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「軍事的価値はゼロ」金正恩が作る”南北の壁” 米専門家が指摘

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
軍事境界線付近で道路の補強作業を行う北朝鮮軍(韓国軍合同参謀本部提供)

北朝鮮が今年の春以降、韓国との非武装地帯(DMZ)にある南北軍事境界線付近で、障壁の造築や地雷埋設とみられる作業を活発化させている。

韓国軍当局は15日、北朝鮮がDMZの東部と西部、中部戦線一帯に多数の兵力を投入し、障壁の構築を行っていると状況を把握したと明らかにした。障壁は長いもので数百メートルに及ぶが、韓国軍当局は、北朝鮮がドイツの「ベルリンの壁」のように南と北を分ける長い壁を建てようとしているのか、単に一部の地点に対戦車用の警戒施設を作っているのか、さらなる分析が必要だと説明した。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)はこれについて、米国の軍事専門家の見方を伝えている。

かつて在韓米軍特殊作戦司令部に所属した、アジア太平洋戦略センター(CAPS)のデービッド・マクスウェル副代表はRFAに対し、衛星写真だけで詳細を判断するのは難しいとしながらも、「この障壁に、軍事的価値はないとみられる」と述べている。

「これらの壁は軍事的に何の実効性もないようです。もし、北朝鮮の先制攻撃を受けて韓国とアメリカが反撃をすることになれば、まず戦術的優位を確保し、反撃する最適の経路を探すだろう。この場合、米韓は壁を迂回したり、壁を突き破らなくても移動できる地形を探したりする。仮に他に方法がなく、この壁を越えて前進しなければならないとしても、工兵が爆発物を使って簡単に破壊し、穴を開けて通過することができる」(マクスウェル氏)

同氏はまた、この壁は金正恩総書記が北朝鮮国民に対して、韓国とアメリカからの脅威に対抗して防御措置を取っているという「偽りの脅威」を演出するためのものである可能性も指摘している。

北朝鮮側の一連の作業では、地雷が爆発して多数の死傷者が発生しているもようだ。

(参考記事:【画像】「炎に包まれる兵士」北朝鮮 、ICBM発射で死亡事故か…米メディア報道

障壁構築の真の目的が何であるかは不明だが、これが何らかの軍事的効果を発揮するとは思えない。たしかに、ウクライナ戦争では地雷が兵士たちを苦しめているようだが、北朝鮮が対峙しているのはロシア軍でもウクライナ軍でもなく、米韓連合軍なのである。

あるいは、韓国を「敵国」として改めて規定した金正恩総書記が、「思いつき」や「ノリ」で構築を命じたということも大いにあり得る。そして、そこで犠牲になる兵士たちの貴重な命は、まったく顧みられることはないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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