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“SMAP騒動”は起こらない。タレントが自分で自分をプロデュースする“自営業”式ハリウッドの構造

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アンジェリーナ・ジョリーはパブリシストをつけず、自分で自分のイメージを管理する(写真:REX FEATURES/アフロ)

SMAPの解散騒動が日本のマスコミをずいぶんにぎわせたようだが、長年アメリカに住み、ハリウッドについての記事を書いてきている私には、奇妙に感じることだらけだった。

ひとつ言えるのは、こんな騒動は、アメリカでは絶対に起こり得ないということ。人気グループの解散も、タレント事務所の移籍も、本人たちがしたいならするだけのことで、当たり前に起こる。なぜなら、エンタテインメント業界の構造自体が、まったく違うからだ。

このYahoo!個人のページでも、このSMAP騒動を日本のサラリーマン社会になぞらえていらっしゃるオーサーさんの記事があったが、まさにそれは当たっていると思う。日本の芸能界がサラリーマン式なら、ハリウッドは完全なる自営業式。タレントは、自分のキャリアを自分でコントロールし、その代わり、責任も、全部自分で持つのだ。

アカデミー賞などの受賞スピーチで、俳優が、たらたらと“感謝したい人”の名前を連ね、その中に弁護士まで入っていたりすることがある。業界外の人にとっては、「は?弁護士?」という感じだろうが、そのエンタテインメント業専門弁護士も、その男優なり女優なりのキャリアを導く“チーム”のひとりだったのである。そしてそのチームを作るのは、その俳優本人。自分が最高のキャリアを築けるよう、俳優は、自分でチームメンバーを選び、期待にそぐわない場合は、随時、構成メンバーを変えていくのだ。

日本の芸能事務所とハリウッドのエージェンシーは全然違う

ハリウッドの俳優のほとんどは、タレントエージェンシー(タレント事務所のような存在)と契約している。“所属している”ではなく“契約している”という表現にしたのには意味がある。また“ほとんどは”とした理由は、後述することにしよう。

とりあえず、基本的には、俳優はひとつのエージェンシーの元で、担当者のエージェントを持っている。駆け出しであればとくに、自分のエージェントを持てるかどうかは、非常に重要だ。エージェントは、さまざまなオーディション情報や、業界内に出回っている脚本にアクセスでき、クライアント(顧客)である俳優に、これはいいのではないかと勧めてくれ、ギャラの交渉もしてくれる。

しかし、日本の芸能事務所と決定的に違うのは、完全コミッション制(出来高制)であること。エージェンシーは、クライアントのギャラの15%程度を取ることで儲けを得、俳優は決まった給料をもらえないし、エージェントもクライアントに対して月いくら、という金額をチャージしたりはしない。エージェントは、その俳優の仕事に対してもっと高いギャラを得られれば、自分の取り分も上がるので、がんばる理由がある。一方で、お金に困っていないトップスターは、「ちょっと4、5ヶ月休みたいから静かにしておいてくれ」と言う自由がある。いや、もちろん、落ち込み気味のスターがそう言ったとしても、別にかまわないのだが。

ハリウッドには、CAA、WME、ICM、UTAなど大手を中心に、いくつかのタレントエージェンシーが存在する。俳優にとって、大手と契約するメリットは、多数ある。エージェントがスタジオの大物などと仲良しであることはそのひとつ。そして、日本の芸能事務所と決定的に違うことに、これらハリウッドのエージェンシーは、監督、脚本家、ひいてはスポーツ選手もクライアントに抱えているのである。

たとえば、シリアスな演技派として知られている俳優が、ある大手エージェンシーと契約しているとしよう。その俳優は、担当エージェントに、「いつかコメディにも挑戦してみたいんだよね」と漏らしていたとする。そのエージェントが、社内でその情報を共有してきていたところ、同じエージェンシーが抱える脚本家がすばらしいコメディの脚本を書き、エージェンシー内で「じゃあ、これはその俳優にどうか?」ということになったりするのだ。エージェンシーは、そうやってパッケージした上で、スタジオに企画を売り込む。エージェンシーとしては、そうすれば脚本家からも俳優からもコミッションが取れる上、俳優、脚本家双方ともにその結びつきに満足であれば、言うことなしである。その組み合わせは、監督と俳優や、俳優と俳優、監督と脚本家、ひいては有名スポーツ選手と監督にもなりえる。大手と契約する人々は、その分野で光っている人であることが多いため、エージェントが積極的に動かなくても、「たまたま同じエージェントについていたから」という理由で、パーティなどの機会に監督と俳優が知り合いになり、そこから何かが生まれていくこともある。

マネージャー、パブリシスト、スタイリスト。専門に応じて、自分が雇い、ギャラを払う

エージェントの役割は、基本的に、仕事を探し、提案して、契約に結びつけること。一方で、マネージャーは、その俳優のキャリアプランを立て、たとえば演技クラスや何かのレッスンを受けさせるなどの提案をしたりする人たちというのが、定義だ。とは言え、優れたエージェントは、その俳優のキャリアアップも考慮した上で作品を提案し、キャリアのためのアドバイスも行うので、実際のところ、エージェントとマネージャーの仕事は、重なるところが大きい。エージェントとマネージャー、両方持っている人もいれば、どちらかという人もいる。

このほかに、取材の対応やイメージ管理をする、パブリシストと呼ばれる人たちがいる。パブリシストは、どのジャーナリストあるいは媒体に取材を許し、誰を断るかを決めるなど、取材の管理を行ったり、とくに若手の俳優、女優に関しては、ジャーナリストの質問にどう答えるのがいいか、“コーチング”を施したりする。場合によっては、取材部屋に一緒に入ってきて、気に入らない質問があると、タレントに「その質問には答えなくていいから」などと指示を出したりすることもある(もっともこれは、若手新人女優の場合がほとんどで、大の大人の俳優がパブリシスト付きでやってきたりしたら、取材もひとりで受けられないのかと、内心ばかにされるはずである。)しかし、取材前と取材中はそうやって口出しをしても、パブリシストは、日本の芸能事務所のように、出版前にそのインタビュー記事を見せろと言ってくることはない。

さらに、とくに女優の場合は、スタイリストを日常的に雇う人もいる。また、たいていはエンタテインメント業界専門の弁護士もつけている。これらの費用は、すべて俳優/女優たちが自分で支払う。高いお金を払う価値はないと思えば、使わなければいいし、もっといい人がいれば、そちらに変えればいい。

たとえば、アンジェリーナ・ジョリーは、マネージャーも、パブリシストもつけていない。「ずっと前にパブリシストをつけていたこともあったけれど、好きじゃなかったから」というのが理由だ。多忙な大スターには非常に珍しいことに、彼女は、誰のインタビューを受けるかを自分で選んでいる(筆者自身も彼女にインタビューをしたことが何度もあるが、最近の取材の許可を得るにあたっては、過去に書いた自分についてのインタビュー記事をいくつか見せてほしいというリクエストを受け、スター本人がそこまでするのかと驚いた。)「トワイライト」シリーズで、全世界の若い女性のアイドルになったロバート・パティンソンも、やはりパブリシストをつけない。その理由について、彼は「僕はケチだから」とジョークを飛ばすが、20代のトップアイドルが、好き勝手に野放し状態にあるなどとは、日本ではありえないだろう。ゲイリー・オールドマンにもパブリシストはおらず、ビル・マーレイに当たっては、エージェントも、マネージャーも、パブリシストもいない。当然、マーレイに仕事を頼みたい人は、彼を捕まえるのに、かなり苦労をするらしい。

お世話になったエージェントにくっついて移籍するのは忠誠心の証明。タレントが責められることはない

自分のキャリアを良い方向に導いてきてくれたエージェントが別のエージェンシーに移籍したり、あるいは、自分で新しいエージェンシーを立ち上げたりするとわかったら、今のエージェンシーを解約して、その人に着いていくという俳優は、とても多い。そのエージェントを雇い入れる別のエージェンシーは、ある意味、それを期待して、その人を迎え入れるのである。俳優/女優たちにとって、それは忠誠心の証明であり、むしろポジティブなことで、彼らが批判されることは、絶対にない。

そういう状況でなくても、タレントがエージェンシーを移籍することはいつだってある。が、それらのニュースは業界サイトに出る程度。業界内の一部で、「ああ、この人気俳優がA社からB社に移籍したのか。Bは、してやったなあ」とささやかれる程度のことだ。少しニュースになった例と言えば、無名だったクリス・パインを懸命に売り込んであげた小さなエージェンシーが彼のために「スター・トレック」を取り付けた後、パインがそのエージェンシーにメール1通送っただけで大手への移籍を告知した時くらいだろう。その時は、その小さなエージェンシーが、今後作られる続編の分も含め、「スター・トレック」にからむパインのコミッションは自分たちにも入るべきだと、訴訟を起こしている。しかし、この件も、あくまで業界の間でしか知られておらず、一般のメディアではまったく騒がれていない。

自分のプロダクション会社を立ち上げるのも、自分のキャリアを自分でリードするため

ハリウッドでは、若くても、俳優が自分のプロダクション会社をもつことは、珍しくない。ジョシュ・ハッチャーソンは10代で自分のプロダクション会社を立ち上げているし、ザック・エフロンも20代初めに設立している。プロダクション会社をもつというのにはそれなりに苦労もともない、メグ・ライアンのようにクローズしてしまう人も少なくないが、ブラッド・ピット、レオナルド・ディカプリオ、リース・ウィザスプーン、マーク・ウォルバーグ、トビー・マグワイアなどは、大成功している例だ。

俳優、とくに若手や女優が自分でプロデュースをしたがるのは、主に、自分が出たいような映画が向こうから歩いてくるのを待っているのではなく、自分で積極的に探そうとするから。ピットやディカプリオのようなトップクラスの男性スターだと、どんな脚本も選びたい放題なので、彼らの場合は、自分が出るかどうかは関係なく、純粋に、スクリーンで語りたい話を語るためにやっているが、多くの俳優にとっては、意外にも、外が自分に対してもつイメージと違う作品で役を得るのは、そう簡単ではないのである。コメディで知られてきたジェニファー・アニストンは、シリアスでダークな「Cake」を自分の会社でプロデュースし、真の演技力を見せようと計った。その結果、オスカー候補入りこそ逃したものの、映画俳優組合(SAG)賞にはノミネートされている。ウィザスプーンも、自分の会社を通じて「わたしに会うまでの1600キロ」の原作の映画化権を獲得し、ひとり芝居のシーンがたっぷりの役で存分に演技力を見せつけ、オスカー候補入りを果たしている。

周りにおんぶに抱っこを期待せず、成功しても、さらなるステップアップのための道を自分で切り開く。それがハリウッドだ。華やかなドレスやタキシードの奥には、そういった、自分に対するプロデュース能力と、日々の努力が隠されているのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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