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『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』 素晴らしき家族の日常

中村裕一エンターテイメントジャーナリスト
写真提供:NHK

家族という存在は、すべからくしんどい。だが、時にそのしんどさがたまらなく愛おしい。

『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(BSプレミアム・BS4Kにて毎週日曜夜10時~)が今夜、最終回を迎える。

■原作は家族の日常を綴って大ヒットした自伝的エッセイ

原作は作家・岸田奈美が配信サイト「note」で2019年に発表した、自伝的エッセイをまとめた同名の書籍。ダウン症の弟、車椅子生活の母、認知症の祖母とともに彼女が織りなす日常が、独自の表現と巧みな筆致によって綴られ、多くの読者から支持を獲得している。

ドラマの主人公・岸本七実(幼少期:山田詩子)を演じるのは河合優実。ナチュラルさを感じさせないくらい自然なその演技や表情には、空気のように当たり前に存在する魅力がある。昨年放送されたドラマ『17才の帝国』などにも出演していたが、本作が間違いなく代表作になるだろう。

七実の弟・草太(幼少期:神戸孝太、少年期:小倉匡)を演じるのは、自身もダウン症である吉田葵。『愛していると言ってくれ』(1995年)や『ピュア』(1996年)、『ATARU』(2012年)、最近では『ラストマン -全盲の捜査官-』など、連続ドラマにおいて、障害がある登場人物が出てくることはこれまでにもあった。

海外ドラマの『ブレイキング・バッド』では、主人公の息子役で、脳性マヒが原因で言語障害と歩行障害を持つ俳優(RJ・ミッテ)がキャステイングされていたが、日本の連続ドラマでダウン症の俳優がここまでしっかり芝居をするのはおそらく初めてではないだろうか。俳優としてはまだ未知数かもしれないが、そのまっすぐな演技からは可能性を感じる。

写真提供:NHK
写真提供:NHK

母親・ひとみは坂井真紀、祖母・芳子は美保純。そして、七実が中学生の時に心筋梗塞で突然この世を去った父・耕助は錦戸亮。彼らもまた、それぞれが積み重ねてきたものを感じさせる素晴らしい演技力で、岸本ファミリーに生命を吹き込んでいる。

■ドラマならではの演出で刻まれた名シーンの数々

ストーリーは七実の高校時代から始まり、彼女の成長を軸に、岸本家に起きるさまざまな出来事が過去と現在を交差させながら進んでいく。

とにもかくにも毎話、印象に残るエピソードばかりだったが、特に私が心を打たれた2つを挙げたい。

まず、第6話。それまでイマジナリーフレンドのように草太と私たち視聴者にだけ見えていた父・耕助が、七実の前に姿を現すシーン。

 写真提供:NHK
写真提供:NHK

これは、病院に運ばれる前の父に浴びせた最後の言葉が「パパなんか死んでまえ」だったことを、ずっとずっと後悔していた七実の心が救われた瞬間を表現した、見事な演出だった。もはや事実か演出かなど、どうでもいい。耕助は最初からずっと家族と一緒にいて、家族を見守っていたのだ。セリフは少ないが、錦戸の穏やかな表情と雰囲気が、娘を想う父の気持ちを十分に表していた。

そして第8話。少しずつ認知症の兆候が現れ始めた芳子。娘であるひとみの記憶の中では、常に忙しく、周りに気を使ってばかりだった母。入院先の病院のベッドで、見舞いに来た七実から芳子が認知症だと言われ「ほんまに…お母さんには…人生の喜び、ちゃんとあったかな…」と、ひとみは泣きながら七実に尋ねる。

無事退院して帰宅した深夜のリビング。疲れてソファで寝ている母をじっと見つめていると、ひとみの脳裏には幼い頃の思い出がよみがえる。ふと芳子が目を覚まし、目の前にいるひとみに微笑むと、そこへローリング・ストーンズの『She′s a Rainbow』のイントロが流れる。これは何度も繰り返し見てしまうほど、近年のドラマの中でも屈指の名シーンだった。

写真提供:NHK
写真提供:NHK

この曲は1999年、カラフルなバリエーションが話題になったiMacのCMで使われたことで記憶している人も多いだろう。なお、父を失ってふさぎ込んでいた中学時代の七実がインターネットで外の世界と繋がるきっかけになったのが、新しもの好きの耕助が買い与えてくれたボンダイブルーのiMacである。

演出はドラマ『捨ててよ、安達さん。』(2020年)などを手がけた大九明子。『捨ててよ、安達さん。』でも見られた、人物の動きを追い、揺れる心情を表すかのようなライブ感のあるカメラワークによる演出が、とりわけ岸本家でのシーンでは効き目を発揮し、家族の絆が生々しくリアルに伝わって来る。

原作はもちろんだが、ドラマでも“特別なこと”を描いているわけではない。出来事の規模の大小はあるかもしれないが、日本全国どこにでもある“家族の日常”なのだ。

■さまざまな想いが込められた言葉「大丈夫」

岸本家だけでなく、生きていくことは楽しいことばかりではない。決して綺麗ごとでは語れない時もある。良くも悪くも予想だにしない出来事が、こっちの都合などお構いなしに不意にやって来る。

毎日モヤモヤしたり、スッキリしたり、憤ったり、納得したり、走ったり、止まったりしながら、あっという間に月日は過ぎていく。人生は小さな奇跡の積み重ねにすぎない。だからこそ、一分一秒を大切にしたい。

だが、ついついそんな気持ちを忘れてしまうのもまた人間だ。私たちが岸本家の人々を見て抱いたさまざまな感情や思いも、いつしか忙しい日常の中に埋もれていくかもしれない。

しかし、このドラマを最後まで見た人なら、絶対に大丈夫だと私は思う。簡単に言葉には出来なくても、うまく言い表せなくても、この家族を見て感じたこと、思ったことはきっと心に残り、自らの人生にかけがえのないひとときをもたらすだろう。

ほんの少しでも、ささやかでもいいから、たくさんの人が毎日を楽しく、幸せに生きて欲しい。素晴らしい時間をありがとう、とスタッフ・キャスト、原作者とその家族に感謝したい。いつか地上波で放送されることを願って止まない。

エンターテイメントジャーナリスト

テレビドラマをはじめ俳優などエンタメ関連のインタビューや記事を手がける。主な執筆媒体はマイナビニュース、週刊SPA!、日刊SPA!、AERA dot.など。

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