Yahoo!ニュース

ネットニュースの主役は誰か 中川淳一郎の死闘と色々残念な鳥越俊太郎『ウェブでメシを食うということ』

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
中川淳一郎の新作はネットニュース業界の世代交代を予言している

ネットニュース編集者中川淳一郎の新刊ラッシュがスゴイことになっている。「狂い咲き」と言っても良い状態である。今年に入ってからは、彼は4冊の本を出版している。Amazonで見る限り、年内に少なくともさらに1冊のリリースが予定されている。

2016年3月

『節約する人に貧しい人はいない。』(幻冬舎)

https://www.amazon.co.jp/dp/4344029038/

2016年5月

『仕事に能力は関係ない。 27歳無職からの大逆転仕事術』(KADOKAWA)

https://www.amazon.co.jp/dp/404601623X/

2016年6月

『好きなように生きる下準備』(ベストセラーズ)

https://www.amazon.co.jp/dp/4584125171/

『ウェブでメシを食うということ』(毎日新聞出版)

https://www.amazon.co.jp/dp/4620323853/

2016年8月

『謝罪大国ニッポン』 (星海社)

https://www.amazon.co.jp/dp/4061385976/

月刊中川淳一郎とも言える、破竹の勢いである。あっぱれ!

本稿では『ウェブでメシを食うということ』(毎日新聞出版)を紹介しつつ、ネットニュースの過去・現在・未来について考えてみたい。

この本はメディア関係者必読の書である。気鋭のウェブ編集者、中川淳一郎の視点による、日本のネット史そのものだ。メディア研究者、ジャーナリストが書くような本のように、理論やフレームワークなど一切ない。言ってみれば、徹頭徹尾、ほぼ中川淳一郎の自分語りだ。ただ、中川の目で見たこと、パソコンのディスプレイ上で見たことしか書いていないので、リアリティと説得力が半端ない。

中川淳一郎のネットとの出会い、博報堂時代の思い出、編集者・ライターとしての奮闘、ネットニュース編集者としてのキャリア、『ウェブはバカと暇人のもの』以降の変化、数々の強敵(とも)との出会いなどが綴られている。プライベートのことについても、赤裸々に書き綴っている。

私は学生時代から彼の背中を間近で見ていたので、読んでいて、くるものがあった。彼がずっと私の少し前を走ってたから、頑張ることができた。

本書を読んで、私なりに得た結論は、ウェブであれなんであれ、メディアは人力で動いているということである。人の想い、汗と涙で動いているということだ。日々の試行錯誤の繰り返しだ。これをサボらずに繰り返し、日々起こるドラマと向き合い続けてきた彼は偉い。彼だけでなく、同じように現場で働く人の努力でネットニュースは動いている。

改めて、メディア界というか、ネットメディアを創っている人には、3種類の人間がいる。ロマンチストと、リアリストと、テロリストだ。思うに、ネットメディアはロマンチストよりも、ほぼリアリストと、テロリストが動かしてきたのではないか。本書を読んでそう感じてしまった。

そのロマンチストの最たるものが、今回、都知事選に立候補し、落選した鳥越俊太郎氏ではないだろうか。本書でも、彼が関わっていた市民参加型メディア、オーマイニュースに関してかなりのページが割かれている。当時、中川淳一郎はオーマイニュース批判をブログ(当時のブログは閉鎖)で書いていたし、オーマイニュースとは違う視点でのメディア展開をしていた。詳しくは本書を読んで頂きたいが、要するに市民にいきなり書かせても、良いものは出てこないし、妥当な報酬はいくらなのかという問題もある。さらには、紙媒体で実績のある人を呼んできても、上手くいくとは限らないということだ。

いや、少しだけ訂正しよう。ウェブ界で活躍している人たちは、全国紙やビジネス週刊誌出身者は多い。彼らは基礎的なスキルがかっちりしている。その中で、ネットメディアのことを深く理解した人たちが活躍していると言える。鳥越俊太郎氏も紙媒体で実績がある(はず)の人だったのだが、そもそもこの人は、今でいう(悪い意味の)セルフブランディングのようなもので、実力が過大評価されていたのではないか。

今回の都知事選も残念な結果になってしまったが、「ジャーナリスト」という肩書きを使ったところで、そもそも、その実力が怪しかったのではないかと私は解釈している。そうであれば、あのようなお寒い政策、演説にはならないだろう。文春砲、新潮夏の百烈拳などもあったが、そんなものがなくても、自壊していたことは明らかだった。言うこともいちいち都政の課題とズレている。

候補者の最大の裏切り行為の一つは、落選である。この件をどう説明するのか。候補者の座を譲った宇都宮健児氏の立場はどうなるのか。敬虔な反省を持つべきである。いや、負けるにしても美しい負け方があるはずではないか。

本論からややズレてしまった。要するに、ロマンチストであるだけではダメだ、実力がないとダメだという話である。

この本と、ここ数ヶ月の中川淳一郎のリリース作で感じるのは、ネットニュース界のカリスマだった彼が、引退ロードを歩み始めているのではないかという予感である。後進に大胆にノウハウを開示した上で、道を譲るかのような姿勢を感じたことだ。気づけばみんな歳をとっている。この本に具体的な名前が出ている人たちのように20代、30代の気鋭のライター、編集者も現れ始めた。

中川淳一郎が梅田望夫氏、鳥越俊太郎氏、小飼弾氏などと向き合いつつ、結果として読者や業界関係者からの支持を得ていったように、今後、中川淳一郎を超える若者が登場して欲しいし、その闘いの中で新しいネットニュースが生まれることだろう。ネット上では「ウンコ食ってろ」なんていう彼は意外にも面倒見がいい。なんだかんだいって、彼らをフックアップするのではないかと思うのだけど。

ビジョンのようなものがないと公言している中川淳一郎だが、近い将来、ネットニュースを降りようとしていること(これは、楠木建先生と私との鼎談でも語られている)、そして後進を育て道を譲る姿勢には、逆に彼の無言のビジョンの美学を感じてしまう。

というわけで、この1冊でネットニュースの過去・現在・未来がよくわかった次第だ。そして、ロマンチストだけでは世の中まわらないことも。

小池百合子当選確実のニュースをネットで見つつ、そんなことを考えた。

ありがとう。

まあ、私はロマンチストなのだけどな。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

常見陽平の最近の記事