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「この国はもうオシマイ」北朝鮮を脱出した女性が見た崩壊する社会の生々しい現実

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

最近、北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンプクト)で、アヘン中毒にかかった住民が死亡する事件が相次いで発生したという。

デイリーNKの道内の情報筋によると、今月13日、吉州(キルジュ)郡ではアヘン中毒で離婚され、一人暮らしをしていた50代の男性が自宅を訪ねてきた人民班長(町内会長)によって死亡した状態で発見された。

普段から1日に2回以上アヘンを服用してきた彼は、今年に入って借金を返せないほどの経済難ためアヘンを手に入れることができず、情緒が不安定になっていたという。

また、3日にはアヘン中毒になってまともに経済活動ができずに家まで売って放浪生活をしてきた50代の男性が、路上で亡くなっているのが発見されたという。

北朝鮮でアヘンはかなり以前から「万能薬」と誤解されている。下痢など比較的ありふれた症状でもアヘンを服用するほど多く使われる。そうして医薬品の代わりにアヘンを使用し、その過程で量を調節できなかったり、過度に頻繁に服用したりして中毒者が発生する。

北朝鮮ではほかにも、「オルム(氷)」と呼ばれる覚せい剤の乱用が深刻だ。金正恩政権になって以降、北朝鮮当局は覚せい剤など違法薬物の根絶に向け、様々な手を打ってきた。それでも、乱用が下火になる兆しは一向に見られない。

日本に在住する脱北者のAさん(40代の女性)は、薬物の蔓延が北朝鮮を離れる決定的なきっかけだったという。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

「隣家の10代の学生が覚せい剤中毒になって大変な騒ぎとなった。それをきっかけに薬物について独自で調べたところ、あまりにも薬物が蔓延する実情を見て、この国(北朝鮮)はもうオシマイだと思い、脱北を決意した」(Aさん)

また、咸鏡北道の別の情報筋は以前、韓国デイリーNKに対し、「中学生も覚せい剤をやらなければいじめられ、主婦は人民班(町内会)の会議の前にキメてくる。人民保安省の機動巡察隊員も夜勤の際にやっている。以前は挨拶代わりにタバコを差し出すのが習慣だったが、最近では顔を合わせると覚せい剤をやるようになった」と証言していた。

こうした状況は、今も大きくは変わっていないという。

金正恩体制は、国民に対する統制をますます強めており、脱北者の数も大きく減っている。彼の強権が、国民の反発によって脅かされる兆候は今のところ見えない。ただ、国民の心身が蝕まれ、社会そのものが衰弱していけば、国力そのものが弱体化する。

薬物不足の「入口」となっているのが医薬品不足ならば、それを解決できるかどうかが、金正恩体制の運命に直結する可能性もある。しかし、金正恩体制はこれまでのところ、民生を改善する能力を見せたことがないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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