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熱中症の発生率 競技種目間のちがいを検証する なぜ野球に多いのか 背景に長時間の練習

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(写真:アフロ)

 文部科学省が、教員の負担軽減を目的に、休日の部活動を地域に移行する案をとりまとめていることが、31日に明らかになった(8/31、NHK)。教員の負担軽減は喫緊の課題であるが、一方で生徒側のさまざまな負荷も重要な課題である。中高の運動部活動では、毎年約3000件の熱中症事案が確認されている。今夏も熱中症の危険性が高いなかで練習がおこなわれたケースが多くある。本稿では全国の熱中症の件数と、そこに筆者独自の全国調査の結果を関連づけながら、熱中症の予防可能性を考えたい。

■野球部とソフトボール部で高い発生率

 中学校と高校の運動部活動における熱中症は、日本スポーツ振興センターが毎年刊行している『学校の管理下の災害』に、その件数が掲載されている。

 データが確認できる2010年度以降では、件数は年間約3000件で推移している(記録的な猛暑となった2018年は計4000件)。そして、部活動の部員数のデータを用いて、競技種目別の発生率(部員1万人あたり)を算出すると、中高ともにソフトボール部と野球部に多いことがわかった(詳しくは、今月25日に発表した拙稿「熱中症 中高の部活で年間3000件」を参照)。

 野球とソフトボールは、野球から派生したのがソフトボールであることから、類似性が高い競技種目である。野球の熱中症に関する調査研究では、ユニフォームが全身を覆い、また重ね着されることで熱中症のリスクが高まると指摘されてきた。この点は、ソフトボールにも当てはまる側面が大きい。

中学校における競技種目別の熱中症発生率(詳細は拙稿「熱中症 中高の部活で年間3000件」) ※筆者が作成
中学校における競技種目別の熱中症発生率(詳細は拙稿「熱中症 中高の部活で年間3000件」) ※筆者が作成

■熱中症と長時間練習

 私が調べた限りでは、競技種目の実態を横断的に調べたうえで熱中症のリスクを検討するという試みは、ほとんどおこなわれていない。各競技種目の関連団体は、競技者向けに熱中症予防の啓発資料を作成しているものの、「こまめな水分補給や休憩」「暑さ指数に応じた活動」といった競技種目共通の一般的な方針にとどまっているものがほとんどである。

 さて、野球とソフトボールについては上記のとおり、複数の調査研究により、その着衣条件に関心が寄せられてきた。

 一方で、「野球部が最多だったのは、競技人口が多いことに加え、練習時間が長いことが原因とみられる」[注1]、「野球指導者の熱中症に関する知識や意識の不足、非効率的な練習法などが挙げられ、さらに夏季においても全身を覆ったユニフォームを着用し、炎天下で長時間の練習を行うことなども挙げられる」[注2]と、野球部の長時間練習を問題視する声もある。

  • 注1:『産経新聞』大阪版朝刊の2018年8月10日付より。日本スポーツ振興センターが独自にまとめた熱中症の死亡事故のデータに関する、日本スポーツ振興センターの見解。
  • 注2:田中英登・薩本弥生「野球選手の着衣条件からみた熱中症予防に関する研究(アンダーシャツ素材を中心に)」『デサントスポーツ科学』26: 181-189、2005.

■野球部の練習時間は本当に長いのか?

 野球部の練習時間が長いという見解を耳にすることはしばしばあるものの、はたしてそれは実際にそのとおりなのだろうか。

 そもそも部活動の調査研究においては、各競技種目の練習時間の長短がほとんど明らかにされていない

 私が関わった共同研究では、2017年度に全国の中学校教員を対象に質問紙調査を実施した。約4000名から回答を得ており、部活動の活動時間数をはじめ、競技種目別のさまざま実態を数量化することができる[注3]。

 そこでまず、中学校の各競技種目における一週間あたりの活動時間数の平均値(単位:時間)を算出した。なお、各競技種目の回答者(部活動顧問)が10名以上で、かつ2017年度時点で全国の部員数(日本中学校体育連盟による調査)が5000名以上の部活動に絞った。

中学校における競技種目別の一週間あたりの活動時間数 ※筆者が作成
中学校における競技種目別の一週間あたりの活動時間数 ※筆者が作成

 その結果、主要14競技種目のなかで、最長は野球部とソフトボール部で、いずれも平均17.0時間であった(厳密に分単位で示すと、野球部が1022.6分、ソフトボール部が1019.8分で、野球部のほうが長い)。野球部やソフトボール部はたしかに、長時間の練習をおこなっている。

  • 注3:部活動指導を含む働き方に関する調査で、全国計22都道府県の公立中学校を対象に、2017年11月~12月(一部、2018年1月)にかけて実施し、教員3982名から回答を得た(回収率は49.1%)。詳しくは、内田良・上地香杜・加藤一晃・野村駿・太田知彩『調査報告 学校の部活動と働き方改革:教師の意識と実態から考える』(2018年11月、岩波ブックレット)を参照してほしい。なお、笹川スポーツ財団が2017年に実施した調査においても、中高生約600名の回答から、野球部では「活動時間・活動日数ともに他の運動部よりも明らかに長い」ことが示されている。

■練習時間が長い競技種目で高い熱中症発生率

 次に、一週間あたりの活動時間数の長短を、各競技種目の一つの特性と位置づけて、熱中症の発生率との関係性を調べよう。

 冒頭で簡単に言及したとおり、日本スポーツ振興センターの『学校の管理下の災害』と、日本中学校体育連盟による部員数調査から、各競技種目の熱中症発生率を計算することができる。その競技種目別の熱中症発生率(1万人あたり)と活動時間数との関係性を、図に示した。横軸が、一週間あたりの活動時間数をあらわし、縦軸が、熱中症の発生率をあらわしている。

 すでに述べたように、野球とソフトボールは活動時間数が大きく、熱中症発生率も高い。そしてじつは、他の競技種目においても、同様の傾向が確認できる。すなわち、活動時間数が大きい競技種目ほど、熱中症の発生率が高いということである。

 長時間にわたる身体活動が熱中症を引き起こしやすいことは、よく知られている。習慣的な長時間活動という競技種目の特性から見た場合も、それと同じような結果となった。とてもわかりやすい結果であると言える。

活動時間数と熱中症発生率との関係 ※筆者が作成
活動時間数と熱中症発生率との関係 ※筆者が作成

■勝利重視の競技種目で高い熱中症発生率

 各競技種目の特性は、他の質問項目によっても数量化できる。

 たとえば、質問紙調査では「生徒が部活動を楽しんでいれば、大会・コンクール等の成績にこだわる必要はない」という項目がある。1~4の4件法で回答するもので、数字が大きいほど(横軸で右にいくほど)、大会成績すなわち勝利を重視するような競技志向が強いことをあらわす。

 競技種目の特性として、勝利重視の競技志向がもっとも強いのはソフトボールで、それに野球がつづく。くり返しとなるが、いずれも熱中症の発生率も高い。そして、他の競技種目も含めて、総じて、勝利重視の競技志向が強いほど、熱中症の発生率が上昇する。

 勝ちたいという気持ちが直接に熱中症を引き起こすわけではないが、その気持ちが先の長時間の活動というかたちで具現化し、熱中症の発生につながっていくと見ることができる。

勝利重視の志向と熱中症発生率との関係 ※筆者が作成
勝利重視の志向と熱中症発生率との関係 ※筆者が作成

■活動時間の長さは負傷事故の発生率に影響するか

 競技種目の特性として活動時間が長ければ、その競技種目では熱中症をはじめ、さまざまな負傷や疾病の発生率が高い値を示すというのは、それほど不思議な話ではないようにも思える。そこで、熱中症の代わりに負傷(骨折や打撲など)の発生率との関係を調べると、興味深いことが見えてくる。

 先の中学校における運動部活動の熱中症発生率(部員1万人あたり)を、負傷発生率(部員1万人あたり)に置き換えて、同じように図示した。一見してわかるとおり、活動時間が長い傾向にある競技種目だからと言って、必ずしも負傷発生率が高いことにはならない。これは、勝利重視と負傷発生率との関係にも当てはまる。

 負傷事故については、当該競技種目において長時間練習や勝利重視の志向性が相対的に強いとしても、それが発生率を高めることはない。競技種目の別の特性(身体の動きの特徴や、各部位の使い方の特徴)が、その発生率に影響を与えていると考えられる。(なお、各図における2項目間の関係性の強さを数値化したものについては、本稿の下部に別途記載した。)

活動時間数と負傷発生率との関係 ※筆者が作成
活動時間数と負傷発生率との関係 ※筆者が作成

勝利重視の志向と負傷発生率との関係 ※筆者が作成
勝利重視の志向と負傷発生率との関係 ※筆者が作成

 

■過熱しない仕組みを考える

 話題を熱中症に戻そう。日本スポーツ振興センターが公表している『学校の管理下の災害』の全国データと、私がかかわった全国の中学校教員を対象にした質問紙調査のデータからは、熱中症の発生率と競技種目の特性との関係性が浮かび上がってきた。

 活動時間数が長い、あるいは勝利重視の志向が強い競技種目においては、熱中症の発生率が明らかに高い。ひと言で表現すれば、熱中症は「過熱」の程度と強い関係性を有している。

 よって、予防策は簡単である。過熱傾向にある競技種目において、過熱を冷ますしかない。長時間の練習をやめればよいし、勝ちたいという思いをひかえたほうがよい。

 そうは言っても、一つのチームで活動量を最小限にとどめたところで、そのチームが試合で負ける可能性が高くなるだけである。そして負けたくないからと、活動が再開される。

 だからこそ、その競技種目を統括する中央競技団体が積極的に対策を主導する必要がある。長い年月の間に蓄積されてきた当該競技種目全体の過熱状況を踏まえて、(夏季の)大会開催や練習量に対する厳格な規制を設けるべきである。

 今年は新型コロナウイルス感染症の影響により、夏の甲子園大会が「交流試合」となり話題を呼んだが、中高を問わず他の競技種目でも、選手権大会ではなく交流大会に変更されたケースは多くある。学校教育の一環であるからには、コロナ禍の経験を踏まえて、練習が過度にならぬよう、交流を目的にした大会運営に移行することも一つの有効策であろう。

■変わらぬ部活動?

 以上、本稿では2つの全国データを活用して、熱中症の背景要因について、各競技種目の慣行や文化といった特性に着目しながら、主要な運動部活動を横断的に分析した。その点では大まかな試行的分析にとどまっており、今後は競技種目間また競技種目別の、より具体的な調査研究が不可欠であると言える。

 「部活で子どもが熱中症になって病院に運ばれたけど、翌日もいつもどおり練習があった」「部員が一人熱中症になったようだが、顧問は『部活をやめたら、勉強もダメになる』と言うだけ」といった声が、私の手元に届いている。私はこのような声を、今年に限らず、これまで何度も耳にしてきた。

 熱中症が起きても、真夏の部活動はなかなか変わらない。10名を超えるような救急搬送事案は報道されるけれども、大多数の事案はとくに問題視されることもなく、まるでなかったことのように片付けられていく。

 そして今年もまた、ほとんど何も変わらないままに、暑い夏が終わろうとしている。過熱の結果としての熱中症は、子どもの身に起きている。

【詳細:相関係数の値】

 各図に示した2項目について、関係性の強さ(相関係数の値)は下記のとおりである。

各図における相関係数の値 ※筆者が作成
各図における相関係数の値 ※筆者が作成
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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