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幼保無償化も大事だが、もっと大事なものもある

前屋毅フリージャーナリスト
逃げたヘビを探す風りんりんの子どもたち  (撮影:筆者)

●口をださない、手をださない

「ヘビがいたよ!」

 子どもたちの声がした。そっちに行ってみると、数人のこどもたちが岩や草のあいだを探しまわっている。「ヘビがいるの?」と、訊ねてみる。

「いたけど、どっか逃げちゃった」

 鳥取市の森のようちえん「風りんりん」の活動を見学していたときのことで、森のなかの川でのできごとである。ヘビくらいでてきても、ごくごく当然のロケーションである。元気に遊びまわる子どもたちに出くわしてしまい、慌てたのはヘビのほうだったにちがいない。

 そんなロケーションだから、毒ヘビが現れても不思議ではない。あとで聞くと、近くにいたスタッフが毒ヘビではないことを確認し、「毒ヘビじゃないよ」と子どもたちに伝えていたそうだ。

 そういえば、子どもたちにヘビを怖がる様子はなかったし、落ち着いていた。スタッフの一言があったからにちがいない。

 かといって、スタッフが何でもかんでも口をだし、手をだすわけではない。もちろん、子どもたちをほったらかしにしているわけでもない。ヘビの例でもわかるように、子どもたちがヘビをみつけたことに即座に気づき、そのヘビに毒があるかどうかを見極めて、子どもたちに伝えている。

 スタッフが油断なく目を配り、危険な状況になれば瞬時に動く。そして、子どもたちといっしょになって楽しむことも忘れない。だから子どもたちは安心して、自然を満喫して、それぞれの遊びのなかで成長していく。

森のようちえんの魅力はスタッフにこそある  (撮影:筆者)
森のようちえんの魅力はスタッフにこそある  (撮影:筆者)

「スタッフミーティングでは、手をだしすぎ、口をだしすぎ、というのが常にテーマになります。入園してきたばかりの子は、すぐに大人に助けを求めます。それに何でもかんでも応えていたら、それは子どもの成長を妨げることになります。だから、手をださず口もださないように我慢するのがスタッフの仕事なんです」

 と話すのは、風りんりんの代表を務めている徳本敦子さん。眺めているだけでは、ただ子どもたちが勝手に自分の遊びをしているようにしかみえないかもしれない。しかし、その遊びが子どもの成長に確実につながっている。それを実現できる環境になっているのは、スタッフの力があるからだ。

 その森のようちえんは、10月1日からスタートした国の幼保無償化の対象になっていない。それでも鳥取県は県庁が独自に森のようちえんを支援する制度を設けたため、国の制度と同じような無償化となっている。

 ただし、支援のために鳥取県が半額を負担し、残りの半額を市町村が負担する制度となっていて、市町村の対応には違いがある。風りんりんのある鳥取市では、負担を4分の1としている。残りの4分の1は保護者の負担になるわけだ。

 自己負担があることで、風りんりんでも無償に惹かれて認可幼稚園や保育園への転園を考えた、すでに転園を決めた保護者もいるのではないだろうか。それを徳本さんに質問すると、「いません」と彼女は答えた。

「無償も大事ですが、それ以上に保護者のみなさんは風りんりんの方針を支持してくれているからです」

 と、彼女はいった。保護者に風りんりんが支持されている理由は、なぜ徳本さんが風りんりんを始めたのかを聞くうちにわかる気がした。

●大人目線を反省

 徳本さんが夫の実家のある鳥取市に移ってきたのは2009年のことで、3番目の子どもはお腹の中だった。その3番目の子が2歳になるときに、3人の子どもたちを、智頭町にある森のようちえん「まるたんぼう」にいれた。ここは鳥取で初めての森のようちえんであり、鳥取に森のようちえんが増えていくきっかけをつくったところでもある。

風りんりん代表の徳本敦子さん  (撮影:筆者)
風りんりん代表の徳本敦子さん  (撮影:筆者)

「見つけてきたのは夫なんですけど、ホームページをみたら、雨の日も、雪の日も、暑い日も外で活動します、って書いてありました。私は暑がりで寒がりなので、『そんなところダメ』と返事しました。それで、終わったはずだったんです」

 といって、徳本さんは笑った。ところが、まるたんぼうに我が子をかよわせている知り合いがいることがわかった。「良いところだよ」といわれたけれど、雨の日も雪の日も外で活動することに徳本さんは引っかかっていた。

「そうしたら、その知り合いが『子どもはね、雨も雪も大好きだよ』っていったんです。とてもショックを受けました。自分は大人目線でしかみていなかったな、って」

 とりあえず体験入園してみることになった。そこで、我が目を疑うような光景にでくわしてしまう。

「真ん中の子は当時4歳でしたけど、甘えっ子で、ママから離れない子でした。その子がまるたんぼうでは、泥だらけの坂道をがんがん1人で登っていくし、滝壺みたいなところに靴をはいたまま飛び込んでいく。初めてみる光景で、『こういうところこそ子どもにとっては必要なんだ』と、おもいました。だから、すぐに3人ともいれました」

 風りんりんに我が子を通わせている保護者の想いも、きっと同じなのだろう。まるたんぼうにかよったのは1年間だけで、いちばん上の子が小学校にはいるのを機に、下の2人も鳥取市内の認可保育園に移った。鳥取市から智頭町にかようにはちょっと遠くて、子どもにも親にも負担だったからだ。

「移った保育園も広くて良いところだったんですけど、先生たちは子どもたちにケガをさせないように必要以上に口も手もだしていました。教室にはクーラーも付いていて、夏のほとんどは室内です。雪が積もっても、外遊びは30分くらいしかない。子どものためには、やはり森のようちえんがいいな、とおもいました」

●つくってしまえ!

 といっても、智頭町のまるたんぼうに戻ったわけではない。鳥取市内に森のようちえんがないのなら自分でつくってしまおう、と徳本さんは考えて実行してしまうのだ。2015年4月のことだった。

「鳥取市内に森のようちえんがあればかよわせたい、というお母さんの声もけっこう聞こえてきてましたからね。需要はあるんだからつくればいいや、って」

 そういって、徳本さんは笑う。智頭町のまるたんぼうは鳥取県内では知られた存在で、森のようちえんに興味のある保護者は多いという。自然のなかで遊ぶことの大事さを保護者は感じているし、実際にかよわせてみると実感できる。

 森のようちえんは国の無償化からはずされてしまったが、無償より大事なものが森のようちえんにあることを保護者は実感している。理解していないのは、無償化の対象から森のようちえんを外した国だけなのかもしれない。

 だから、無償化がスタートしても保護者たちは、そのまま森のようちえんにかよわせている。もちろん、保護者が悩まなくてすんだのには、国の無償化に代わる制度を鳥取県が設けたことが大きかったにちがいない。負担は最小限だし、市町村によっては無償になっている森のようちえんもある。

 来年1月ごろには、2つめの風りんりんが誕生する。こちらは提携している企業の従業員を優先する内閣府の「企業主導型保育事業」を利用するもので、国の無償化の対象にもなっている。

 しかし、それが理由で、このスタイルを選んだわけではない。国の無償化に頼らなくてはならない理由は、鳥取県の森のようちえんにはない。

「現在の森のようちえんは2歳からでないと預かれませんが、0歳から預かれるようにしたかったからです。そのために園舎も給食施設なども必要ですが、すでに工事はすすめています」

 徳本さんはいった。国の無償化でも0~2歳は対象外なのだ。それでも新設するのは、森のようちえんの良さを0歳から体験してもらいたいとの徳本さんの想いからなのだ。森のようちえんは、無償にも勝る魅力をもっているのだろう。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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