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英新聞メディアの報道規制はどうなる? その(2) 複数案が錯綜し、結論は6月以降に

小林恭子ジャーナリスト
(レベソン報告書をテーマにした、英インディペンデント紙のウェブサイト)

前回、英国の新聞メディアを規制する新たな枠組み作りへの動きと、そのたたき台となる「レベソン委員会」による報告書(昨年末発表)の内容を紹介した。

レベソン委員会とは新聞の文化、慣習、倫理を検証する独立調査委員会のことで、大衆紙での電話盗聴事件の反省を受けて、2011年夏、キャメロン首相が立ち上げたものだ。

報告書は具体的な自主規制組織のひな型を提示した。そこで、これを受け入れるのか、受け入れないのかが議論の焦点となった。「何もしない」では済まされない。数ヶ月にわたる委員会の公聴会で、さまざまな報道被害にあった人が出てきて、証言を行ったからだ。新聞界は行動を起こさざるを得なくなった。

今回は、現在までの動きを伝えたい。このエントリーの一部は、月刊誌「新聞研究」4月号掲載の筆者原稿に補足したものである。

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報告書は報道被害を防ぐため、法に基づく自主規制・監督機関の発足を提唱したが、法的規制への反対論、慎重論が新聞界のみならず、政界やその他言論界で根強く、与野党の基本合意到達までには時間がかかった。

連立政権を担う与党・保守党は法令化による設置に反対し、同じく与党の自由民主党と野党・労働党は法令化を支持してきた。

最終的に王立憲章に基づく設置案で3党が基本合意したのは今年3月18日。もしこの案が成立に向けて動く場合、関連法案(犯罪と裁判所法、企業と規制改革法)が修正される見込みだ。

新規制組織は新たな法律の立法化にはよらず、以下の形をとる。

―国王の勅許(王立憲章)によって設置される

―訂正や謝罪記事の掲載を命じたり、報道倫理に反した場合は最大で100万ポンド(約1億4千万円)の罰金を新聞社に科す権限を持つ

―新たな倫理綱領を設定し、人事や運営資金の面で新聞界からも政界からも独立している

―報道の被害者には無料で利用できる裁定サービスを提供する

―政治家からの干渉を生じさせないため、下院議員の三分の二以上の支持を得ないと、この王立憲章を変更できない。

新たな法律の立法化がないことで、これをレベソン報告書の「法律に基づく設置」を拒絶したと見る保守党は3党による基本合意を同党の勝利としたが、自民党と労働党は関連法の修正と言う形ではありながらも、「法律に基づく設置が実現した」として、両党の主張が成果をもたらしたと表明した。政治問題化してしまったわけである。

新聞界では、新聞社が加盟する英報道苦情委員会(Press Complaints Commission=PCC)の委員長ハント卿が中止となって、報告書発表前から、報道に関する問題を調査し倫理綱領の違反者には罰金を課すという新たな権限が備わる組織の設立に向けて、話し合いを続けられてきた。しかし、報告書は「独立性に欠けている」として、ハント案を却下した。(余談だが、英新聞界の規制の話でPCCをほめているような記事を見たら、眉唾である。業界と近すぎる組織として英国では認知されているからだ。)

―「法律に基づく設置」で意見割れる

英イングランド地方(人口の5分の4を占める地域)で印刷物の出版に事前検閲を課した印刷免許法が失効したのは、17世紀末だ。新聞言論を法律で規制するという考え自体が、英国ではなじみが薄い。

このため、新規制機関の「法律に基づく設置」については意見が大きく割れた。

キャメロン首相は、報告書の発表日(昨年11月29日)、国会で、法律を制定して立ち上げるのは、「ルビコン川を渡る」ほどの大きな動きになる、と発言。法令化は「将来、政治家が新聞界に規制を課する危険性が出る」として、反対の姿勢を見せた。

翌30日、全国紙の大多数が報告書の記事をキャメロン首相の写真付きで1面のトップに掲載した。一風変わった紙面を作ったのが左派系高級紙インディペンデントだ(上の写真)。

英国名物の魚のフライとポテトチップス(=フィッシュ・アンド・チップス)がレベソン報告書の表紙に包まれた写真を掲載。見出しは「明日はフィッシュ・アンド・チップスになる」(ごみになる、の意味)。その理由は、「1年以上、500万ポンドをかけてできた2000ページの報告書が、公開から数時間でキャメロン首相に報告書の主要部分、つまり規制の法令化を拒絶されたからだ」という。

同紙編集長は社説の隣の記事で、「新聞ジャーナリズムは(レベソン委員長の専門となる)法律のように厳格な職業」ではなく、「直接性、即時性という性質を持つ」営みだと指摘した。

右派系大衆紙「デイリー・メール」はレベソン報告書をトップ記事にしなかった。「キャメロンが自由のために戦う」と題された社説では、「国会や特殊法人が入ってくれば、17世紀末以来、国家の干渉からの報道の自由が危うくなること」をレベソン委員長は理解できないようだ、と書いた。

その後、規制組織設置への交渉は長引いた。報道被害者団体「ハックトオフ」が今年念頭にに報告書の提案を立法化するための試案を公表し、2月には、保守党が王立憲章案を提案した。報道被害者側や自民党、労働党はあくまでも「新たな法令化による設置」を主張したが、最後には妥協した。

与野党が基本合意案に達した翌日(3月19日)付の各紙社説を見ると、これまで法令化を支持してきたフィナンシャル・タイムズ紙は「ページをめくる -自主規制は死んだ、さあ、英国の新聞が適応しなければならない」とする見出しをつけた。新たな規制組織が真に新聞界から独立していることが重要とし、機能させるのは「新聞界の責任だ」と主張した。

同じく支持派のガーディアン紙は、社説で、妥協案が現実化されるかどうかは「保証されていない」と書く。新組織に参加しない大手新聞があり、組織の外の印刷メディアに対する損害賠償額が大きくなることを懸念する。

法令化に反対のサン紙は、「成り行きを見守ろう」とする社説を出した。真っ向から基本合意に反対の姿勢を出してはいないが、インターネットのメディアがどう規制されるのかが不明、政府の意向で報道内容が変更され得る、国家による監視社会が実現すると指摘し、「報道の自由を維持すると確約したキャメロン首相には失望した」と結論付けた。

法令化反対派のテレグラフは、17世紀末の印刷免許法の失効以来、自主規制のままであった新聞や雑誌の運営に「国家を関与させる方策」を国会が決定した、と書いた。

同じく3月19日、3つの大手新聞社アソシエーテッド・ニューズペーパーズ社(デイリー・メールなどを発行)、ニューズ・インターナショナル社(サン、タイムズ他)、テレグラフ・メディア・グループ社(テレグラフ他)、ノーザン&シェル社(デイリー・スター他)は声明文を発表し、最終交渉の場に新聞社の代表が参加していなかったこと、基本合意案には新聞業界内で未解決の重要な論点が含まれていることなどを指摘し、新組織に参加するかどうかについて、法律上の助言を受けていることを明らかにした。

フィナンシャル・タイムズのライオネル・バーバー編集長は同日、BBCラジオ4の番組に出演し、最終決定の場に報道被害者団体の関係者が出席した一方で、新聞界からは誰も参加していなかったこと、業界内でまとまりつつあった自主規制機関の設置交渉が事実上棚上げになったことに不満を漏らした。「この規制組織に参加するかどうかは決め兼ねている」。

地方紙を代表する新聞協会は、基本合意が地方紙業界に「大きな負担となる」と指摘。「組織に入らない新聞への罰金や裁定サービスが実行され場合に苦情が殺到することへの懸念」を表明した。

―新聞界の大部分が参加して、新たな設置案を提示

世論調査のいくつかでは、多くの国民が「法令化による報道規制」を支持した。報道被害者団体「ハックトオフ」は法令化による規制を望んだものの、最終的には主要与野党が合意した「王立憲章による設置案」を支持した。

今月中旬から、この設置案を王立憲章として認めるかどうかについて、諮問機関・枢密院が議論を開始することになっていたが、4月末、新聞各社が新たな王立憲章による設置案を提示。

これを受けて、枢密院は23日まで、与野党合意案と新聞社による案について、国民から意見を募集する。その結果を見ながら、どちらの案を推奨するかを6月以降に決めることになっている。

新聞社らによる設置案では、国会議員の関与をできうる限り減らし、新聞社側の人員が新・自主規制機関でもっと重要な位置につけるようにする。また、新聞報道への苦情を集団で行う手続きを複雑化し、新聞社が苦情攻めにならないようにする。

メディアのシンクタンク「エンダース・アナリシス」のクレア・エンダース氏は、新聞社案は「レベソンの提言からさらに遠くなった」と述べている。

地方新聞の団体である「ニューズペーパー・ソサエティー」や新聞発行者協会などによって提出されたが、11の全国紙の中で、左派系ガーディアンとインディペンデントは賛同していないという(BBC報道)。

どちらの案が実現するのか、現時点では不明だが、PCCは「新聞社に近すぎる」と批判されてきた過去がある。さて、報道の自由を維持しながらも、報道被害を防ぐ自主規制機関の設置が実現できるだろうか。

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参考

Q&A: Press regulation

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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