韓国アイドルの「遺書全文」公開。朝日新聞はどうかしている
韓国の男性アイドルグループSHINee(シャイニー)のメンバー、ジョンヒョンさん(27)が18日、死亡した。遺体がみつかった宿泊施設の室内からは練炭が見つかっており、自殺したと見られる。
これを受けて、朝日新聞が19日、ジョンヒョンさんの遺書全文を和訳して公開した。筆者はこれに、強い違和感と胸騒ぎを覚える。
同紙によれば、遺書はジョンヒョンさんの「知人の韓国人歌手が画像投稿SNS『インスタグラム』で、『遺族と相談した結果』として公表した」ものだという。それならば新聞が載せずとも、遺書はジョンヒョンさんを偲ぶ人々の間で広く読まれることになったはずだ。翻訳も、語学力のあるファンの手で素早く行われたことだろう。
それなのに、新聞がわざわざこれを公開する意味はどこにあるのか。朝日新聞がジョンヒョンさんの死の背景を深く取材し、そこで見つけた重要な問題を社会に提起する上で、遺書全文の公開がどうしても必要だった――そのような事情があるのならば理解できる。
しかし朝日新聞は、少なくとも19日正午の段階では、ジョンヒョンさんの死について事実関係を短く報じているだけだ。そこに遺書全文を添えて公開するとは、芸能情報に力を入れている週刊誌やスポーツ紙でもあまりやらないことだ。
朝日新聞は2016年2月20日付朝刊(週末be)に掲載された「(みちのものがたり)青木ケ原樹海の遊歩道 山梨県富士河口湖町、鳴沢村 千年の森、生命の不思議」というタイトルの記事の中で、次のように書いている。
〈『波の塔』から三十数年後、また別の本が、自殺者の持ち物から見つかった。『完全自殺マニュアル』(太田出版、1993年)。地元では、樹海での自殺者の増加と関連づける報道もされた。
「いざとなったら死ねばいいという選択肢を示せば、無駄に頑張らずに気楽に生きられるはず」。この本にそんなメッセージを込めたという著者の鶴見済(わたる)さん(51)は当時、意図とはまったく違う報道に戸惑ったという。
「本を読んで初めて自殺を思い立ったのではなく、逆に決心した人が本を手に取るという順番が自然。自殺者の増加は、報道が特に大きな要因ではないか」
報道が自殺者を増幅する現象は「ウェルテル効果」として知られている。2000年には、世界保健機関(WHO)が、自殺の手段を詳細に報じることや、自殺をセンセーショナルに取り上げることを控えるよう提言した。
この提言を参考にした自殺防止対策の指針により、山梨県は4年前から、「樹海での自殺を助長する」と判断した映画やテレビのロケを認めていない。樹海の大部分は県有地であるため、企画書を見て県が可否を決められるのだ。県警も毎年のようにメディアで取り上げられた自殺者の一斉捜索を中止し、11年度以降は樹海の死者数の発表もやめた。〉
人気の高いアイドルの遺書全文の公開が、こうした現象につながる心配はないのか。新聞があえて公開することで、ジョンヒョンさんのことを知らなかった人にまで、不必要にこの遺書を届けてしまうことへの懸念はないのか。
ハッキリ言って、朝日新聞はどうかしていると思う。
遺書を報じた記事のクレジットはソウル支局長の名前になっているが、掲載は朝日新聞全体の判断だ。朝日新聞はこれから、この報道が「ウェルテル効果」につながっていないかどうかの検証に取り組む責任がある。
【追記】その後、朝日新聞の当該記事は削除されて、現在は読めなくなった。韓国紙・中央日報も19日、日本語訳を全文公開した。自殺防止を目的にした世界保健機関(WHO)の勧告「自殺を予防する自殺事例報道のあり方」は、「写真や遺書を公開しない」としている。