フランスの至宝女優と伊原剛志が日本で共演へ。注目の女性監督は名画座の元広報担当
フランスの作家、シドニは、出版社からラブコールを受けて再販されるデビュー小説のプロモーションで日本へ。
すると、開かないはずのホテルの窓が開いたり、手つかずのお弁当が食べられていたりと奇怪な現象が続いた末、亡き夫のアントワーヌが幽霊となって出現。
いまだ哀しみから抜け出せていない彼女だが、亡霊となった夫との不思議な巡り会いが、それまで止まっていた時間を少しずつ動かし始めることになる。
映画「不思議の国のシドニ」は、こんな哀しみが癒えないでいた大人の女性の心と人生のリセットを、ユニークなゴースト・ストーリーに仕立てて描き出す。
手掛けたフランスのエリーズ・ジラール監督は、日本映画で日本に興味を持つと、実際に来日にして魅せられ、そのときの印象や体験などをもとに、本作を書き上げたという。
作品には、主人公のシドニが文豪、谷崎潤一郎の墓参りに行く場面があったり、シドニをアテンドする編集者の名が巨匠、溝口健二と一字違いの溝口健三だったりと、監督の日本映画や日本文化への愛を感じさせる試みが随所になされている。
ただ、そのような表面的なことだけではない、もはや日本人が忘れかけている日本の風情と趣きと美を本作は携えている気がする。
よく見るはずの日本の風景なのになぜかまったく違って見えてくる。日本の独特の風土や文化、感性までを捉えた本作を前にすると、そんな新鮮な驚きを覚える。
どのようにして本作は生まれたのか?
来日したエリーズ・ジラール監督に訊く。全五回/第一回
映画館の広報担当から映画監督の道へ
作品の話に入る前に、エリーズ・ジラール監督のユニークな経歴の話しから始める。
元々はフランスの名画座の広報を担当していたとのこと。
映画館の広報から映画監督の道へという話はあまり聞いたことがない。
どのような経緯で監督業へと進むことになったのだろうか?
「おっしゃるとおり、わたしは以前、フランスのカルチエ・ラタンにある名画座『シネマ・アクシオン』の広報を務めていました。
実は、監督をすることになったのも『シネマ・アクシオン』が深くかかわっています。
どういうことかというと、あるとき、『シネマ・アクシオン』のオーナーが、この映画館についてのドキュメンタリー映画を作ろうと思い立ったんです。
それで、わたしは広報ですから当然、劇場の歴史から内部のことまであらゆることを知っている。ということで監督を務めることになったんです。
そして、2003年に完成させたのが中編のドキュメンタリー映画『孤独な勇者たち/シネマ・アクシオンの冒険』でした。
ですから、かなりの偶然から監督の仕事を始めることになりました。
でも、そこからすぐに監督に転じたわけではありません。
いま触れたように2003年に『孤独な勇者たち/シネマ・アクシオンの冒険』を発表したわけですけど、以後も『シネマ・アクシオン』の広報を担当していました。
その後、わたしは中編ドキュメンタリー『ロジェ・ディアマンティス、あるいは本物の人生』を2005年に、2011年には初の長編劇映画『ベルヴィル・トーキョー』、2017年には長編2作目の『静かなふたり』を発表していきます。
その間も実は広報の仕事を続けていて、『静かなふたり』を撮り終えた後に広報の仕事を終えることにしました。つまり監督の仕事、一本に絞って、監督業に専念することを決めました。
ですから、かれこれ約15年ぐらい映画監督と広報を掛け持ちしていったりきたりしていましたね(笑)」
人間的な魅力も、強力なリーダーシップも、映画についての技術も
持ち合わせていない自分なんて映画監督になれるはずがないと思っていた
そもそも監督をやってみたい気持ちはあったのだろうか?
「ありました。
実は、監督をやりたい気持ちは学生のころからありました。
大学時代には大学で脚本について学んでいましたし、演劇教室を受講しながら映画に俳優として出演したこともあります。
それも映画を作りたい、映画監督になりたい気持ちからでした。
ただ、自分のパーソナリティについて言うと、わたしは自らどこかに出かけていっていろいろな人と知り合うような社交的な性格ではありません。
どちらかというと内向的で人づきあいも苦手で。コンプレックスだらけで自分という人間に自信がない。
映画監督というと、スタッフやキャストを束ね、鼓舞し、先導していく。そういう強力なリーダーシップが必要なイメージを抱いていました。
それから技術的なことも頭に完璧に入っていて、スタッフやキャストに的確な指示を与えなくてはいけない。そういう高い技術力も必要だと思っていました。
だから、人間的な魅力も、強力なリーダーシップも、映画についての技術も持ち合わせていない自分なんて映画監督になれるはずがないと思っていたんです。
とてもじゃないけれど、自分には無理なことと思い込んでいたんです。
でも、なにかしらの形で映画に関わりたい。それで映画館の広報の仕事をすることになりました」
自分は絶対に映画監督は無理だと思っていたわけだが、なぜその仕事を継続して続けることになったのだろう?
「先でお話ししたように偶然、監督をすることになったんですけど、ほどなく気づいたんです。監督って自分が想像していたよりリーダーシップや映画についての技術がなくてもなんとかなる』と(笑)。
撮影には撮影のプロがいて、美術には美術のプロがいる。キャストも照明もみんなその道のプロです。
ですから、たとえば照明であれば照明について、撮影であれば撮影について、わたしが必ずしも精通していなくていい。それぞれの持ち場のプロになる必要はない。その持ち場はその持ち場のプロに任せればいい。
そのことがわかったんです。
ですから、えばることではないんですけど、いまだにわたしは映画の技術面のことはよくわかっていません。
優秀な技術スタッフがいてくれれば、わたしの考えをきちんと形にしてくれる。
だから、わたしがあえてプロレベルで覚える必要もないかなと(笑)」
(※第二回に続く)
「不思議の国のシドニ」
監督:エリーズ・ジラール
出演:イザベル・ユペール、伊原剛志、アウグスト・ディール
公式HP:https://gaga.ne.jp/sidonie
シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中
場面写真及びメインビジュアルは(C)2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM IN EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMELI