こんなにも違う、海外と日本人の金価格
金価格が急落している。国際指標となるCOMEX金先物相場は、2011年9月の高値1,923.70ドルから最大で44%もの下落率を記録しており、足元では1,100ドルの節目を完全に下抜きつつある。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに着手する時期が近づく中、金塊を保有する意味が急速に失われているためだ。
ドル高はドル建て金価格に減価を迫ることに加えて、米金利上昇は金利を生まない金塊を保有する相対的な魅力低下につながる。加えて、ギリシャや中国発の突発的なリスクオフ・シナリオが後退していること、中国人民銀行(中央銀行)が2009年4月以来で始めて更新した金準備資産高が市場予測を下回っていたこと、原油や非鉄金属相場の下落傾向など、ここにきて金塊を改めて買うどころか保有し続ける意味を見出すことも難しくなっている。米ゴールドマン・サックス・グループのコモディティ調査部門の責任者は、金価格はまだ最悪期に到達しておらず、2009年以来で初となる1,000ドル割れとなる可能性も警告している。
こうした中、円建て金価格も下落しており、東京商品取引所(TOCOM)の金先物相場は、1月23日の1グラム=4,958円をピークに、本稿執筆時点(7月22日午後)では4350円前後まで高値から12%超の値下がりになっている。ただ、ドル建て金価格が2009年2月以来の安値を更新しているのに対して、円建て金価格は昨年11月以来の安値を更新したに過ぎず、国内外で金価格動向に対する評価は大きく異なる状況にある。すなわち、ドル建て金価格は明確な値下がり傾向を示しているのに対して、円建て金価格は2011年後半から続く4,000円台を中心とした価格レンジ内での調整安に留まっているのである。
こうした金価格の内外価格差の背景にあるのが、ドルと円に対する評価の違いである。そもそも、ドル建て金価格が急落しているのは上述の通り、FRBが量的緩和の終了に続いて利上げという形で、ドルの通貨価値を回復する動きを見せていることにある。ドルに対する信認が回復している反動として、ドルの代替通貨である金が売られている訳だ。一方、日本銀行はゼロ金利政策に加えて量的・質的金融緩和を展開中であり、意図的に通貨(円)の価値を毀損する動きを見せている。これは、円建てで資産を把握している日本国内の投資家にとっては、円の代替通貨として金を購入する誘因となり得るものであり、ドル建て金価格ほどには円建て金価格は下落しないことになる。
ちなみに、欧州中央銀行(ECB)がマイナス金利政策を展開する欧州では、ユーロ建て金価格はギリシャ危機で急伸した今年1月上旬の価格水準に回帰したのみであり、円建て金価格以上に高値水準を維持している。
金とは何かについては色々な議論があるが、筆者は中央銀行の金融政策に対する一種の通知票だと考えている。ドル建て金価格の急落はドルに対する信認回復を意味し、円建てとユーロ建て金価格がなお高値水準を維持していることは、日本銀行やECBの政策運営に対してマーケットが強い不信感を突きつけた状態にあることを意味する。米国と日本、欧州における金価格動向を比較してみると、各国投資家が自国通貨と金のどちらを志向しているのかは一目瞭然となろう。
ドル建てで取引される国際金融市場で金は急速に輝きを失っているが、日本人にとってはまだ完全な輝きを失っていないのかもしれない。国内の貴金属地金商でも金貨や地金販売の増加が報告されており、国内外で金価格を見る目線は必ずしも一致していないことは興味深い現象である。