Yahoo!ニュース

改正相続法の画期的な新制度~知っていてよかった!遺産分割前の預貯金の払戻し制度

竹内豊行政書士
改正相続法によって「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」がスタートしました。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

人が亡くなると、その人の死亡時に有していた財産(遺産)は、相続人の共有になってしまいます。

そのため、その遺産は、相続人全員での話し合い(遺産分割協議)が成立する、つまり、だれが、どの遺産を、どれだけ取得するか具体的に決まるまでの間、引き継ぐことはでません。

口座は凍結されてしまう

金融機関は、預金者が死亡した事実を知ると、相続人の共有財産となった金融資産を、引き出されてしまうなどして目減り等してしまうことを回避するために、直ちに口座を凍結します。凍結された口座は、遺言書がある場合を除いて、原則として、遺産分割協議が成立して、金融機関が要求する書類を提出するまで払戻し等はできなくなります。

火急の出費に対応できなくなるおそれも~金銭的負担が相続人にのしかかる

このとおり、被相続人の口座が凍結されてしまうと、被相続人の口座から預貯金が引き下ろせなくなってしまいます。

そこで、口座の払戻しの手続きを行うことになるわけですが、これがとても厄介です。遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成して、相続人全員が協議書に署名押印(実印)して、金融機関所定の用紙にまた相続人全員が署名押印して、それから相続人全員の印鑑登録証明書と戸籍謄本、それから被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本も集めて・・・・。スムーズにいっても、手続きをスタートしてから払戻しが実行されるまで、1か月から2か月程度はかかってしまいます。

そうなると、火急の出費などに対応するために、特定の相続人がまとまった金額を遺産分割協議が成立するまで立替えなければならないなど、金銭的負担を強いる事態が発生するおそれがあります。具体的には次のようなケースが考えられます

・入院費や葬儀費用などの支払

・被相続人の債務の弁済

・被相続人が一人暮らしだった場合のアパート等の住居の家賃の清算や原状回復に要するクリーニング代

その他、夫に先立たれた妻など、被相続人から扶養を受けていた相続人の当面の生活費が滞ってしまうなど切実なケースもあります。

相続人の金銭的負担を軽減する制度が登場~遺産分割前の預貯金の払戻し制度

このような、被相続人の死亡による火急の出費や相続人の当面の生活を守るために、40年振りの改正相続法によって、被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻すことができる制度(「遺産分割前の払戻し制度」)が創設されました(民法909条の2)。

909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

遺産の分割前における預貯金の払戻し制度のポイント

遺産の分割前における預貯金の払戻し制度のポイントは、次の5つです。

1.単独で払戻し請求ができる

相続人が単独で金融機関に払戻し請求ができます。したがって、他の相続人の承諾は必要ありません。

2.遺産分割前に請求できる

したがって、相続人間で紛糾していたり、相続人に行方不明者がいるなどで遺産分割協議の合意が困難な場合でも、払戻し請求ができます。

3.裁判所の判断が必要ない

裁判所の判断がなくても払戻しができます。

4.金額に上限がある

単独で払戻しができる金額は次の計算式で求められます。

【計算式】

単独で払戻しを請求できる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

また、同一の金融機関から払戻しができる金額は150万円を上限とします。

5.遺産の一部を取得したものとみなされる

この制度を利用した相続人が遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなされます。

施行日前に開始した相続でも利用できる

遺産分割前の預貯金の払戻し制度は、令和元年7月1日に施行(スタート)しました。しかし、施行日前に開始した相続、つまり、令和元年7月1日以前に死亡した方の相続にも適用されます民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律 附則5条1項)。

遺産分割前の預貯金の払戻し制度の利用方法

この精度の具体的な利用方法については、改正相続法の画期的な新制度~「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」の活用術をご覧ください。

今回ご紹介した、遺産分割前の預貯金の払戻し制度は、遺産分割協議が成立する前に預貯金の払戻しができるとういう画期的な制度です。「知っていてよかった!」という場面もあるかもしれません。ぜひ覚えておいてください。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

竹内豊の最近の記事