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若宮正子さん 人生100年時代、ゆっくりやればいい

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
「アプリ開発者」「TED出演」「国連演説」、若宮正子さんの素顔(写真:筆者撮影)

若宮正子さんは日本で最も有名な83歳かもしれない。彼女に紐づけられた言葉は華々しい。「エクセルアート」「アプリ開発者」「TED出演」「国連演説」。昨年、アップル社 ティム・クックCEOとの対談はメディアで大きく取り上げられた。

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若宮さんの華々しい活躍を見聞きするなかで、若宮さんと親交のある方々の誰もが人柄のすばらしさをほめたたえる。そこで非常に興味を抱いたのが、ほめ言葉に一言添えられる「私はマーチャン(若宮さんの愛称)の〇〇を手伝ったんですよ」というコメントだ。

アプリ開発をする。国連で演説をする。高齢社会の希望の星のように取り上げられる友人若宮さんを誇るとき、笑顔とともに、彼女とのエピソードに自分がどのようなかかわりを持ったのかを誰もが話す。傍からは、何でもこなしてしまうスキルを持ち、新たな領域を自らの力で切り開いていく女性に見える。だからこそ、実際に若宮さんにお話を伺い、なかなかメディアでは取り上げられない人間像を知りたいと思った。

目まぐるしく変化する社会、孤立や孤独が取りざたされるなか、ひとに囲まれ、ひとに愛される若宮さんの生き方が、社会から孤立し、将来の不安を抱えて一歩が踏み出しづらい若者にとって、すべてのひとにとって、そして私自身にとってもきっと大きな学びがあるのだろうと期待して。

国連での演説がメディアを通じて取り上げられている一方、私(工藤)のSNSには若宮さんと友人が楽しそうに準備している様子が伺えました。

今回、国連からお話をいただいたとき、行こうとは思いました。ただ、ひとりではどうだろうかと思ったんです。ちょうどニューヨークが大寒波の猛吹雪で、交通機関も止まってしまったりしていてとても心細かったんです。

そんな環境に向かうことなんてなかったですし。そのとき家族でもない友人たちが助けてくれました。有給休暇を取って、自腹で一緒に来てくれた方。空港に迎えに来てくださった方、モバイル機器を貸してくださった方、サンフランシスコから当日飛んできてくださった方もいました。大きな善意も小さな善意もSNSという情報の糸で紡いで、ひとつになって応援していただきました。

それは秘書のような方にフルタイムでついていただくよりも実りが大きかったです。原稿の英訳や発音練習にギリギリまで付き合ってくださったり、当日の国連へのお土産にと手縫いの人形をくださった友人もいました。万能のひとがひとりいてくださるより、それぞれのところで、たくさんひとが助けてくださったことに感動しました。

現地の移動はUber(ウーバー)を使いました。友人が教えてくださったのです。日本語でできるんですね。スマホに日本語で国連と書いたら伝わりました。請求書も日本語でした。すごいなと。

ただ、運転手が目的地になかなかたどり着けないんですね。ぐるぐる同じようなところを回っていて。そうしたら一緒にいた友人がスマホで確認しながら運転手に指示をしてくださいました。降車のとき、運転手さんが「ごめんね」と飴をくれて、それでごまかされました(笑)

国連への手続きがうまくできなくて夜中にスカイプで相談したり、デジタルフル活用でやるべきことをこなしていきましたが、複雑な手続きもひとつひとつクリアしていなかいといけなくて、それもみなさんにすごく助けていただきました。

誰かに「頼る」というのは意外と難しくはないでしょうか。

割と昔から周囲と感覚の違いはあったかもしれません。海外旅行もひとりでよく行ってました。パックだと自分で行きたいところに行けるとは限りませんし、誰かと行くと自分がどうしてもいきたいところに行けないかもしれない。限られた時間とお金がもったいないじゃないですか。私は面白そうなところだったらどこでも行ってしまうひとなんでしょうね。

たくさんメディアで紹介いただき、「プログラミングやるなんてすごい」とか「どうしてそんなに勇気があるんですか」と聞かれるようになりました。私にとっては全然勇気なんか。スキューバーダイビングは怖いですけど、プログラミングはパソコンがあればできるし、必要なものはだいたい無料でダウンロードできます。誰も死なないし、おまわりさんにつかまっちゃうこともありません。誰かに迷惑をかけることもないのに。やってみて難しかったらやめればいいのにって。

その感覚がちょっとおかしいのかしら。いまもプログラミンをしていますが、わからないとわかりそうなひとに聞いてます。ご厚意に甘えてしまうタイプなんです。

個人が遠慮なく他者に頼るっていうのはなかなか難しいかもしれないですね。誰もが頼りやすくなるためには、社会的なシステムが整っているといいと思います。以前、ニュージーランドにいる友人が乳がんになって手術をしました。数日で退院したのですが、当分の間は通院することになって。「車いすなのに大変じゃないか」と思ったのですが、病院の事務のひとが手続きをしてくださって、翌日から毎日時間通りにお迎えが来て、訓練されたボランティアのひとが彼女に苦痛を与えないようケアとサポートをしてくれました。そういうシステムが出来上がっている国だったら、頼ることにびくびくしなくてもよくなるのではないでしょうか。日本にも地域社会でそういうシステムがあったらいいのにな、と思います。

私は頼りないらしいんです(笑)みなさんが見ていられなくて助けてくださいます。助けられているんです。普段から自分が苦手なことを伝えているので、私が助けてほしい部分をみんな知っているんですね。

いまシニアで問題になっているのは独居老人、孤独です。私はご近所の皆さんに挨拶もするし、誰かが長期不在のときには鍵を預かったりします。向こう三軒両隣というか、ときどきおしゃべり会やお食事会をやったりしてます。自分から積極的にかかわっていってます。いまは、メロウ倶楽部やブロードバンドスクール協会などにも所属していて、弟子と称されるひとたちもいます(笑)

助ける、助け合う。頼る、頼られるときに大切にされていることはありますか。

私、ご自宅の鍵を預かるんですね。ある方はアメリカに住んでおられて、アパートの排水管点検とか清掃点検で立ち会えないのが不安だと言うので、私が立ち会うようにしています。そういう関係が数軒あります。それはお互いに信頼関係があるからこそ、鍵を預けるという話になります。信頼がなければ成り立ちません。

国連への同行を相談した方も、メロウ倶楽部を通じていろいろお世話になって10年以上のお付き合いがありました。そういう信頼できる友達が周りにいるのはとても幸せなことだと思います。何人も一緒に来てくださったのも、その方が紹介してくださって、実際によくしていただいて楽しい時間を過ごせました。信頼しているひとがご紹介してくださったひとは無条件で信頼しています。

私がおめでたい性格みたいで、以前、ネットで厳しいご指導を何回も受けました。私はITの常識がない人間ですから、教えてくださるひとがいるのはとてもありがたいなと思っていたんです。そうしたら友人が「マーチャンはよくあのいじめに耐えられたね」って(笑)私は、教えてくれるひとはみんないいひとだと思ってます。全人格的に立派でなくても、例えば、プログラミングでわからないことがあれば、それに精通している方に助けていただきます。教えてくださる方はみんな先生。そういう精神でいるので80歳を過ぎてもプログラミングができるのだと思います。

いまの若者についてどのように感じられますか。

これからAI時代になって、価値観も変わるし、教育も変わっていきます。そういう流れを見ていると、歴史は変わっていて、それを眺めていられるのはすごくよかった。

私が銀行に入ったとき、器用にお札が数えられるひとの価値が高かった。お札を手で数えて、そろばんを正確に使えたひとで、疲れても文句言わないひと。まさにいまのロボットと一致します。つまり、ロボット的なひとが一番高く評価されていました。

そのうちアメリカから電機計算機がきてカタカタと。そろばん一級のひとは青くなりました。私は不器用ですし、お札を数えたり計算したりするのがひとより遅かった。どちらかというとお荷物でした。ところが機械化して、コンピューターが入ってきて、オンライン社会になってくる。そうなるとロボットと同じ資質は歓迎されなくなって、銀行は営業できるひとなどに価値がシフトしていきました。手先が器用かどうかはどうでもよくなったんです。

その頃、業務企画部門に異動になりました。いろいろな仕事をさせていただいたのですが、私が変わったのではなく、周りの景色が、社会が変わったんです。私はちっとも変ってない。そのおかげで管理職の端くれにさせていただいたりして、時代が変わるっているのはそういうことです。

TEDに出たとき、「若宮さんはEXCEL得意なんですか?」と。冗談じゃないですよ(笑) 社内のOA化にあたって、スプレッドシートの講習に出たとき、私だけ試験に落第したくらいです。あいつは口が達者だけど、なんであんな試験に落ちるんだろうねって。いま思えば、それはそれです。どんなに立派な決算書が作れてもTEDには呼ばれないでしょう?EXCELで「うちわ」を作ったから呼ばれたんです。

社会は変わります。いま評価されているひとが評価されなくなるかもしれません。逆もまたあり得ます。会社の勤務方法や評定も変わってくるでしょう。そんな話をPTAでしたことがあるんですが、終わった後に親御さんが来られて「非常によくわかりました。ただ私の息子は大学受験が迫っているので、一流の学校に入って、一流の企業に入ってもらえるようにまずは頑張ります。将来はそれからです」って言われました(笑)

いままでは詰め込み教育で、ガチョウにエサを詰め込んでいたんですね。これからはガチョウが自分で素材を探し、食べられるものかどうか自分で判断し、自分で料理をして食べる、そういう時代です。大変だと思いますが、私は個人的に楽しみですし、面白いと思っています。

人生100年の時代なので、40歳でも折り返し地点に行ってません。ゆっくりやればいいと思いますよ。人生50年なら残り10年という最終楽章かもしれません。いまの時代だったら、まだ3回裏くらいじゃないですか。ただ、そういう気持ちは60歳を過ぎてからちょっとずつわかってきたものです。若いときはなかなか。仕事をしているときは仕事のこと。子育てや介護もありますので、私自身も自分の人生をそれほど考えて生きてきたわけではありません。だから、いまはいまのことをやっていればいいんじゃないでしょうか。

やりたいことが見つからないという若者もいます。

いま、IoTの本を読んでいるのですが、技術よりも技術以外のことが大変だと書いてあります。私の友人は薬を飲んでいますが、服用のタイミングで「パンパカパーン!」って教えてくれるアプリが欲しいんです。それを大学の先生に相談したら、個人的に使うのはいいが、公開するのは、服薬指導は薬剤師さんの仕事になっているので難しい。だからといって薬剤師協会ですぐに作ってくれるわけではないので、なかなか実現しません。汎用的なものを作ろうとするとややこしくなってしまうんです。

これからはmyアプリの時代だなと。いずれプログラミングもAIがやってくれて、こういうアプリがあったらいいなという姿を描いて伝えたら全部やってくれるんじゃないですか。

この間、岐阜に行ったんですね。プログラミングができる学生に対して、盲学校の先生が「ウチの生徒のために何か作って」と。目がまったく見えない子もいれば、弱視の子もいる。そのなかでも、全体がうっすら見える子もいれば、ここは見えてここは見えないという子もいました。そこで一人ひとりに合うようなアプリを作ったところ、先生や親、ご本人がすごく喜んでくれたというお話を聞きました。まったく見えない子のために、スクリーンを指でたどっていくと猫が鳴く、指と音で楽しめるアプリもあって、その子のお母さんが「自分の子どももゲームで遊べるんだ」とすごく喜ばれていたそうです。

コンピューターも電子工学もできるけれど、何も作りたいものがなくてもいいじゃないですか。自分でやりたいことを見つけなくても、誰かのために技術を使えばいいんです。アプリコンテストで、徘徊するおじいちゃんの靴にセンサーを入れて、遠くにいったらわかるようにして、周囲に伝えるアプリを作った子もいました。ひとが徘徊する環境があれば見えてくるものやアイディアがあります。パソコンの前に座り続けていたら気が付かなかったかもしれません。

例えば、目の前に困っているひとがいて、その課題に想像力を働かせる。課題を解決したいということが見つかる。その解決の実行手段としてプログラミングを勉強する。そういうことでいいと思います。

そういう意味で、これからは「人間力」が必要だと思います。AIがさまざまな役割を担っていくなかで重要なのはプログラミングではありません。私はSwiftを勉強していますが、更新のたびに変わっていくんです(笑) ですので暗記に意味はなく、基本的な考え方がわかっていればいい。家族や友人、困っているひとのことを思い遣る、新しい「あったらいいな」を創造する力も人間力のひとつだと思います。

私、プログラミンをしている人間であることを取り上げていただくの、あまり好きではないんです。プログラミングをやっています。それ以外のこともやっています。たまたまなんです、プログラミングは。草野球でおばあちゃんがバットを持って出てきて、打席に立って振る。球がバットにあたってフライとなり、強烈な追い風が吹いてホームランになった、みたいな感じなんです。プログラミングというバットを振っただけで、こういうものがあったらいいなという想像力や思い遣る力そのものが「打席に立つ」ということなんですね。

最後に何か伝えたいことはありますか。

私は高齢者で女性、国連で演説をしました。英語で。私がやったということで、子どもたちにも「このひとがやれるなら私も!」と思ってほしい。そういうところだけ真面目なんです(笑) 英語は下手だけど、自分の言葉で伝えることが大切です。みなさんが世界に情報を発信するとき、「あのマーチャンも堂々と英語でやったんだから」とチャレンジしてみてほしいです。

いま、みんな網をかぶっているように見えるんです。サラリーマンという網があって、目に見えないガラスでできている。母親はこうあるべきだという網。その網を外してしまうとアウトサイダーになってしまう。そうならないよう網のなかでじっとしている感じがします。だから、もう少しガラスの網を脱いだり、網を広げたりして、次の時代に進んでいったほうがいいのではないかと思います。

こうなければならない。こうあらねばならないと考えるのではなく、もう少し自分の網を大きくして、そこに生まれたスペースで余裕を持っていろいろ考えたらいいのではないでしょうか。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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