Yahoo!ニュース

ラグビー漫画『インビンシブル』第5巻発売記念。瀬下猛先生インタビュー

多羅正崇スポーツジャーナリスト
ラグビー漫画『インビンシブル』第5巻。Copyright (C)瀬下猛/講談社

プロリーグを舞台にラグビーの魅力を描いた『インビンシブル』の最終第5巻が、2022年6月22日(水)に発売された。

作者は瀬下猛(せしも・たけし)先生。

新潟県出身の39歳で、中学・高校で野球部に所属。アシスタント等を経て2017年より『ショート黒松』を短期集中連載。

源義経がチンギス・ハーンになるまでを描いた『ハーン ―草と鉄と羊―』(全12巻)などで知られる気鋭の漫画家だ。

そんな瀬下先生が、2021年2月から週刊漫画雑誌『モーニング』(講談社)で連載してきた初のラグビー漫画が『インビンシブル』だ。

今回は制作の舞台裏や、ラグビー漫画に懸けていた想い、そして最終話の最終コマにある「第1部完」の意味について訊ねた。

第1話「元常勝軍団」より。柔軟性が武器の主人公・原田スコット春介。Copyright (C)瀬下猛/講談社
第1話「元常勝軍団」より。柔軟性が武器の主人公・原田スコット春介。Copyright (C)瀬下猛/講談社

『インビンシブル』の舞台はプロラグビーリーグの「ジャパンラグビープレミアリーグ」。

かつて「インビンシブル(絶対無敵)」と呼ばれたプロラグビーチーム「小倉ホワイツ」が、主人公のスクラムハーフ「原田スコット春介」を中心に低迷期から復活していく物語だ。

『インビンシブル』は迫力あるプレー描写に溢れ、ファンのみならず現役選手や現役コーチ、ラグビー解説者をも唸らせた。描いている本人も「楽しい」というからスポーツ漫画は得意領域なのだろう。

「『インビンシブル』はアクションを描いている時が楽しいですね。特にセンターの大友を突っ込ませるのが好きです」

「スクラムを描く時は最初『どこから描けばいいんだ』と思いました。最初大変でしたが、だんだん楽しくなりました」

センター大友(小倉ホワイツ)の突進。止めるのは釜石ローズのイケメン司令塔「イナジュン」。Copyright (C)瀬下猛/講談社
センター大友(小倉ホワイツ)の突進。止めるのは釜石ローズのイケメン司令塔「イナジュン」。Copyright (C)瀬下猛/講談社

『インビンシブル』の特徴のひとつは、プロを取り巻く人びとが主役級で登場し、熱いドラマを展開することだろう。

チームを支えるファンの「沢田さん」。第5巻でも登場する小倉ホワイツ所属のアナリスト(分析)「井原さん」などだ。

「ファンの沢田さんや、アナリストの井原さんの話は、打ち合わせで編集の方から『プロリーグが舞台なのでファンの存在などいろいろ書けることがあるはず』と話を振ってもらい、そこから膨らませました」

ファンの沢田さんは「ワタシですか?」の台詞が特徴的な憎めないキャラクターだ。そんな台詞が、キャラクター造形の決め手になることもあるという。

「この人が言いそうな台詞が見つかると、そこから広がることがあります。ファンの沢田さんは「あ、ワタシですか?」という一言で決まった感じはありました」

小倉ホワイツの元ロックでアナリストの「井原さん」。Copyright (C)瀬下猛/講談社
小倉ホワイツの元ロックでアナリストの「井原さん」。Copyright (C)瀬下猛/講談社

そんな瀬下先生の画力が、ラグビーファンの間で話題になったことがある。

瀬下先生自身がTwitterアカウントを立ち上げ、選手の似顔絵を次々に投稿。そのあまりの“激似ぶり”で話題となった。

「最初は、亡くなった水島新司さんを追悼したいと思って(2022年1月10日肺炎のため逝去。享年82)『ドカベン』の岩鬼を投稿しました」

「それから齋藤直人選手(東京サンゴリアス)を描いたら視聴回数が多く、そのうちファンの方がリクエストしてくれるようになって。そこから皆さんのリクエストに応えていった感じです」

以下に一例として挙げる、twitterに投稿した似顔絵(立川理道/クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)は、驚くべきことに下書きなしだという。

瀬下先生は「タイムラプスは上手く見えるんです」と謙遜するが、その才能に驚くほかない。

漫画家・瀬下猛はどのように誕生したのか。

出身は新潟県魚沼市だ。新潟県出身の日本代表PR稲垣啓太が全国区で有名になったときは嬉しかったという。

一卵性双生児であり、漫画家としての原点は、双子の弟さんといつも一緒に絵を描いていたことだという。キャンバスは新聞広告の裏だったそうだ。

「昔の新聞広告は裏が白かったので、双子の弟といつも絵を描いていました。小学校の頃の写生は弟の方が上手かったですね。二人でいっぱい絵を描いていたことが大きいかもしれません」

双子の弟さんはスペインへ巡礼旅に行くなど「アクティブな性格」。現在は地域振興のプロジェクトを契機に新潟県に帰郷し、佐渡島でスペイン料理を提供する『MANOCAMINO』(マノカミーノ)を営んでいる。

小学生からの夢だった漫画家への道のりは、出版社への持ち込みからだ。

週刊『ヤングマガジン』(講談社)から連絡をもらい、下積みを経て現在はデビューを果たした『モーニング』で活動する。

そして2015年にラグビーの魅力と出会う。

「2015年のラグビーW杯のちょっと前に『ラグビー選手が相撲をやる』という読み切りの漫画を「ちばてつや賞」に出しました。そこでラグビーを調べなきゃと思ってラグビーの試合を見たらとても面白くて、まずスクラムハーフの動きに釘付けになりました」

「その2015年のW杯で、日本代表が南アフリカ代表を倒して『早く漫画にしなきゃ』と焦って(笑)。その後、2019年のラグビーW杯が日本であって、そのときクライマックスだった『ハーン』を全力でやり切って、その後ラグビーに移った感じです。ラグビーW杯の日本大会を見ながら『絶対にラグビー漫画をやる人がいる』と焦っていました(笑)」

迫力あるプレー描写。Copyright (C)瀬下猛/講談社
迫力あるプレー描写。Copyright (C)瀬下猛/講談社

『インビンシブル』は第5巻が最終巻となる。

ただ、その最終コマには「第1部完」の文字があり憶測を呼んでいる。

最終話の最終コマに「第1部完」と書いた、その真意はどこにあるのだろうか。

「打ち切りが決まった時に、編集の方も『悔しい』と思ってくれていました。これまで読んでくれていた人に諦めたと思って欲しくなかったので、意地で(第1部完と)書かせてもらいました。気持ちが入った感じです」

インタビューで「もう一度ラグビーを描くという気持ちはありますか?」と訊ねると、瀬下先生から「描きたいです」という力強い言葉が返ってきた。

『インビンシブル』の担当編集者も、瀬下先生の熱意を全面的に後押ししている。

「お世辞ではなく瀬下さんはみんなが期待している作家さんで、いずれ水島新司さんのような大きな作家さんになって欲しいと思っています」

「『インビンシブル』としてでも、新しい形としてでも、ぜひラグビー漫画にもう一度チャレンジをしてもらいたいです。『来月に第2部再開』というようなことはないと思いますが、長いスパンでは全然あり得る、と捉えて頂きたいです」(『インビンシブル』担当編集者)

連載開始はコロナ禍の最中で、逆風もあった。ただ一度は打ち切られた漫画が、単行本の売上増や、アニメ化の決定により再開されるケースはあるという。

最後に瀬下先生にラグビーファンへのメッセージを尋ねた。

「僕は連載が終わってもずっとラグビーファンです、と伝えたいです。ラグビーが好きです」

「あと、この漫画ではラグビーの発展に貢献できず、すいませんという感じです。この漫画でちょっとラグビーの底上げになったらいいなと思っていたので、そこができず悔しかった、という気持ちはあります」

周囲から期待される瀬下先生は、すでに次回作に取りかかっている。

まだ39歳。創作意欲も旺盛だ。ラグビーを愛する仲間として、その歩みをこれからも見守りたい。

『インビンシブル』(瀬下猛)『モーニング』公式サイト

スポーツジャーナリスト

スポーツジャーナリスト。法政二高-法政大学でラグビー部に所属し、大学1年時にスタンドオフとしてU19日本代表候補に選出。法政大学大学院日本文学専攻卒。「Number」「ジェイ・スポーツ」「ラグビーマガジン」等に記事を寄稿.。スポーツにおけるハラスメントゼロを目的とした一般社団法人「スポーツハラスメントZERO協会」で理事を務める

多羅正崇の最近の記事