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「スパイ」と「拷問」で300人逮捕、金正恩式「恐怖政治」の現在

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏と治安機関の幹部たち

北朝鮮の秘密警察「国家安全保衛部(以下:保衛部)」がスパイ事件に関与した疑いで300人の住民を逮捕したとのニュースが伝わってきた。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、保衛部は「送金ブローカー」を取り締まる名目で大々的な摘発を行っているという。

粛正・処刑の裏で暗躍する秘密警察

保衛部は、金正恩式「恐怖政治」の実行部隊だ。2012年には叔父で事実上のナンバー2だった張成沢氏、そして2015年には、国防大臣にあたる玄永哲人民武力部長を粛清し、処刑に追いやってきた。高級幹部だけでなく、一般国民の処刑にも深く関わっている。

(参考記事:「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」…残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認

北朝鮮国民に対する保衛部の影響力は絶大で、法的手続きなしで逮捕でき、政治犯収容所に入れたり、死刑にしたりできるなど強力な権限を持つ。金正恩独裁体制を維持する「背骨」のような機関と言っても過言ではない。

その保衛部が、今なぜ300人もの住民を逮捕するほどの大がかりな捜査を行っているのだろうか。

送金ブローカーとは、主に韓国在住の脱北者が北朝鮮に残した家族へ送るお金を仲介する。もちろん、送金過程では手数料や内通した当局者へのワイロ分などが中抜きされるわけだが、その額は決して少なくない。今では単なる仕送りのレベルを越えて、北朝鮮経済を支える資金源になっているとの報告もある。

(参考記事:脱北者の送金が支える北朝鮮経済

保衛部は先月、なんからのトラブルのために脱北し韓国へ行った元送金ブローカーの女性の家を捜索。送金履歴に関する書類を発見し、それを理由に捜査を拡大しているという。捜査の過程では、拷問も行われているとのことだ。

(参考記事:北朝鮮「核の暴走」の裏に拷問・強姦・公開処刑

しかし、こうした捜査の容疑に対して「ねつ造ではないか」と指摘する内部の声もある。そもそも、送金ブローカーは極めて慎重に行動し、普段は決して目につかない。ましてや、送金に関する書類のような「足がつく証拠などを残すはずはない」と指摘する北朝鮮住民もいる。

そのうえで、このニュースを報じたRFAは、「国家安全保衛部は、他の組織をつぶすために、送金ブローカー事件をでっちあげているのかもしれない」と推測している。しかし「他の組織」というのが、送金利権に絡んだ国家機関を指すのか、それともブローカー集団なのかは明確に述べていない。さらに、韓国の脱北者と関係のある住民に対する警告の意味合いがあるのかもしれない、ともしている。

いずれにせよ、金正恩氏は「恐怖政治」を継続している可能性が高いということだ。

(参考記事:北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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