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「がん患者、初の100万人超え」ニュースの意味〜医師による解説〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
(写真:アフロ)

7月15日、国立がん研究センターから「2016年のがん統計予測では、罹患数予測が101万200例で、100万例を超える予測結果が算出されました。」と発表された。これについて医師の視点から解説したい。

「罹患数予測が100万例超」の意味

この数字自体にがん対策上の、あるいは医学的な特別な意味があるわけではなく、「100万例という大台に乗った」という意味である。そしてこの「罹患数予測」という専門用語についてわかりやすく言うと、「罹患数(りかんすう)」とは「その期間の間に新しくがんにかかった(=診断された)」という意味である。つまりこの「100万例」という数字は「2016年のうちに新しくがんにかかると予測される人数」である。間違えやすいが、「罹患数」という用語はあくまで新規にがんと診断された人数を指している(詳細は下記*)。さらに正確に言えば、人数ではなくがんの種類の数である。例えばある人が2016年に大腸がんと胃がんを同時に診断されたら、「2例」と数えるのだ。一人の人が2種類以上のがんを患うことはそれほど珍しくはなくなってきた。

どれくらいのペースで増えている?

昨年度は98万2100例だったので、男女計で約2万8千例、つまり約2.9%増加した。

年次ごとにグラフで見るとこのようになる。

がんの罹患数、年次別推移(がんは全部位)
がんの罹患数、年次別推移(がんは全部位)

(引用「国立がん研究センターがん情報サービス『がん登録・統計』」)

あいにくこのグラフは2012年までのものだが、統計を取り始めてからずっと上昇の一途だ。

死亡者数も増え続けている

一方、がんによる死亡者数はどうか。

今回のプレスリリースでは、2016年のがん死亡数予測は、37万4千人(男性22万300人、女性15万3千700人)と発表された。昨年の予測と比較すると、約3千人の増加となった。こちらも年次別にみてみると、このようなグラフになる。

がんによる死亡者数の年次推移(全部位)
がんによる死亡者数の年次推移(全部位)

がん対策は進んでいないのか?

これらの増加をみると、「がん対策は進んでいないのか?」という疑問が浮かぶ人も多いだろう。この「がん罹患数の増加」と「がんによる死亡者数の増加」にはこれらの要素があると筆者は考えている。

1、高齢化

2、早期発見、早期診断の増加

3、統計データ精度の向上

以下に考察を述べたい。

1、高齢化

日本はいま世界最速で高齢化が進んでいる。がんは一般に高齢者に多く発生するので、高齢化=高齢者が増える=がん患者が増えるという図式でがん患者が増加していると考えられる。このプレスリリースにも「罹患数、死亡数とも増加の主な原因は日本の高齢者人口の増加です。」と述べられている。治療の進歩、検診の進歩によるがん制圧のスピードよりも、がんになりやすい人口の増加スピードが上回っているため罹患数・死亡数が増えているのだろう。

2、早期発見、早期診断の増加

検診受診率の上昇や健康志向の高まりによる人間ドック受診の増加などにより、がんの早期診断が増加してきた。これによりがん罹患数が増加している可能性がある。なお、検診受診率はまだまだ低く、すべての検診で50%未満である。これは国際的にみても先進国が50-85%であるのに対して低い数字だ。

早期に診断をすればそのがんは治癒する可能性が高い。治癒した人は長生きをし、また別のがんにかかることもある。それでがん罹患数が増えているということもあるだろう。

3、統計データ精度の向上

患者さんが死亡したとき、筆者のような臨床医が病院で記入する死亡診断書には「死因」の欄がある。以前は(20年以上前の話だが)「死因」欄には「心不全」「呼吸不全」と記載する医師が多かったため、正確な死因が統計として把握されていなかったということがあった。人間が死亡するときにはあまねく心不全・呼吸不全になるわけだが、その背景の本質的な死因はがんであったり心筋梗塞であったり脳梗塞であったりと様々である。この医師の記載が正確になったことが直接的にがん罹患数や死亡数を増やしたわけではないが、死因としてのがんを増やしている可能性はある。

さらには地域がん登録など、ここ数年でがんに関する登録の整備がされてきた。特に2016年から始まった全国がん登録の制度に伴い、さらに死因の正確化などデータの精度が向上するだろう。それによりこれまでがんとされていなかった人がきちんと集計されることになることが見込まれる。

(*)

引用します。

対象とする人口集団から、一定の期間に、新たにがんと診断された数。 対象とする人口集団:人口の大きさを計測することができる集団であることが必須条件。そのため、都道府県・市区町村などを単位とすることがほとんどです。一定の期間:通常は、年単位(年度ではありません)。罹患数が少ない場合(発生がまれな部位、人口規模が小さい場合、など)では、偶然変動による影響を抑えるために、複数年のデータをあわせて集計する場合もよくあります。がんの数:がんと診断された患者の数ではなく、同じ人に複数のがん(多重がん)が診断された場合には、それぞれの診断年で、集計に含まれます。

出典:がん情報サービス がん統計の用語集

(参考)

国立がん研究センタープレスリリース「2016年のがん統計予測公開罹患数予測約101万例、死亡数予測約37万人」

http://www.ncc.go.jp/jp/information/press_release_20160715.html

国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービス

http://ganjoho.jp/public/index.html

日本医師会ホームページ「知っておきたいがん検診」

https://www.med.or.jp/forest/gankenshin/data/foreigncountry/

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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