Yahoo!ニュース

「ビッグ」の主役はロバート・デ・ニーロのはずだった。公開から35年、意外な裏話

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ビッグ」の名場面(20th Century Fox)

 35年前の今月、ハリウッドの歴史を変える出来事が起きた。史上初めて、女性監督の映画が1億ドル以上を売り上げたのである。

 その女性はペニー・マーシャル、作品は「ビッグ」。女優出身のマーシャルは、その2年前に「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」で監督デビューしたばかりで、これは2本目の監督作だった。脚本を執筆したのは、後に「シービスケット」「ハンガー・ゲーム」などを監督することになるゲイリー・ロスと、スティーブン・スピルバーグの妹アン・スピルバーグ。プロデューサーはジェームズ・L・ブルックス。

 映画は、気になる女の子に相手にしてもらいたい12歳の少年ジョシュ・バスキンが「大きくなりたい」と願いを口にしたところ、本当に大人になってしまうというファンタジーコメディ。心は12歳のまま、トランポリンやキーボードのおもちゃで遊ぶジョシュを演じたトム・ハンクスは、この役でキャリア初のオスカー候補入りを果たした。

(Amazon.com)
(Amazon.com)

 無邪気さが要されるこの役に、公開当時32歳だったハンクスは、まさにぴったりだ。しかし、意外にも、ハンクスは決してこの役の第1候補ではなかった。ブルックスは、最初、当時46歳だったハリソン・フォードをイメージしていたのである。監督にはスティーブン・スピルバーグを雇い、「インディ・ジョーンズ」のコンビを復活させることを願うも、結局ふたりから断られることに。しかしフォードから脚本を見せられたマネージャーはこれを気に入り、やはり自分がマネジメントを担当するマーシャルに勧めた。

 そうして監督に決まったマーシャルが主演に考えたのは、4年前、ロン・ハワード監督の「スプラッシュ」で注目されて以来、コンスタントに映画に出演してきているハンクスだった。しかし、同じ頃、似たコンセプトを持つ「ハモンド家の秘密」と「バイス・バーサ/ボクとパパの大逆転」が進められていたこともあり、ハンクス からも、次に声をかけたケビン・コスナー、デニス・クエイドからも断られてしまう。そこでマーシャルは、主人公のキャラクターに違ったアプローチをすることでほかと差別化をしようと、ロバート・デ・ニーロに話を持っていった。

 ちょうど商業的な映画に出たいと思っていたところだったデ・ニーロは、出演を承諾。しかし、20世紀フォックスのCEO、バリー・ディラーはウォーレン・ベイティを希望してきた。結局、ベイティには断られたのだが、そのことを知ったデ・ニーロはショックを受ける。さらに、デ・ニーロは600万ドルのギャラを希望していたのに、フォックスはその半分の300万ドルしか払わないと言われたのだ。

 マーシャルは自分のギャラもあげるからとデ・ニーロにオファーしたが、デ・ニーロは満足せず、降板。そうやってまた振り出しに戻るも、デ・ニーロがやりたがった役とあって、今度はハンクスも興味を示してきた。最初に希望したハンクスか、あるいはジェフ・ブリッジスかとマーシャルは迷ったが、直感に従った結果、ハンクスに。とは言え、「ハモンド家の秘密」「バイス・バーサ〜」の後ということもあって、ビデオスルーになるのではないかと、ハンクスは相手役のエリザベス・パーキンスと話していたという。ハンクスも、ここまでのヒットは期待していなかったのだ。

マーシャルと撮影監督のソネンフェルドが現場で衝突

 心が子供のキャラクターを正しく演じてもらうために、マーシャルは、12歳のジョシュを演じるデビッド・モスコーにハンクスのシーンを演じさせ、ビデオ録りして、ハンクスに見せた。また、ハンクスは現場で即興をたっぷりとやった。ジョシュがバスルームで初めて大人になった自分の姿を見て驚くシーンから会社のパーティのシーンまで、ハンクスの即興は完成作にたくさん使われている。

 だが、現場ではトラブルもあった。バリー・ソネンフェルドとマーシャルの仲が最悪だったのだ。後に「アダムス・ファミリー」「メン・イン・ブラック」「ゲット・ショーティ」などを監督することになるソネンフェルドは、ジョエル・コーエンの「ブラッド・シンプル」、「赤ちゃん泥棒」などを経て、「ビッグ」の撮影監督に雇われた。マーシャルはソネンフェルドに面と向かって「週末にあなたをクビにしようとしたんだけど、させてもらえなかったわ」と言ったこともある。マーシャルのマネージャーは、監督と撮影監督があんなに衝突するのを見たのは初めてだったと述べている。

 そもそもソネンフェルドはマーシャルに選ばれてやってきたわけではなかった。マーシャルは「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の撮影監督を使いたかったのだが、プロデューサーのボブ・グリーンハットがこの映画の舞台であるニューヨークに住むソネンフェルドを希望したのだ。「ビッグ」は、マーシャルとソネンフェルドが組んだ最初で最後の映画である。ソネンフェルドは、このすぐ後に、「恋人たちの予感」と「ミザリー」で、マーシャルの元夫であるロブ・ライナーと組んだ。ライナーが次の妻と知り合ったのも、ソネンフェルドの紹介のおかげだ。

マーシャルとハンクスが組んだ次の映画も大ヒット

 一方、マーシャルは、「ビッグ」で良い仕事をしてくれたハンクスと、4年後にまた「プリティ・リーグ」で組むことになった。第二次大戦中に活躍した女性の野球選手たちを描く、実話にもとづく心温まる映画だ。この映画のジミー・ドゥーガン役は、最初、ハンクスではなく、ジム・べルーシに決まっていた。だが、野球好きのハンクスがぜひこの役をやりたいと言い、見事、獲得したのだ。

「プリティ・リーグ」のトム・ハンクス(Columbia Pictures)
「プリティ・リーグ」のトム・ハンクス(Columbia Pictures)

 この映画の興行成績もまた1億ドルを超えたばかりか、「フィールド・オブ・ドリームス」(8,400万ドル)、「さよならゲーム」(5,000万ドル)、「メジャーリーグ」(4,900万ドル)を抜いて、野球映画で最高のヒットとなった。女性が監督する女性たちが主人公の野球映画がこのジャンルでトップを獲得するなど、男性優位のハリウッドで誰も思わなかったこと。何がうまくいくのかなんて、所詮、誰にもわからないのだ。ペニー・マーシャルの代表作2本は、そんなハリウッドの現実をあらためて思い出させてくれる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事