするお姉さんに「だめー!」と叫ぶ観客たち。舞台と会場が一体化する瞬間だ。

最後のフィナーレの前には、聴衆席から選ばれた子供たち数人が舞台に上がる。おとぼけ役の名わき役と丁々発止の会話をした後、子供たちはお土産をもらって、舞台を降りる。

最後、登場人物全員が次々と舞台に出てくる。観客との「共同作業」のクライマックスだ。手拍子を取ったり、好きな俳優が出てきたら、声援を送ったりー。手と声が心地よく疲れるのがパントだ。

おとぼけ役や憎まれ役に、映画やテレビの著名俳優が出ることも珍しくない。クリスマス時に、いかに馬鹿げた役をやるかで競う感じもある。

クリスマスとえば、家族がキーワード。パントは家族みんなが楽しめる、英国のクリスマスの風物詩だ。

英国にもしいらしたら、ぜひ行ってみることをお勧めしたい。1年のつらいこと、悲しいことを一瞬でも忘れさせてくれ、少々ひねくれかかった心を解きほぐしてくれそうだ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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