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日本で見られる超大物 イニエスタの魔法は何が常識外れなのか?

大島和人スポーツライター
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

世界一1回、欧州一6回の「地味な」大物

アンドレス・イニエスタの凄さを、結果で語るのは容易だ。彼はスペイン代表としてワールドカップに4大会出場し、2010年の南アフリカ大会を制している。ヨーロッパ選手権も 2008年、2012年と連覇した。またバルセロナの主力としてもUEFAチャンピオンズリーグ4回、リーガ・エスパニョーラ9回の優勝を経験している。

一方で彼は171センチ・68キロという「一般人の標準体型」だし、足も決して速くはない。2015年にバルセロナがクラブワールドカップで来日したときは、地下鉄銀座線の車内で撮影されたスナップ写真が話題になった。

メッシやクリスティアーノ・ロナウドなら、仮に日本でも街に出れば騒ぎになるだろう。しかしイニエスタは地味キャラで、スターのオーラがない。だから異国の街に埋没して、誰からも注目を浴びず行動できる。身体は大きく、華があり、足も速いというアスリート像ともかけ離れたタイプだ。ただしサッカーの丸いボールを足元に置けば、彼は世界最高レベルのフットボーラーに変貌する。

そんなイニエスタのヴィッセル神戸加入は驚きであり喜びだった。一方で懸念も抱いていた。年齢的に下り坂なのではないか?モチベーションを保てるのか?神戸のチームメイトと噛み合うのか?

磐田戦で見せたスーパーゴール

8月11日のジュビロ磐田戦をノエビアスタジアム神戸で見て、自分は安心した。更に良くなる要素はありつつ、既に彼の真価がピッチ上で表現されていたからだ。

念のため説明すると、神戸はイニエスタ「だけ」のチームではない。右ウイングで起用されていたルーカス・ポドルスキもドイツ代表で130試合に出場し、49得点を決めた世界的名選手だ。磐田戦の前半15分に生まれた神戸の先制点、イニエスタの神戸初ゴールは、二人の連係から生まれた。

ポドルスキがまるでシュートのような強烈なパスをエリア内に送ると、イニエスタは反転しながらボールをコントロール。相手ディフェンダーを「腰砕け」の状態に追い込み、キーパーもかわして狭いシュートコースから難なく流し込んだ。最終的に神戸は2-1で磐田に勝利し、暫定4位まで順位を上げている。

「後出し」ができるイニエスタ

「反転の速さ」は優れたサッカー選手の条件だが、イニエスタの反転は今まで見たことがないほど鋭かった。1ステップで、あれだけ小さな回転半径で180度のターンをすること自体が驚異的だ。しかも彼は上半身をリラックスさせたまま、強烈なキックをコントロールしながらそれを当たり前に実行してしまう。

「ボールを足元に置いたまま顔を上げる」こともサッカーの基本だ。彼は単に顔が上がっているだけでなく、上半身全体が常にゆったり脱力している。必要最小限の力しか使っていないから、「動きを止める」「抑える」ところでロスが生まれない。プレーからプレーへの移行が異常に早く、相手の動きを見てから「後出し」でプレーできる。

他の選手が「ボールを止める」「反転する」「蹴る」という三つの手間をかけるプレーも、イニエスタは一つのモーションで完結してしまう。言葉にすると簡単だが、それをできるサッカー選手は世界中を探してもせいぜい数人だろう。

磐田のディフェンダーは「イニエスタにパスを入れさせない」対応をしていた。実際に藤田直之、郷家友太といった他のミッドフィルダー陣はイニエスタより多くボールに触っていた。イニエスタはまず「いる」だけで、周りの選手をフリーにする貢献を見せていた。

一度イニエスタにボールが入ると、磐田は彼からボールを奪えず、取りに行こうともしていなかった。3人、4人が寄ってもイニエスタからボールは奪えないし、逆に寄せることで背後に生まれたスペースを使ってパスを通されてしまう。イニエスタに矢印を向けて動けばその次の対応が遅れるだけなので、彼のプレー開始を「待つ」のが賢明だ。

生で見たイニエスタは期待以上

イニエスタが凄いのは、絶対にミスをしないことだ。ミスが少ないスポーツ選手はいるが、イニエスタは「絶対に」しない。わずかにギリギリを狙って、味方と意図が合わなくて届かないパスはある。しかし技術や判断の不足に起因するミスは本当に皆無だった。

絶品なのは1タッチの処理だ。念のため説明すると「動いているボールを蹴る」ことは「止まっているボールを蹴る」ことの何倍も難しい。しかし彼は1タッチパスを多用し、それが強くて正確だ。具体的に書くと10メートル、15メートルの距離でもきれいな回転の強いパスを返せる。

もう一つ面白かったのが「きれいな回転」ではないパスも使っていたところだ。日本の選手は懐に飛び込み、足を出して「下」のコースを消すプレーが多い。イニエスタはそれを見切って、チップキックを多用していた。また一見するとミスキックに見える、回転を殺したキックも敢えて使っていた。芝に引っかかり減速するが、相手や味方の位置、動きによっては「邪道な」キックも生きる。

そんな彼の人気もあり、ホームアウェイとも神戸戦のチケットは完売が続いている。11日の磐田戦もバルセロナのレプリカユニに身を包んだ「海外派」らしいファンを多く見かけた。彼らは当然ながらイニエスタの価値を分かっているし、自分もその凄さを一応は理解しているつもりだった。

しかし現場で見ると、そんな自分の先入観以上にイニエスタは強烈だった。そのインパクトは期待以上で、スポーツや人の動きの「常識」がくつがえされた。サッカー好きでなくても、例えばバスケやラグビーのファンにもあの動きの脅威は伝わるだろう。

契約期間は複数年と報道されているので、イニエスタはまだしばらくJリーグでプレーをする予定だ。とはいえ未来は保証できない。2018年のJ1は残り14試合で、間もなく終盤戦に差し掛かる。ご近所で神戸の試合が組まれていたら、他の予定を先に延ばしても、イニエスタのプレーを生で見るべきだ。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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