田中史朗の指摘で明かす。名参謀・長谷川慎、指揮官・ジョセフへの助言とは。【ラグビー旬な一問一答】
ラグビーワールドカップフランス大会は、予選プールの終盤戦に突入した。
2大会連続での8強入りが期待される日本代表は、10月2日、拠点のトゥーロンで汗を流していた。6日後のプールD最終戦に向け、本格的に始動した。
ターゲットは、スタッド・ドゥ・ラ・ボージョワール でのアルゼンチン代表戦だ。
勝ったほうが決勝トーナメントに行けるという頂上決戦(引き分けの場合は試合終了時の勝点により異なる)は、2016年発足のジェイミー・ジョセフヘッドコーチ体制下にあって指折りの大勝負だ。ジョセフは、今大会限りで辞任する。
練習後の会見に現れたのは長谷川慎。ジョセフの就任以来、アシスタントコーチとしてスクラムを指導している。
会見場を見回すと、前回の日本大会でともに戦った田中史朗が目に入った。
メディアの仕事でフランスに訪れていた田中へ、長谷川は「はい、フミくん」と指名した。
以下の一問一答の最初の問いは、田中からのもの。ここから語られたのは、ジョセフと選手の相互理解までのプロセスだった。
以下、共同取材時の一問一答の一部(編集箇所あり)。
——16年から23年にかけ、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチのキャラクターはどう変化したか。
「8年間で大きく変わった。最初の頃は、選手にもコーチにも説明しないでいきなり練習を始めることがよくあったよね?
日本人選手は説明を受けるとしっかり動ける。ただ、何かがわからないと『なぜ』が先に立ってうまくいかなかった。最初はそういうことがあったけど、いまはどんどんそういうところがなくなってきた。選手に任せるところは任せる。いまでいうと、その比率は選手が増えているんじゃないかと。大きなところはジェイミーが決め、選手に決めさせる。役割分担、責任の配分は、いいチームになって来たなと思います。…で、(質問の意図と)合ってる?」
——人同士の繋がりについてはどうか。
「8年もやっていると、(ジョセフが)こんなこと考えてるな、というのが僕はかかるし、他のコーチもわかる人間はわかる。あまりそこにぶれはなくて。僕、ジェイミー、他のスタッフが選手から誤解されていることはほとんどなくなっているんじゃないか。もしそこで誤解があると素直に(通訳を交えて)3人で話し合っている。…まぁ、フミはよく俺のことを誤解していたと思うけど、そんなことはなくなったかなと!(一同、笑う) 対等ないい人間関係を、全員が作れている」
他の記者からも、同種の質問を受けた。
——ジョセフヘッドコーチに長谷川コーチが助言することもあったのでしょうか。
「僕だけじゃない。長い間をかけてチームを作るなか、(ジョセフから)『日本人としてどう思う?』と聞かれたら答えることも。『これ、絶対うまいこといかへんな』というのは絶対に言います。8年前の話ですが」
ここでの「絶対うまいこといかへんな」の例を問われると、改めて田中の方を見て言った。
「一番、怒る人がここに…」
田中は、首脳陣との対話を好む。それを踏まえて長谷川は、冗談交じりに続ける。
「こういう人を怒らせないようにするうえで『うまくいかへんやん、だからこうしよう』ということが。…フィットネステストが頻繁にあって、理由がないまま始められると…めちゃめちゃ怒るんです!」
田中は「怒りはしないです。ただ、何でなん? とは…」と苦笑。長谷川は頷く。
「何のためにそれをやっているのかがわかったら、もっと日本人は頑張るよ、という話は(ジョセフに)何回か、しました。そうすると、その場で説明をしてくれる。柔軟性のあるコーチです。あとは、タイミングですね。カーっとしている時に言っても『うるさい!』と言われるので。…お酒を飲んでいる時が、一番、言いやすいです!」
わずかなすれ違いも正直なフィードバックで埋めることで、強固な絆を作り上げた日本代表。いまは、打倒アルゼンチン代表へ集中する。
長谷川は、スクラムを制するべく準備を進める。フォワード8人が低く一体化し、相手の力を無力化させるよう努める。
——現役時代から今に至るまでのアルゼンチン代表の印象。今週のフォーカスは。
「僕は日本代表として99年にアルゼンチン代表とスクラム組んだのですけど、その時はもう違う競技しているみたいな(強い)スクラムでした。アルゼンチン代表も、日本代表も、何十年も経っているとスタイルが変わる。日本代表のコーチになって最初のテストマッチもアルゼンチン代表。(以前といまとでは)イメージが全く違う。
アルゼンチン代表の強さ、うまさ、重さは、いまの日本代表なら消せると思う。そのうえで、自分たちの土俵で組めるような練習をしている。試合でそうなってくれればいいなと」
——先発とリザーブとの交代のタイミング。
「この前のサモア代表戦(同9月28日/スタジアム・ド・トゥールーズで28―22で勝利)で言うと…。(右プロップで)前半に重たいポール・アロエミール、後半にテクニックのマイケル・アラアラトアが出た。(戦前から)あの順番でこいとずっと思っていました。そのうえで(対面の左プロップは)稲垣啓太、クレイグ・ミラーという順番だった。ここ何試合かは(選手選考に関する読みが)当たっているなと。アルゼンチン代表に関しても、『どっち(の順番)がいいか』がある。メンバー発表が楽しみです。
交代に関しては、試合前に時間で決まっている場合もあるし、『相手が代わったら、このタイミングで変えましょう』というのもあるし、ジェイミーが(その場で)『代えてもいいか?』という時もある。この前の試合でも、『稲垣を代えてもいいか』と言ってきた。まだアロエミールが出ていたので『あいつが終わるまで待って』といったのですが、速攻、代えていました!(一同、笑う)
『日本代表の組み方に(相手が)はまりよったな』という時は、誰が出ても大丈夫です。そこは、ワールドカップの何試合かでうまくいっています。交代しても、戻れるので(フォワード第1列は専門職とあり、途中出場した選手に怪我があれば先発して退いた選手を復帰させられる)」
——レフリーとのコミュニケーションは。
「札幌が、一番、難しかった(7月22日/札幌ドームでのサモア代表戦は22―24で敗戦)。札幌以降、まともになりました。試合前にあまり注文を言わなくなりました。試合前に言っても、レフリーも(走り回るなかで)忘れてしまい、変な印象しか残らない、なので、あなたに任せますと。レフリーのトレンドだったり、(そのレフリーが)いままで吹いてきた笛(の傾向)だったりはわかっている。(それらを踏まえ)吹かれないように組んでいます」
持ち場のスクラムも、トライアルアンドエラーのおかげで成熟度が増している。今度のアルゼンチン代表戦は、ひとまずの総決算の場となろう。
※長谷川コーチのスクラム理論はこちらでもまとめています。